134 列車
ノアたちが戻ってきたのは、それから間もなくのことだった。
蓮とラウルはノアからお小遣いをもらったらしく、戦利品を部屋に置きに行っている。
すみません、と斎藤が言うと、ノアは「いいんだよ」と嬉しそうにしていた。
おじいちゃんが孫にお小遣いを渡したがるようなものだろう、なんて思っていると、ノアが「失礼なことを考えているね?」と睨んできて、ちょっと焦る。
ノアはすぐに表情を崩して「まったく」と笑った。
「情報屋はどうだった?」
ノアがさらりと問いかけ、結果を報告する。
話を聞き終えたノアは「ずいぶん大きな成果だったね」と笑った。
「これも正晴くんの人柄のおかげかな?」
「いや、私は何も……」
「正晴くんの連れだから、情報屋の彼は伊月くんを信用してくれたんじゃないかな?誉め言葉は、素直に受け取っておくものだよ」
「あ、ありがとうございます……」
よしよし、と笑うノアに、斎藤は少し呆気にとられている様子だった。
それもそうだろう。
いい年をして、子どものような扱いを受けるのは違和感があるものだ。
ただ、ノアは常にあんな調子だし、慣れてもらうしかないだろう。
「伊月くんも、よく頑張ったね」
ノアの言葉に、小さく頷いてそっぽを向く。
どうしても気恥ずかしく感じてしまうのは、俺も変わりなかった。
※
出発は、翌朝早く、まだ日が昇りきらない時間。
昨晩、夕食のあとで妻と街を散歩したときのんびりしすぎてしまい、ちょっと寝不足だ。
ちょうど大道芸をやっていて、ふたりして見入ってしまったのだ。
俺の横で、妻もあくびをかみ殺している。
「ずいぶん眠そうだね」
くすくすとノアが笑う。
「今日はほとんど列車での移動だから、道中寝ているといいよ。何かあったら起こしてあげるから」
「悪い」
お言葉に甘えて、少し眠らせてもらうことにしよう。
意外なことに、この世界には列車が存在した。
異世界人によって伝えられた技術を応用して、開発されたものだという。
技術を伝えた異世界人がどこから来たのかは不明だが、元の世界では高名な学者だったそうだ。
動力源は電気でも石炭でもなく、魔力だというのが何とも異世界らしい。
始発の列車に乗れば、今日中に国境沿いの街まで行ける。
移動時間が短縮できるのは、何ともありがたい。
客車にはランクがあり、切符の値段によって利用できる車両は異なる。
最高ランクの貴族専用の客車は、ホテルのスイートルームのように贅沢だという。
俺たちが利用するのも個室だが、ベッドと小さなテーブルがあるだけの簡易的な部屋だ。
ベッドは2段になっていて、1部屋に4人まで宿泊できる。
俺たちは昨晩のホテル同様、2部屋分利用することになった。
日本の寝台列車と、仕組み自体はさほど変わらないらしい。
一度は寝台列車に乗って旅をしてみたいとは思っていたが、まさか異世界で体験することになるとは思ってもみなかった。
早朝だというのに、駅はずいぶん混雑していた。
ただ貴族と平民の待遇の違いは駅でも顕著な様で、立派な身なりの紳士淑女は、すぐに駅員によって建物の中に案内されていく。
平民は混雑する駅の中で行列に並び、列車の到着を待ち続けるしかない。
ラウルは人混みに気後れしている様子だったが、斎藤や蓮はまったく気にしていない様だった。
かくいう俺も、混雑しているとは思うが、さほど戸惑いはない。
元の世界での朝の通勤電車に比べたら、かわいいものだ。
「あ、きた!」
線路の先を指さし、妻が言う。
大きな音を立てながら。ゆっくりと列車がホームに入ってきた。