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123 心の区切り

「あの事故のことは、当時の報道やその後の特集番組などで見聞きした範囲でしか知りませんが、それでもよろしいですか?」


「ええ。よろしくお願いします」



 そう言って、斎藤は頭を下げる。

 俺はそれを見て、頭の中で記憶を手繰り寄せた。

 こういうとき、ノアの方が詳細な説明ができるのではないかと思うのだが、どうやら彼は傍観を決め込むつもりらしい。


 俺は言葉を選びつつ、話を始めた。



「あのバスには、乗員乗客合わせて、40名以上が乗車していたそうです。長時間労働で限界を迎えた運転手が居眠りをしてしまい、減速しないままバスはガードレールを突き破り、海へと転落しました。……事故後すぐに救助活動が行われたそうですが、発見された30名以上の乗客はみな、死亡が確認されたそうです」


「そうですか……。残りの人たちは?」


「転落の衝撃で海に投げ出されたしまったのか、残念ながら今も行方不明の状態です。そしてノアの話では、おそらく斎藤さんも行方不明者として処理されただろう、と」



 予想はしていたのだろう。

 斎藤が驚くことはなかった。

 しかし、その眉間のしわが深い悲しみを物語っている。



「事件当時は、行方不明者の氏名も報道もされていたと思うのですが、詳細まで記憶していなくて……斎藤さんのご家族がどうなったのかまでは、申し訳ないですがわかりません。ただ、行方不明者もみな、生存は絶望的だと……」


「……いえ、十分です。ありがとうございます」



 斎藤は、深く息を吐いて、俺をじっと見据えた。



「事故の瞬間のことは、今でもよく覚えています。強い衝撃も、身体を投げ出される感覚も。……だから、きっと家族も命を落としたのだろうと覚悟はしていました。ただ……実際に事実として話を聞くと、やはりショックが大きいものですね」


「……すみません」


「いや、正直に話してもらえてありがたかったです。これでようやく、心の区切りがつけられそうです」



 斎藤は眉を下げ、優しく笑みを浮かべた。

 無表情が板についている斎藤だが、本来はこういう優しい表情をする人だったのかもしれない。

 そう思うと、彼を翻弄した運命が恨めしく思える。



「家族の行方が知れないつらさを抱えているのは、伊月さんも同じでしょう。……伊月さんの娘さんが無事に見つかることを祈ります」


「……ありがとうございます」



 斎藤は俺に頷いて見せ、ゆっくりと立ち上がった。

 そして「やることができた」と自室に戻ってしまった。

 お酒は自由に飲んでもいいと言われたが、とてもそんな気分に離れず、俺とノアも部屋に戻ることにした。


 ノアは俺の背に手を当て、小さく「ごめんね」と呟いた。



「本当は、もっと早く君たちを柚乃ちゃんのところに連れて行ってあげたいんだけど……」



 俺には神々の事情とやらはわからないし、ノアがどんな存在なのかすら知らない。

 しかし短くない時間をノアとともに旅する中で、俺はすっかりノアを信頼してしまっている。


 俺は小さく笑って「ありがとう」と返した。

 俺の言葉に、ノアは少し驚いたような顔をした。

 それがちょっと面白くて、ノアの頭をぐりぐりと撫でる。

 普段やたらと子ども扱いされる仕返しもかねて。



「ちょっ、伊月くん!」



 珍しく慌てる姿が何だが見た目相応の子どもみたいだ。



「ノアには、感謝してる。ノアがいなければ、異世界へ行く方法すら見つけられずに、年老いて死んでいたかもしれない。娘に一日でも早く会いたい気持ちは変わらないが、急いては事を仕損じるともいうしな。……ノアがまだ難しいと判断したのなら、俺はそれを信じる」


「……そう」


「それに、いつかは連れて行ってくれるんだろう?」



 俺の問いかけに、ノアは頭を縦に振って肯定する。

 まっすぐ俺を見つめる瞳は、嘘をついているようには思えない。



「必ず柚乃ちゃんに会わせてあげる。それだけは、約束する」


「じゃあ、俺は信じて待つだけだ。柚乃に胸を張って会うためにも、俺は俺にできることを頑張るよ」



 そう答えた俺を見て、ノアは嬉しそうに笑った。

 階段の窓からのぞく月の光が、優しく俺たちを照らしていた。







 翌朝、朝食の席で斎藤が「話があります」と唐突に切り出した。

 何事かとみんなが斎藤に注目する。



「私はユミュリエール教国へ行きます。伊月さんたちももう一人の転移者に会うため、かの国へ向かうのでしょう?同行させてはいただけませんか?」



 予想外の言葉に驚いたのは、俺たちだけじゃなく蓮やラウルを同じだったらしい。

 二人は顔を見合わせ、声をそろえて「なんで!」と返した。



「理由はお話しできませんが、ちょっとした用事が出来たからです」


「用事って……」


「でも、あの国は危ないって……」



 口々に漏らす蓮とラウルに、斎藤は落ち着いた声で語りかける。



「蓮、ラウル。以前も話したように、ユミュリエール教国は、我々異世界人にとってはとくに危険な国だ。神の遣いとして召喚された異世界人以外は、異端者として抹殺するよう国民に通達している。だから二人は、ここで留守番をしていてほしい」


「お、置いていくのか?」


「この森は、精霊に守られている安全な場所だ。悪意を持つ人間が近づいてくることは、まずないだろう。食料や生活用品は準備していくから、安心しなさい」



 不安げな顔をしている二人に、斎藤が諭すように言った。

 ここで待っているのは確かに不安だろうが、危険が大きな旅に連れていくよりはましだろう。


 しかし、蓮は引き下がらなかった。

 いっしょに行く、と言い出し、斎藤は困惑した表情を浮かべる。



「森が安全だっていうのはわかってる。でも俺、師匠と離れる方が怖いんだよ……」



 泣き出しそうな顔で、蓮が言った。

 斎藤の服の裾をぎゅっと握っている。



「だって、やばい国なんだろ?師匠は強いけどバカみたいにお人よしだから、人のために怪我したり死んだりするかもしんないじゃん」


「蓮……」


「俺、まだまだ弱いけど、ちょっとは役に立つよ。だから連れて行ってくれよ」


「しかし……」



 戸惑う斎藤に「いいんじゃない?」と声をかけたのはノアだった。

 みんなが一斉にノアに視線を向ける。



「確かに危ない国だけど、正晴くんや伊月くんがいっしょなら問題ないよ。無理においていって、こっそりついてこられた方が危ないでしょ」



 ノアの言葉に、蓮は何度も頷く。

 きっとどんな手を使ってでも追ってくるつもりなのだろう。


 斎藤は根負けしたようにため息をつき「ついてくるなら、ちゃんということを聞くように」と蓮に言い聞かせた。

 蓮はにぱっと笑い「わかった!」と了承した。


 しかしその隣で、ラウルは真っ青な顔をしていた。

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