11 異世界転移の真実
「伊月くんはさ、異世界ものの漫画とか小説が好きでしょ?」
唐突に少年が呟く。
「だって、家にたくさん本があるし。そのスマホにも、漫画や小説を読むためのアプリがいろいろ入ってる。」
「……それが、どうした。」
「それが、異世界転移が増えた理由だよ。」
少年は、あっけらかんとした調子で話す。
意味がわからず、俺が黙り込んでいると、少年はふーっと深いため息をついた。
「だからね、ここしばらく異世界ものが流行っているでしょ?それに伴い、異世界転移というものがどういうものなのか、知る日本人が増えた。だから異世界の神にとって、この日本は良質な狩場になってしまったんだよ。」
少年が言うには、もともと異世界転移という現象は世界中に存在していたらしい。
しかし、その頻度は現代日本と比べると極端に少なかった。
それは異世界転移という事象を受け入れられず、異世界に順応できない人間が多かったことが原因だという。
「だって神様の立場にもなってみてよ。せっかく自分の世界に異世界人を招いても、世界を救う前に死なれたらたまったものじゃないよ。」
しかし近年の異世界ものの流行によって、日本人には「異世界転移」を素直に受け入れる人が増えているのだという。
転移にあたっての詳しい説明が不要、自分の知識や与えられた特殊能力を駆使し、世界に貢献できる人材が増えたた。
それにより、神々のあいだでは「異世界転移させるなら日本人」というブームが巻き起こっているのだとか。
そんなくだらない流行が、娘の異世界転移の原因だなんて、納得できるわけがない。
「神様も暇じゃないからね。知識がまったくない初心者より、多少の知識やゲームなんかの実戦経験者のほうが採用したくなるってもんさ。世界によって異なるけど、魔法の使い方がほぼこの世界のゲームに近いケースなんかもあるし。」
「だからって、なんで娘が……!あの子はゲームはやらなかったはずだ。」
「でも異世界ものの漫画は、よく読んでたでしょ?普通の女の子が異世界転移して聖女として活躍する話とか、現代日本の知識を駆使して異世界を発展させる話とか。」
しかし、漫画を読んではいたが、俺のようにどっぷりとはまっている様子ではなかった。
時間があるときに、暇つぶしがてら読んでいただけだという印象が強い。
「正直ね、神様にとってはどれだけ知識があるかはどうでもいいんだよ。異世界転移という現象を認知していて、異世界に順応してくれそうなら誰だっていい。だから柚乃ちゃんが選ばれたのは、ただ運が悪かったとしか言いようがないだろうね。」
なんという言い草だ……!
特別な理由があったわけでもない。
まるでくじ引きのように選ばれただけだなんて、許されてなるものか。
「ただ、こちらの世界としては困っていることがある。彼らが手あたり次第さらっていくせいで、この世界の魂のバランスが崩れかけているんだ。すべての魂は、この世界を成立するために必要な材料。しかし彼らは奪っていくばかりで代償を支払っていない。このままでは、いずれこの世界の均衡は破られ、大きな厄災が降りかかるだろう。」
先程までとはうってかわり、少年は厳しい表情をしている。
今までのふざけた様子からは想像がつかなかったが、どうやら彼も異世界転移には思うところがあるようだ。
「この世界の神様にとって、異世界の神々は万引き犯のようなものなんだ。……正当な対価を支払うことなく、我々の資源を奪い去っていく。まあ、なかにはまっとうな手続きを踏む者もいるけどね。」
「まっとうな手続き?」
「事前にこの世界の神様と召喚する人間に了承を得るんだ。そして了承が得られたら、対価としてあちらの世界の魂をひとつこの世界にもたらす。いわば等価交換ってやつだね。」
「神だけでなく、召喚する人間にも?」
「そっちには異世界へ来てもらう代わりに、願いを叶えてあげるとか、そういうのが多いかな。」
「勇司くんのように?」
俺が問いかけると、少年は鼻で笑う。
「あれは詐欺でしょ。願いも叶えない、用が済んだら返品だなんて、たちが悪い。しかも、勇司くんの魂が戦いですり減っちゃったからって、代わりに妹を連れて行くなんて、本当何を考えているのやら。」
ほとほとあきれた様子で吐き捨て、少年は忌々しそうに顔をゆがめた。
まるで目の前で見てきたかのように話す、彼は神の使いか、それとも神そのものなのか。
俺の疑問を読み取ったのか、少年が口角をあげた。
「今は、君の想像にお任せするよ。……真実は、またいずれ。」
少年が言い終わると同時に、強い突風が吹いた。
思わず目をつむった俺が再び目を開くと、すでにそこに少年の姿はなかった。