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120 晩酌

 夜、妻とノアが眠りについたのを確認し、俺はこっそり部屋を抜け出した。

 リビングでは、斎藤が一人で酒を飲んでいた。



「おや、眠れませんか?」



 そう問いかけた斎藤に、俺はあいまいに笑みを返した。



「寝ようと思えば寝れたかもしれませんが……斎藤さんが起きていれば、もう少し話がしたいと思って」


「そうですか」


「ご迷惑でなければ、ですが」


「もちろん構いませんよ。どうぞこちらへ」



 斎藤に促され、向かいの席に腰かける。



「普段からお酒を?」


「いや、たまにですね。酒は自作できなかったので、あまり手に入らないんです。街に行くのも、危険が伴うので」


「20年以上たった今でも、追っ手が?」


「ふっ、どうですかね?」



 斎藤は遠い目をして、窓の外に見える月を眺めていた。

 この世界の月は、青く輝いている。

 元の世界でも、数年に一度ブルームーンという月が青くみられる現象があるが、この世界の月は毎日青い色をしているという。


 ここは元の世界ではないため、あれを「月」と呼んでいいのかは疑問だが。



「飲まれますか?」



 斎藤が、酒の入った木のカップを揺らしながら問いかける。

 正直、異世界のお酒には興味がある。



「飲んでみたい……ですが、今はこの身体なので、飲んでもいいものか……」


「大丈夫だよ」



 俺の疑問に答えたのは、ノアだった。

 階段の手すりにもたれながら、楽しそうに俺たちを眺めている。

 すっかり眠っているように見えたが、どうやら狸寝入りだったらしい。



「飲んでもいいのか?子どもの身体なのに?」


「子どもと言っても、君たちの世界の高校生くらいでしょ?この世界ではとっくに成人を迎えている年齢だよ」


「でも、身体に悪影響とかは……」


「ないない。そもそも伊月くんたちの装備には、状態異常を無効化する効果があるから。残念だけど、酔っぱらうこともできないよ」



 ノアが言うには、酔っている状態も状態異常の一種とみなされるらしい。

 お酒を飲めるのはありがたいが、まったく酔えないというのも切ない。



「強制ノンアルコールみたいだな……」



 俺がポツリと呟くと「ノンアルコール?」と斎藤が首を傾げた。

 そういえば、20年前にはノンアルコールの飲み物なんて見かけたことがなかった。

 斎藤に聞きなじみがないのも当然だろう。



「向こうの世界では、アルコールの入っていないお酒が販売されるようになったんです」


「アルコールが入っていないお酒?面白いですね」



 斎藤は感心するように言った。

 20年以上前と比べると、今の暮らしはずいぶん便利に変わった。

 当たり前のように受け入れてきたことの一つ一つが、斎藤にとっては斬新に感じられるだろう。



「まあ、問題がないようなら1杯どうぞ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「ついでに僕ももらおうかな」



 階段を降りながら、ノアが言った。

 確かノアは、以前妻に10歳だと話していたという。

 今となってはそれが嘘だということは重々わかっているが、見た目はまさに10歳程度。

 そんな子どもがお酒を飲む姿は、あまり見たいものではない。


 何とも言えない気分になりながら、斎藤から出された酒を口にするノアを眺めた。

 うんうん、と頷いているため、どうやら口に合ったらしい。


 俺もカップを手に取り、琥珀色の液体を口に流し込んだ。

 芳醇な香りが鼻先を抜け、俺はほうっと息を吐いた。

 上質なウイスキーに近い味わいだ。



「おいしいでしょう?」


「ええ。でも、こんないいお酒、頂いてよかったんですか?」


「もちろん。一人で飲むのは、寂しいですから」



 表情には出ていないが、斎藤がおそらく本心からそう言ってくれているのが伝わった。

 俺は礼を言って、再びカップに口をつけた。



「……それで」



 斎藤が俺の目をまっすぐ見据えて、問いかけた。



「あなたが聞きたいことは何でしょう?」

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