100 トラブル
その日の討伐は、スムーズに進行した。
今日の参加者は、俺を除き、ほとんどが王国の騎士団から選抜されていた。
さすがというべき連携で、効率よく魔物を討伐していく騎士の姿は、まるで歴史ものの映画を見ているかのようだった。
しかし、これは現実。
魔物側としても、やられるものかと渾身の力で反撃してくる。
大きな被害は出なかったものの、ちらほら負傷者が出ていた。
負傷者にはすぐに回復を行うのかと思っていたが、不測の事態に備えて魔法使いの魔力は温存しておくらしい。
回復薬も用意されていたが、同様に軽い怪我には使用を控えている。
水で消毒をして、傷口にガーゼを当て、包帯を巻くだけの簡素な手当だけ済ませ、負傷した騎士たちはすぐに前線に戻ってきた。
そうして、気がつくと俺たちはダンジョンの入り口に辿り着いていた。
「入口近辺だけ探索してみましょうか」
ロエナの提案に、護衛騎士が反対する。
今日の目標は、ダンジョン入り口までの状況を把握し、その道中で遭遇した魔物を討伐すること。
ダンジョン内の探索は後日行う計画になっているという。
「今日の目標は達成しました。これ以上は危険です」
「けれど、予定よりも早くダンジョン入り口に到着したわ。時間にも戦力にも余力がある。少しでも奥の情報を得るべきだわ」
「しかし、御身に何かあっては……」
「私を誰だと思っているの?」
ロエナも護衛騎士も、どちらも引く気はなさそうだ。
周囲の騎士たちは、護衛騎士の意見に同意のようで、不必要にロエナの身を危険に晒したくないと主張する。
しかしロエナは頑なで、騎士たちの意見を聞き入れる気はないらしい。
さて、どうするべきか。
「姫様」
ピリピリした空気に耐え兼ね、ロエナに声をかける。
「イツキ様。あなたもやめるべきだと?」
ぎろり、とロエナがこちらを睨む。
少し怖い。
妻や柚乃が怒っている姿が重なって、身震いする。
俺はあえてへらっと緩い笑みを浮かべた。
つられてくれたのか、ロエナが少しだけ緊張を緩める。
「予定にない行動は、不測の事態につながることもあります。ダンジョン内の探索を行うのであれば、相応の準備を行った方が騎士たちの安全を確保できるでしょう」
「……そう、騎士たちの」
「ええ。姫様はお強いので大丈夫かと思いますが、騎士の中には負傷しているものも少なくありません。軽症ではありますが、それが命取りになる可能性もあります」
ロエナは少し考えるように黙り込んだ。
自分の身よりも他人の身の危険に敏感だというのは、王族としてはあまりよくないのかもしれないが、人として好ましく思う。
もう一押しだな。
そう思って、俺はひとつ提案をしてみた。
「探索魔法を使ってみるのはどうでしょうか?」
「探索魔法?」
「ええ。なかにどの程度魔物がいるのか、範囲は絞られますが、ある程度の情報を得ることはできるでしょう。国一番の魔法使いである姫様なら、尚更です」
「……はぁ、わかりました」
仕方ないというように、眉を下げてロエナが笑う。
騎士たちの間にも、安堵した空気が広がった。
※
城に辿り着いたのは、すっかり日が落ちたころだった。
夜間の討伐は危険が伴うため、俺たちと入れ替わりに森に入った班は、積極的な討伐は行わず、近辺の街道の警備を主に行うらしい。
馬車を降り、腰をさすっていると、少し慌てた様子でロエナの護衛騎士が駆け寄ってきた。
俺はロエナの後続の馬車に乗っていたため、彼らは少し前に城に帰り着いていたようだ。
「少しまずいことになったらしい」
護衛騎士にそう耳打ちされ、俺は慌てて何があったのか訊ねたが、護衛騎士は答えず、周囲に視線を向けた。
人目のある場所ではできない話だということだろう。
護衛騎士に案内されるまま、城に入ってすぐに応接室へ案内された。
ソファには、青筋を立てて怒りに震えているロエナが腰かけている。
「姫様。いったい何があったのですか?」
俺の問いかけに、ロエナが深呼吸をする。
怒りを落ち着かせるためだろうか。
あまり効果はなかったようだが……。
「シャルロッテがダルモーテ侯爵と遭遇したそうです」
「シャルちゃんが?」
「ええ、侯爵はシャルを自宅に連れ戻そうと考えたようです」
ロエナの言葉に、俺は血の気が引く思いがした。