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特別編(13)形見

 話を終えたあと、辺境伯の子どもたちはそろってシャルロッテに謝罪した。

 事情も知らずに冷たい態度をとってしまったこと、敵意を向けてしまったこと。

 シャルロッテは笑顔で謝罪を受け入れた。


 それからシャルロッテは、辺境伯から母の話を聞くことができた。

 遠い記憶の中の思い出しかなかった母の話を聞くシャルロッテは、心の底から嬉しそうに見える。

 勇司は目を輝かせて辺境伯の話に耳を傾けるシャルロッテを見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。


 辺境伯は、シャルロッテを亡くなった辺境伯夫人の部屋へ案内してくれた。

 部屋の主が何年も前にこの世を去ったとは思えないほど、きれいに整えられた部屋だった。

 ともに案内された勇司は、窓辺に飾られている白い花を見て、辺境伯の夫人へ対する愛情が今もなお深いことを悟る。


 辺境伯は、机の引き出しから、封筒の束を取り出してシャルロッテに手渡した。



「これは、あなたの母君から妻に送られた手紙です。妻の死後、遺品の整理をしていたときに見つけました」


「読んでもいいのですか?」



 シャルロッテが辺境伯を見上げて問いかける。

 辺境伯は頷いて答えた。



「きっと妻も、母君も許してくれるでしょう」



 その手紙には、互いの近況をはじめ、趣味の読書のこと、家族のことなどが書かれていた。

 婚約が決まってからの手紙には、暗い内容も多い。

 しかしシャルロッテが生まれたことを知らせる手紙やそれ以降の成長を語る手紙には、はっきりとシャルロッテへの愛情が綴られていた。


 初めてママと呼んでくれた喜び。

 よちよちと歩く姿を見た感動。

 父からの愛情をシャルロッテが得られないことへの不安。

 そして娘の幸せを祈る心。


 シャルロッテの母は、子育ての先輩である辺境伯夫人を頼りにしていたようで、悩みごとの相談もしていた。

 そして手紙の文面を見る限り、辺境伯夫人が真摯にそれに応えていたことが窺える。



「母の遺品は、父にすべて処分されてしまい、何も残っていなかったのです。だから、母がどういう人なのか、私は遠い記憶の中でしか知らなかった……。母がこんなに私を愛してくれていたなんて、知らなくて……」


「そうだったのですね……」



 涙ながらに語るシャルロッテに、辺境伯は本棚から一冊の本を取り、差し出した。



「よかったら、こちらを」


「これは……?」


「昔、妻があなたの母君から譲り受けた本です。お気に入りの本を互いに贈りあったのだと、嬉しそうに話してくれました。形見としては、少し物足りないかもしれませんが……」



 シャルロッテは恐る恐る手を伸ばし、本を受け取る。

 そして「ありがとうございます」と深く頭を下げた。







 翌日から、勇司たちは辺境伯領の魔物の討伐に取り掛かった。

 ほかの領地を回って慣れていたこともあり、討伐は予定通り順調に進められた。


 そして1週間ほどが経った頃、勇司たちはダンジョン内部への探索を始めることになった。


 魔王討伐時に一度潜ったことのあるダンジョンだが、その規模は国内最大。

 気を引き締めてかからねば、無事に帰ることは難しいだろう。

 辺境伯家の次男が同行を申し出たが、勇司は断った。

 実践慣れしていない学生を連れて行ったところで、足手まといになるだけだろう。

 だからといって、辺境伯やその跡継ぎを連れて行くわけにはいかない。


 ダンジョンへは、魔王討伐メンバーと辺境伯家の騎士団長および精鋭部隊が同行することになった。

 不安そうにしつつも、気丈に見送りに出たシャルロッテの頭を勇司が優しく撫でた。



「必ず無事に帰る。シャルもみなさんの言うことをよく聞いて、いい子で待っているんだぞ」


「うん……約束だよ?」



 勇司は確かに頷き、ダンジョンへ向けて出発した。



 ダンジョン内は、想像よりも落ち着いていた。

 あふれ出ていた魔物の討伐があらかた済んでいたこともあり、魔物の数も以前潜ったときと比べ、多少増えた程度だろう。

 そうして、あっさりと最深部へと到達することができた。



「……もう最深部か……」


「あっという間でしたね」


「ああ。だが、このままあっさり終わるとは思えない」



 険しい顔で、勇司が言った。

 通常のダンジョンでは、最深部に近づくほど魔物の数は増え、個体の強さも上がる。

 しかし今回は、最深部に近づくほど魔物の数は減少した。


 それはつまり、ほかの魔物が逃げ出すほどの恐ろしい魔物が、この先にいるかもしれないということだ。

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