特別編(7)最後の挨拶
画面越しにシャルロッテとの再会を果たした翌日、勇司は駅前のベンチにぼんやりと座っていた。
そんな勇司に、一人の男が近づく。
「疲れてるのか?」
缶コーヒーを差し出した男は、異世界転移被害者の会で会長を務めている佐々木だった。
勇司は缶コーヒーを受け取りながら、首を横に振った。
「いや、疲れているわけじゃない。ちょっと考え事をしていただけだ」
「そうか。……それで、話って?」
勇司の隣に腰かけて、佐々木が問いかける。
昨晩、勇司は佐々木に「話があるから時間を作ってほしい」と連絡したのだ。
「仕事に戻らなきゃいけないから、あんまり時間が取れないんだけど」
「ああ、悪いな。でも時間がどのくらい残されてるかわからないから」
「……時間?」
勇司は頷いた。
「昨日、瀬野さんから連絡があった」
勇司の言葉に、佐々木が思わず立ち上がる。
期待と戸惑いが入り混じった表情だ。
佐々木は深呼吸をして、ベンチに座りなおした。
そして勇司に続きを促す。
「瀬野さん、今、俺の妹のところにいるんだって。昨日家に帰ったらさ、瀬野さんがパソコンの画面に映っててビビった」
「そうか……瀬野さん、本当に……。それで、妹さんはいつ戻ってくるんだ?」
佐々木の問いかけに、勇司は首を横に振って「妹は帰ってこない」と返した。
佐々木は予想外の返答に戸惑い「は?」と気の抜けた声を上げる。
「正確にいうと、帰ってこれないらしいんだ」
勇司は佐々木に、妹の事情を説明した。
佐々木は驚きつつも、最後まで話を聞いてうなだれる。
「……そんなパターンもあるのか。でも、それにしては明るい顔をしているな」
「俺か?」
「ああ。もう妹さんは帰ってこないんだろ?つらくないのか?」
「妹の身に起こったことを考えると、もちろん腹が立つ。妹をさらった女神も、妹を虐待しやがったやつらも許せない。……妹をこの世界に戻してやりたかったのは本当だが、でも、それはもういいんだ」
「そんなに簡単に諦めるのか?」
佐々木の目には、怒りが宿っていた。
その目は「俺なら諦めない」とでも言っているようだ。
それを見て、勇司がふっと笑う。
「ああ。代わりに、俺が向こうに行く」
その言葉に、佐々木は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……行くって、異世界へか?」
「そう。今度は自分の意志でな」
「この世界にはもう、戻ってこないのか?」
「ああ。いつになるかわからないけど、もしかしたら、あんたに会うのはこれで最後かもな」
「……そうか」
佐々木はじっと勇司を見つめたあと、ふっと眉を下げて笑った。
「よかった、でいいのか?」
「もちろん」
勇司は迷いなく肯定した。
佐々木は頷き、よかったな、と背中をポンポンと叩いた。
正直お互いの第一印象はよくなかったが、被害者の会としてともに活動する中で、二人は兄弟のような関係を築いていた。
「あ、じゃあ、あっちの世界で姫といっしょになるのか?」
「……まぁ、王様の許しが出ればな。断られても食い下がるけど」
「なんだよ、それ」
そう笑いつつも、佐々木は「幸せになれよ」と笑った。
勇司は頷いて、不意に真面目な顔をする。
「瀬野さんなら、多分ほかの被害者たちも助けてくれると思う。次はあんたの弟かもしれない。だから、これからも諦めるなよ」
「ああ」
「……あんたには、ずいぶん世話になった。感謝してる」
「なんだよ、改まって」
「いや……もう会えないかもしれないなら、後悔しないように言っとこうと思ってな」
そう言いつつも、恥ずかしいのか、勇司は頰を真っ赤にしていた。
佐々木はそんな勇司に「ぷっ」と噴き出し、その頭を乱暴に撫でる。
ちょっと生意気なところも、素直になるのが苦手なところも、勇司は佐々木の弟によく似ていた。
佐々木は「やめろよ」と言いつつも嬉しそうに笑う勇司を眺めながら、弟は無事でいるだろうかと思わずにはいられなかった。