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特別編(12)真意

 勇司たちは辺境伯領の被害状況や魔物の目撃情報などを確認し、明日以降の討伐計画を立てた。

 一通り話がまとまったところで、勇司はゆっくりと切り出した。



「ここからは、別件でお話があります。内密なお話なので、辺境伯様とそのご家族以外は席を外してもらいたいのですが」


「……わかりました」



 辺境伯は、同席していた部下や使用人たちに退出するよう命じ、室内には勇司たち一行と辺境伯一家だけになった。



「それで、お話というのは?」


「シャルロッテ嬢のことです」


「……そうですか」



 軽くうなだれながら、辺境伯が呟く。

 室内には、再びピリピリとした空気が流れ始めた。



「辺境伯様が、彼女と婚約した経緯を教えていただきたいのです」


「それは構いませんが、勇者殿はシャルロッテ嬢とご面識が?」


「ええ、まあ」



 濁して返すと、辺境伯はそれ以上追及はしなかった。

 そして、ポツリポツリと語り始めた。



「シャルロッテ嬢の母君とは、遠縁ではありましたが親戚関係にありましたので、彼女が子どものころから交流がありました。まあ、年に1度、親戚の集まりで顔を合わせる程度でしたが」



 遠い目をして、辺境伯が言った。

 遠い昔を思い出すような、寂し気な顔をしている。



「彼女との距離が縮まったのは、今は亡き妻と結婚したころからです。結婚の報告のため、彼女の生家に伺いました。まだ彼女は学生でしたが、そのときは社交界シーズンで、学校は長期休暇中に入っていたため、実家に戻っていたそうです。そこで、妻と彼女が親しくなったのです。歳は離れていましたが、ともに読書好きで、好みも似ていたようで」


「交流は、その後も?」


「ええ。ふたりはそのから文通をはじめ、頻繁にやりとりしていました。領地が離れているため、実際に会うのは年に1度の家門の集まり程度でしたがね。当時、前辺境伯である父が急死し、そのあとを継ぐために私も妻も忙しかったもので、彼女に会いに行く時間を作るのは難しかったのです」



 辺境伯が言うには、それからしばらくして、シャルロッテの母と侯爵家の跡取りとの婚約が決まったらしい。

 シャルロッテの母は、婚約者とは面識はないが、よい夫婦関係になれたらと語っていたようだ。

 しかし、相手はそう思ってはいなかった。

 シャルロッテの母との関係を受け入れず、よそに作った恋人の存在を隠そうともしなかった。

 シャルロッテの母は傷つきつつも、家のためにそのまま嫁いだという。


 その後シャルロッテという子宝に恵まれたものの、夫の愛情を得ることは叶わず、病でこの世を去ってしまった。



「妻は、愛のない結婚に身を捧げた友人を心配していました。彼女が結婚してからもふたりは手紙のやりとりを続けていましたが、シャルロッテ嬢が生まれて少しした頃に、妻は流行り病で……。最期まで、彼女とシャルロッテ嬢のことを気にかけていました」



 妻が病死してしばらくしてから、シャルロッテの母が亡くなった知らせを受けた辺境伯は、妻の代わりにと葬儀に参列したそうだ。

 そのとき、辺境伯は初めてシャルロッテを目にしたという。

 母の眠る棺桶に縋り、涙を流すシャルロッテを。


 それから月日は流れ、辺境伯はある噂を耳にした。

 ダルモーテ侯爵家で、シャルロッテが虐げられているという噂だ。

 詳細まではわからなかったが、腹違いの妹とひどく待遇に差をつけられているらしいことはわかった。


 妻が生きていたら、シャルロッテを見捨てることはしないのではないか。

 そう思った辺境伯は、どうすればシャルロッテを救うことができるのか考えたという。

 養子にしてしまうのが最善だと思われたが、実の父親が健在である現状では難しい。

 身内との婚約も考えたが、すでに息子たちには婚約者がいたし、近しい親族はすべて婚約あるいは結婚していた。


 

 実はそのころ、シャルロッテには伯爵家との縁談が持ち上がっていた。

 しかし相手は辺境伯よりも年上で、かつ暴力的な男だった。

 以前婚約していた相手を、顔の形が変わるまで殴り続けた末、破談になったという話まであるほどだ。

 ただし男の領地には立派な鉱山があり、十分な資金力があった。

 シャルロッテの婚約にも、大きな金銭が動いていたという。


 そんな男に嫁いでも、とても幸せに離れないだろう。

 そう考えた辺境伯が苦肉の策で考え出したのが、自分の後妻に迎えるという方法だった。

 


