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125 一番大事なもの

 そんなとき、出会ったのが蓮だったという。


 処分予定の異世界転移者を収容する隔離部屋の中で、蓮はずっと泣いていた。

 ラウルはそんな蓮のことなど、まったく気にしていなかった。

 ほかにも蓮と同じように泣いているやつばかりだったから。


 でも、蓮は唐突にラウルに声をかけてきたという。

 首筋にあるあざはどうしたのかと。

 突然話しかけてきた蓮に戸惑いつつも、ラウルは「首を絞められた」と答えた。

 ラウルの日常では、首を絞められることなんて日常茶飯事で、とりとめのないことだった。



「でもあいつ、初対面の俺のこといきなり抱きしめてきてさ。何すんだって言ったら、つらかったなって泣くんだよ。さっきまで自分のことで手いっぱいだったくせに、ほかに怪我はないのか、なんて服までめくりだして。そんで、服の下のあざや傷を見て、さらに泣くわけ。意味がわかんなかった」



 それまでラウルのそばには、自分を心配してくれる人は一人もいなかった。

 同じ奴隷として働く者は大勢いたが、みんな自分が罰せられないことだけ考えていたし、他人の心配をする余裕がある者もいなかったそうだ。



「だからかなぁ。変なやつだって思ったけど、ほだされちまった。……レンはさ、俺にとって神様みたいな存在なんだ。レンがいっしょに逃げようって言ったから、俺はついていった。あのとき、レンがいっしょに死のうって言ってたら、心中してたかも」


「……そうか……」


「……なんであんたまで泣くわけ?二ホン人って、そんなお人よしばっかなの?」



 ラウルがそう笑いかけて、俺はようやく頬が濡れていることに気づいた。

 ごめん、と謝ると、ラウルは嬉しそうに首を振った。



「話してるうちに考えがまとまるって、本当だな。……初めて安全な居場所を手に入れたことで忘れてたけど、俺にとって何より大事なのはレンだ。ここを出るのは怖いけど、レンが俺の知らないところで危険な目にあったら、きっと俺は俺を許せない。……レンも、師匠のこと、そういう風に思ったのかな?」


「まったく同じかはわからないけど、どっちも心配っていう気持ちだと思うよ」


「心配か……。今まで、自分以外の心配ってしたことなかったから、よくわかんない」



 そう言いつつも、ラウルの表情は晴れやかだった。



「決めた、俺も行く」


「……無理はしてない?」


「わかんないけど、前にレンが言ってた。やらない後悔よりやる後悔だって」



 そのとき、一陣の風が吹いた。

 ラウルの決意を後押しするような、力強い風だった。







 汲んできた水を水がめにうつし、再び小川へ足を向けた俺を、蓮が呼び止めた。

 どうしたのか問うと、しどろもどろになっている。

 ところどころ、ラウルがどうとか聞こえてきたので、おそらくラウルの様子を聞きたいが、どういえばいいのか戸惑っているのだろう。


 混乱している様子がおかしくて、つい頭を撫でてしまった。

 蓮は子ども扱いされたのが気に食わなかったのか、口をとがらせて抗議する。

 俺は「ごめんごめん」と軽く謝罪しつつ、蓮の緊張が解けていることに気づいた。



「ラウルが気になる?」


「うっ!……そ、そりゃそうだろ……」



 図星を突かれて恥ずかしかったのか、蓮がふいっと横を向く。

 そしてそのまま話を続ける。



「あいつ、なんか危なっかしいっていうかさ。さっきは突然師匠が危ないとこに行くって聞いて、師匠のことしか考えらんなかったんだけど、ラウルがここに残りたいっていうのもわかるから」


「そっか」


「そっかって、軽いな!詳しくは知らないけどさ、初めて会ったときのあいつ、傷だらけだったんだぞ!きっと召喚されたときにひどい目に合わされたんだ。……そりゃ、外が怖くもなるさ」



 どうやら蓮は、ラウルの身体の傷は召喚後のものだと認識しているらしい。

 傷の状態を見れば、できたばかりかそうでないかわかりそうなものだが、当時はそれどころではなかったんだろう。


 だからこそ余計に、ラウルは蓮に過去を知られたくないと思っているのかもしれない。



「大丈夫、蓮くんの気持ちはラウルに伝わっていると思うよ。戻ってきたら、二人で話をしてごらん。家のことは俺たちでやっておくから」


「……わかった」


「じゃあ、俺はまた水を汲んでくるよ」


「ああ、よろしく。……あっ!」



 ふいに蓮が大きな声を出したので、ちょっと驚きつつ、どうしたのか訊ねる。



「名前」


「名前?」


「俺だけくんづけとかしなくていいから」


「え?」


「だーかーら!ラウルはいつの間にか呼び捨てしてんじゃん!俺もそれでいいってば!」



 そう言ってまたそっぽを向いてしまった蓮は、耳まで真っ赤になっている。

 俺はくすくす笑いながら、



「わかったよ、蓮」



 そう答えた。

 蓮は満足したのか、小さく頷いてからへへっと笑った。

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