104 無礼者
翌日の昼過ぎから、俺はまた討伐に出ることになった。
今回も、ロエナや護衛騎士といっしょだ。
昨日と違う点は、ほかのメンバーの1/3程度が騎士団員ではなく、冒険者だというところだろう。
今回も俺はロエナたちの馬車には乗らず、冒険者の一団に加わることにした。
道中会話を交わし、情報収集に励む。
俺がドラゴン討伐パーティーの一員だということは、先日のギルドでの騒動で知れ渡っているらしい。
警戒されるかと思っていたが、おおむね俺に好意的な者が多かった。
ただし、一人だけ俺をやたらと睨んでくる冒険者がいる。
よく見ると、どこかで見た顔だ。
しばらく考えて、ドラゴン討伐後のギルドで因縁をつけてきた男だと気づく。
しかし睨んでくるだけで、何か言いがかりをつけてくることはなかった。
ほかの冒険者が、彼が以前は名の知れた冒険者だったとこっそり耳打ちしてくれた。
なんでも、数年前に高ランクのクエストに失敗し、そこそこ大きな怪我をしたらしい。
幸い後遺症もなく怪我から回復したらしいが、それ以降なかなか良い成果をあげられていないようだ。
ふがいない結果に比例して、ほかの冒険者に絡むことが増え、ギルドの鼻つまみ者になっているという。
挫折から立ち直れていないのか。
精神的なショックが大きかったのか。
魔物と戦うことに恐怖心を抱くようになったのか。
あるいは、そのすべてか。
男の境遇には同情するが、だからといって他人を傷つけていい理由にはならない。
やるせない気持ちになりながら、俺は馬車に揺られ続けた。
やがて馬車は討伐拠点に到着した。
案の定、俺の腰と尻は限界で、馬車を降りて一人で悶絶する。
冒険者の中にも、俺と同じように苦しんでいるものはいない。
自分がすごく軟弱に思えて、少し情けなくなる。
「大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、ロエナだった。
腰をさすりつつ「なんとか」と答えると、ロエナは苦笑した。
「今日は精鋭部隊を組み、ダンジョン内の探索を行う予定です。イツキ様にはそちらに参加していただきたいのですが……」
「わかりました。ちなみに、何人くらいの部隊なんですか?」
「私とイツキ様、そして3名の騎士を加えた計5名を予定しています」
「5名……ずいぶん少ないんですね」
「ええ、今回の探索の目的はダンジョン内の調査ですから。不測の事態が生じる可能性もあります。大人数よりも少人数の方が撤退もスムーズに進められるでしょう。それに、私は短距離であれば転移魔法を使えますから」
この世界で転移魔法が使える魔法使いは、ほんの一握りだとノアが言っていた。
それだけロエナが優秀な魔法使いだということだろう。
だてに、この国一番の魔法使いと謳われているわけではないようだ。
ロエナの転移魔法で転移できるのは、小さな街一つ分程度の距離。
一度に転移できる人数は、8人が限界だという。
また、人数が増えるほど魔力の消費が激しく、その後の魔法の使用が困難になる。
ロエナの余力を残した状態で転移できるのが5人程度だから、精鋭部隊もこの人数で決まったという。
俺は道中いっしょだった冒険者たちに別れを告げ、ロエナの後をついていこうとした。
そんな俺を、一人の男が呼び止める。
振り返って呼び止めた男を見ると、ギルドで絡んできた冒険者だった。
今頃になっていったい何なんだ、と思わなくもなかったが、何の用かと問いかける。
「お、俺も連れて行ってくれ!きっと役に立つ」
「連れてって……精鋭部隊にか?」
「ああ。俺は長年ギルドで活躍してきた。ぽっと出の新人よりよっぽど役に立つはずだ」
言い返そうと思ったが、俺の前にいたロエナがすごい形相で男を睨みつけたので、思わず黙ってしまった。
男はロエナの表情に気づかず、話し続ける。
「そもそも、お前たち本当にドラゴンを倒したのか?電気魔法で倒したっていう話だが、ドラゴンを倒せる魔法なんて伝説級だろ。本当は、偶然雷にあたって死んだドラゴンの死骸を拾っただけなんじゃないのか?」
「いや……」
「ドラゴンを倒したって証明はできねぇだろ!俺の方が絶対に強いんだから、譲るべきだろ」
「ちょ、何してんの!」
勝手なことを話し続ける男を制止したのは、先日も言いがかりをつける男を止めてた女性だった。
男の仲間なのだろう、一人で勝手なことをするなと注意する。
それに、彼女はロエナの表情に気づいていたようで、すぐに俺たちに向かって頭を下げて謝罪する。
一冒険者が王族の不興を買ったとあれば、最悪処刑されかねない。
そう言った恐怖心からか、女性の顔色は真っ青だった。
男もようやくロエナの怒りに触れたことに気づいたのか、慌てた様子で頭を下げた。
しかしその表情からすると、まだ納得はしていないようだ。
「……あなたが、イツキ様よりも優れていると?」
冷たい声で、ロエナが問いかける。
男は怯えつつも、頷いて肯定する。
そんな男を見て、ロエナが深々とため息を吐いた。
「あなたがどんな根拠をお持ちなのかわかりませんが、それを証明する手段はないでしょう?イツキ様の実力は、昨日の討伐で私も実際に拝見しております。実力の知れないあなたより、イツキ様を信用するのは当然のことです」
「しかしっ……」
「それに、危険と隣り合わせの状況のなか、信頼できない相手に背中を預けることはできません。実力があると豪語するのなら、今回の討伐で有無を言わせない手柄を立てて見せなさい」
ぴしゃりとロエナが言い切る。
男は反論しようとしていたが、返す言葉も浮かばないのか、ただ口をパクパクと動かすだけだった。
「こんな状況下ですので、あなたの無礼は不問といたします。けれどこれ以上食い下がるのであれば、討伐の妨害ととらえますが、よろしくて?」
ロエナの言葉に、男は悔しそうに顔をゆがめつつも、仲間の女性といっしょに頭を下げて去っていった。
男は懲りずに、何度も俺を憎しみ混じりの目つきで睨みつけていたが、見て見ぬふりをすることにしよう。
「若くして武勲を立てるというのも、大変なものですね」
同情するように、ロエナが言った。
まったくだと思いつつ、俺は苦笑いを返した。