「私は、一刻も早くシャルロッテ嬢を安全な環境で保護したかったのです。家族や親族からは強く反対されましたが、無理に話を進めました。伯爵家よりも多額の金額を提示すると、侯爵はすんなり婚約を受け入れてくれました。……シャルロッテ嬢」


「は、はい」


「私のような老人との婚約、あなたには受け入れがたいことでしょう。しかし私は、あなたをどうこうしようというつもりは一切ありません。嫌がることも、傷つけることもしないと誓います。なので、私を信じて、この家に逃げてはきませんか?花嫁修業という名目ならば、成人前でも我が家に滞在できるはずです」


「……辺境伯様……」


「この家で過ごすのが不安なら、別邸を用意しましょう。婚約はいずれ破棄し、あなたが幸せになれる方法をともに探していければと思っています」


「いえ、その……」



 勇司は、辺境伯がそれほどまでにシャルロッテを想っていたことに驚いた。

 それほど、辺境伯夫人とシャルロッテの母は親しい間柄だったということだろう。


 驚いたのは、辺境伯の子どもたちも同じだったらしい。

 今まで事情を話していなかったのだろう。

 ただ自分たちよりも若い娘を後妻として迎えるとしか聞かされていなかったため、父に失望し、後妻となるシャルロッテを排除しようと考えたのかもしれない。



「なんだよそれ……」



 辺境伯家の次男が、ぽつりと呟いた。



「……そうよ。お父様、どうして話してくださらなかったの?事情を知っていれば、私たちだって反対したりは……」


「ええ。お話しいただいていれば、協力することだってできたはずです」



 長女と長男も、口々に言う。

 しかし辺境伯は首を横に振った。



「確かに、説明すれば優しいお前たちは受け入れてくれただろう。しかし、これはシャルロッテ嬢の名誉にかかわること。本人不在の場でペラペラと話していいことではない」



 きっぱりと言い切った辺境伯に、勇司はふっと笑って、口を開いた。



「辺境伯様、シャルロッテ嬢のことを気遣ってくださり、ありがとうございます。しかし、もう心配には及びません」


「……勇者殿、それはどういう……」


「まだ公にはなっていませんが、シャルロッテ嬢は現在、王宮にて保護されています。もう二度と侯爵家へ戻ることはないでしょう」


「なっ……!」



 辺境伯が目を見開き、ロエナに視線を向ける。

 ロエナは小さく頷き、肯定の意を示した。



「それと、お話しておきたいことがあります」



 勇司はそう前置きして、辺境伯にシャルロッテは勇司の妹なのだとを説明した。

 その際、亡くなったシャルロッテの身体に憑依したのではなく、生まれ変わって最近記憶が戻ったと偽った。

 実際に、現在のシャルロッテには、本物のシャルロッテ時代の記憶も残っているから、あながち嘘とはいえないだろう。


 そして、侯爵家はシャルロッテへの虐待による罪を問われること、シャルロッテの親権を剥奪されるであろうことも伝えた。

 すると辺境伯は、シャルロッテに養子にならないかと提案した。



「侯爵家の籍から外れるのであれば、相応の後ろ盾が必要でしょう。婚約者としてではなく、娘として辺境伯領へいらっしゃいませんか?」



 辺境伯の言葉に、シャルロッテは微笑みながら、首を横に振った。



「ありがとうございます。しかし申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


「そうですか……。理由を伺っても?」



 残念そうな顔で訊ねた辺境伯に、シャルロッテはとびきりの笑顔で答えた。



「家族とともに過ごしたいからです」


「家族……」


「兄は近々、国王陛下より爵位を賜ることになっています。そしたら、私は兄の養子となり、ともに暮らすことになっているのです」


「なるほど……」



 年の近い者が養子縁組を結ぶことは、この世界ではイレギュラーなことだ。

 反対意見ももちろん出るだろう。

 しかし、勇司とシャルロッテの関係性を周知すれば、表立って反対するものはいないはずだ。


 養子縁組を反対することで、世界の英雄である勇司が他国へ渡ってしまったら、その損害は計り知れない。



「それは何よりです」



 辺境伯は、優しい顔で微笑んだ。

 それを見た勇司は、やはり辺境伯は以前会ったときと何も変わっていないと、嬉しく思った。

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