101 怒り
ロエナの話によると、シャルロッテが妻とともに庭園を散歩しているとき、ダルモーテ侯爵が突然現れたらしい。
このままシャルロッテが王城に留まることで、虐待が明るみに出るのを避けたかったのだろう。
無理に連れ帰ろうとするダルモーテ侯爵に、シャルロッテは抵抗した。
妻も説得を試みたらしいが、侯爵は聞く耳を持たなかった。
侯爵はシャルロッテを守ろうとする妻に苛立ち、突き飛ばそうと手を出したらしい。
侯爵の手が妻の身体に触れる瞬間、コトラが怒って電気魔法を放った。
静電気程度の軽いものだったそうだが、平民が貴族を攻撃したとして、妻たちは拘束されることになったという。
幸い、妻やシャルロッテがロエナの客人として王城に滞在していることは広く知られていたため、牢獄ではなく客室に軟禁という形になったそうだ。
そして姫の来客を許可なく帰宅させることはできないと、シャルロッテを連れ帰ろうとする侯爵の企みは成功しなかった。
また侯爵令嬢であるシャルロッテのたっての希望ということもあり、ロエナが帰城するまでは、シャルロッテも軟禁される妻と同室で過ごすことになったそうだ。
「……事態の報告を受けた父上のとりなしで、軟禁もすぐに解消されたそうです。ただショックが大きかったためか、ふたりとも部屋から出たがらないと……」
「……ふざけやがって……」
散々虐げていた娘を、自分の保身のために無理に家に連れ戻そうなんて。
さらに、貴族の名を使って、友人を守ろうと頑張った妻を捕えようとするなんて。
ロエナが怒りで震えていたのは、無理もない。
俺も、今すぐにでも侯爵邸に怒鳴り込みたいくらいだ。
「……おふたりとも」
声をあげたのは、護衛騎士だった。
ロエナとそろって視線を向けると、両手を挙げられた。
威嚇したつもりはなかったのだが、怒りが顔に出すぎているようだ。
「シャルロッテ嬢も、シオリ様も怖い思いをなさったはずです。……お怒りになる気持ちはわかりますが、姫様とイツキ様までそんな怖い顔をなさっていると、より怯えさせてしまいますよ」
確かに、護衛騎士の言う通りかもしれない。
俺はゆっくりと深呼吸をして、怒りを落ち着ける。
ロエナも同様に、気持ちを静められたようだ。
俺たちの様子を見て、護衛騎士がふっと微笑む。
「それでは、頑張ったお嬢様たちのもとへ参りましょう」
俺とロエナは頷いて立ち上がり、二人が閉じこもっている客室へ向かう。
扉を開けると、妻とシャルロッテがソファに寄り添うように座っていた。
俺の顔を見るなり、妻が飛びついてきた。
よほど怖かったらしい。
よしよしと頭を撫でて、そのまま落ち着かせる。
日本人として人前で抱き合うのには抵抗があるのだが、こちらの世界ではすんなり受け入れられるらしく、ロエナも護衛騎士も、とくに気にする様子はない。
シャルロッテは、近づいたロエナに少し身を固くした。
侯爵に会って、虐待していた継母を思い出したのだろう。
ロエナは少し傷ついた顔をしたが、無理に近づこうとはせず、シャルロッテと距離を取った。
シャルロッテはそんなロエナを見て、はっとしたような顔をした。
そして表情をやわらげ、自分からロエナに近づく。
「シャル。無理をしなくてもいいのですよ」
そういうロエナに、シャルロッテが首を振って、そっと手を握った。
「いいえ。姫様……ご無事でよかった……」
その瞳には、今にも零れ落ちそうなほど涙がたまっている。
ロエナは、そんなシャルロッテに優しく微笑みかけた。
「シャル。あなたにまた、つらい思いをさせてしまいましたね。まさかダルモーテ侯爵が登城しているとは」
「いいえ。非常事態でしたから……それに、詩織ちゃんとコトラちゃんが守ってくれました」
「ええ、聞いています。シオリ様、コトラちゃん……ありがとう」
ロエナの感謝の言葉に、妻は俺にしがみついたまま小さく頷いた。
俺が「頑張ったな」と褒めると、また妻が頷いた。