113 逃亡と保護
蓮と斎藤は、ロナリア帝国とオートラック王国の国境沿いにある森の中で出会った。
ロナリア王国に追われる蓮は、ひとまず国境を越えてしまおうと考えたそうだ。
頭からローブをかぶり、乗合馬車を乗り継ぎ、夜は野宿をしながら。
よく路銀があったものだと思ったが、異世界人である蓮やともに逃げた仲間の荷物は希少性が高く、高額で引き取ってもらえたらしい。
蓮たちが選んだ買取店は、王都の裏路地にあり、店主は一目で彼らを異世界人だと見抜いた。
そしておそらく、王城から抜け出したことも。
しかし店主が通報することはなかった。
平民の中には、富や権力を振りかざして横暴にふるまう王侯貴族に反感を抱いているものも多いという。
店主も、その一人だったのだろう。
異世界人を逃がしたという事実は、王家の威信にかかわる問題となる。
なぜなら、過去に脱走した異世界人によって大きな事件が起こっていたからだ。
「異世界人が事件を?」
「君たちの世界の人間じゃなったけどね、処分が決まって、逃げて、そして追い詰められて……もう逃げられないと悟ったんだろうね。隠し持っていたナイフで、近くにいた人たちを手当たり次第刺したんだ」
「そんな……」
「元の世界で腕に覚えがあったんだろう。最終的に子どもを含む23名が犠牲となった。そして結局、異世界人は騎士によって首をはねられた」
なんて救いのない話だろう。
殺されたくないと逃げ、もう無理だと諦め、その異世界人は失うもののない無敵の人になってしまったのだ。
「その事件以降、異世界人の扱いは厳重化され、脱走者は出していなかった。しかし、十数年ぶりに脱走者が出た」
「それが蓮くんたちだったんだな。でも店主は、異世界人が起こした事件を知っていたんだろう?自分の身内が犠牲になる可能性だってあるのに、異世界人である彼らを見逃したのか?」
「うん。遠い記憶になりつつある異世界人の恐怖より、今の国政に対する怒りが勝ったんだろうね。それに……」
「それに?」
「蓮くんたちはまだ子どもだ。それも、店主の息子と同年代のね。だからこそ、あどけない彼らを通報する気になれなかったのかもしれない」
そうして店主から国内の地図や身を隠すローブなんかを譲り受け、蓮たちは国境を越える逃亡の旅に出た。
隣接しているオートラック王国もユミュリエール教国も、ロナリア帝国と対立している。
それゆえ、国境を越えて追ってくることもなければ、身柄を引き渡されることもないと判断したようだ。
そしてようやく国境を超えるかというところで、蓮たちは斎藤に出会った。
そのころのふたりは、ぼろぼろの状態だったという。
路銀もつきかけ、まともに食事もとれていない状態で、体を引きずるようにして歩いていた。
「正晴くんは人とかかわることを避けていたから、彼らには近づかないようにしていた。でも、ローブが風で捲れてね、蓮くんの顔があらわになった。久々に見る日本人に、正晴くんはびっくりしたと思うよ」
「それで、保護したのか?」
「故郷への想いが蘇ったんだろうね。それに、ぼろぼろになって逃げる蓮くんの姿が、昔の自分に重なったのかもしれない。正晴くんは、彼らを自宅へ連れ帰ることにした。蓮くんたちも、今は正晴くんの家でのんびり暮らしているよ」
ひとまず、3人の異世界人が無事であったことに安堵する。
しかし三者三様に苦労をしていることに、胸が痛んだ。
「それで、これからどうするんだ?」
ノアに訊ねると「正晴くんの家に行くよ」と返ってきた。
予想通りの回答に、俺はこくりと頷く。
コーラフロートを堪能し終えた妻も、きりっとした顔で同意した。
ノアはふっと笑みをこぼし、妻の口元についたアイスをどこからともなく取り出したハンカチで拭った。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
ノアが指を鳴らすと、白い扉が現れた。
ゆっくりと開いた扉の中に、俺たちはそろって足を踏み入れた。