126 旅立ちの朝
その後、蓮とラウルの間でどんな話がされたのかはわからない。
しかし、緊張しながら部屋に消えていった2人が、晴れやかな笑顔で出てきたところを見ると、どうやらお互い心の内を打ち明けることができたらしい。
朝の気まずい雰囲気とは打って変わって、気楽な様子の2人を和やかな気持ちで眺める。
「伊月くん、おじいちゃんがでちゃってるよ」
茶化すように、ノアが言う。
俺は軽く睨み返しつつも「微笑ましいんだから仕方ないだろ」と笑った。
蓮とラウルは、そろって斎藤に旅に同行する決意を伝えた。
斎藤は2人をじっと見つめ「危険な旅になるが、本当に構わないのか」と訊ねる。
迷いなく頷いた2人に、斎藤も頷き返した。
「共に行くのであれば、しっかりと準備を整えておくように。少し待っていなさい」
斎藤は自室に戻り、大きなリュックを2つ手に戻ってきた。
そして一つずつラウルと蓮に手渡す。
「荷物は、ここにはいる範囲内で。携帯食なんかも入れるから、あまり詰めすぎないように」
2人は受け取ったリュックを背負ってみては、嬉しそうにしている。
明らかに新品のように見えるリュックは、2人によく似合っていた。
「それは……」
「実は、今日街で買ってきたんです。2人が同行するにしろ、しないにしろ、あって困ることはないだろうと」
「いいリュックですね」
「何せかわいい弟子たちの初めての旅支度ですからね。少しいいものを選んでしまいました」
なんでも、あのリュックには重量軽減の魔法がかかっているらしい。
実際に入っている荷物の半分程度の重さしか感じない、高級品だ。
斎藤が2人を大事に思っていることが伝わってくる。
「ほかにも、旅に必要なものを一通りそろえてきました。携帯食は多めに用意したので、伊月さんたちもどうぞ」
「あ、ありがとうございます……!」
「あと、街からの帰りに何匹か魔物を仕留めてきました。明日燻製にしようと思っているのですが、手伝っていただいても?」
「もちろんです」
斎藤は俺の言葉に頷いて、仲よくはしゃいでいる蓮とラウルを眺めていた。
朝の様子から、斎藤もふたりを心配していたのだろう。
俺からすると、斎藤もずいぶんおじいちゃん側だと思うんだけどな。
そう思いつつも、なんだか惨めな気持ちになりそうなので黙っておくことにした。
※
あっというまに、出発の朝がやってきた。
小屋の前では、蓮が緊張の面持ちで立っている。
そんな蓮を励ますように、ラウルが蓮の肩に手を置く。
「ごめん」
小さな声で、蓮が言う。
ラウルはきょとんとして「何が?」と返した。
「だって、俺がいっしょに行くって言いだしたのに。……実際出発するんだって思ったらビビって、ダサいじゃん」
「そんなことないって。大丈夫。何があっても、レンは俺が守ってやるから心配すんな」
そう言って、ラウルが胸をどんと叩く。
蓮はそんなラウルを見て、ぷっと吹きだす。
「えぇ?ラウルが?」
「なんだよ、文句あんのか?」
「いや、別に。……でも、そうだな。お前が俺を守ってくれるなら、俺もお前を守ってやんなきゃな」
にかっと蓮が笑った。
緊張はどうやら吹き飛んだらしく、ラウルと2人で笑いあっている。
そんな2人の頭を、斎藤がワシワシと撫でた。
蓮とラウルは「やめろよ」なんて悪態をつきながらも、為されるがままになっている。
「2人とも、道中は無理をしないこと。私や伊月さんたちのそばを離れないこと。わかったな?」
「わかった!」
「約束する!」
元気に答える2人に、斎藤は満足そうに頷いた。
「それじゃあ、そろそろ出発しようか」
ノアが言って、俺たちは歩き始めた。
妻が俺の隣を歩きながら「にぎやかになって楽しいね!」と笑う。
そんな妻の腕の中では、コトラがつまらなさそうにあくびをしていた。