99 発生源
魔物の討伐計画は、俺が話を聞いたときにはすでに、だいぶ話が進められていたらしい。
討伐場所は王都近隣の森。
馬車で2時間程度の距離にあるため、討伐軍をいくつかの班にわけ、交代制で討伐にあたることになった。
状況を早目に把握したかったので、俺は一番初めの班に振り分けてもらい、その日の昼過ぎに討伐に向かうことが決まった。
聞けば、ロエナとその護衛騎士も、先陣を切って討伐に向かうことになっていたらしい。
準備は大丈夫かと心配されたが、もしもに備えて鍛錬は欠かしていなかったし、携帯食なんかの必要な荷物もカバンにそろっている。
「……詩織も行きたかった」
頬を大きく膨らませて、妻が拗ねている。
俺は苦笑いして、妻の頭を撫でた。
「詩織も行っちゃうとさ、シャルちゃんが一人ぼっちになっちゃうだろ?」
「……でも……」
「城の中は安心だと思うけど、何が起こるかわからない。詩織は、シャルちゃんを守っていてくれないか?」
「……わかった!詩織がちゃんとシャルを守るから、伊月くんも気をつけてね。怪我したらだめだよ」
「ああ」
そして俺は、妻が抱いているコトラにも、ふたりを守ってほしいとお願いした。
コトラは面倒くさそうに、にゃおんと鳴き声をあげた。
「それではイツキ様、参りましょうか」
ロエナが俺を呼ぶ。
その隣には、不安気な表情のシャルロッテがいる。
そんなシャルロッテのそばに妻が駆け寄り、手を握った。
「シャル、大丈夫だよ。詩織がそばにいるからね」
シャルロッテは少しほっとしたような顔をして、改めてロエナに向き直った。
「どうか、ご無事で……」
ロエナは優しく微笑んで、頷いた。
そして用意されていた馬車に乗り込んだ。
一国の姫が乗るには簡素な作りだが、移動を急ぐのであれば、重量の増す豪奢な馬車はふさわしくないのだそうだ。
俺はロエナの後続の馬車に乗り込んだ。
同乗の提案をされたが、一平民が姫と同じ馬車に乗ると周囲の反感を買う可能性があるため、遠慮した。
ロエナは気にすることはないと言ったが、余計なわだかまりができれば、その後の討伐に悪影響が出かねない。
遠ざかる城門から、妻とシャルロッテが手を振っているのが見えた。
俺たちの姿が見えなくなるまで、ふたりでずっと手を振っていた。
※
馬車にしばらく揺られ続け、腰やお尻の痛みが限界に達しだしたころ、ようやく討伐拠点に到着した。
先見隊がすでに拠点の設置を終えていたため、俺たちはすぐに討伐に出るらしい。
「大丈夫ですか?」
腰をひたすらさすっている俺に、ロエナが声をかける。
みんな似たような簡素な馬車に乗っていたはずだが、腰をさすっているのは俺だけだった。
「すみません。馬車には乗りなれていなくて……」
「ふふふ、慣れるまでは大変ですものね」
鎧姿のロエナは、勇敢な女性騎士といった風貌だった。
魔王討伐にも、同じ鎧を着て臨んだらしい。
ロエナは国一番の魔法使いという話だったから、てっきりローブを着ているのかと思っていた。
しかしロエナ曰く、この鎧の方が防御力が高いという話だ。
ロエナの腰元には、先端にきれいな宝石がついた小さな杖がぶら下がっている。
魔法の杖だろうか?
「気になりますか?」
くすっと笑って、ロエナが言った。
「あ、すみません。立派な杖だな、と思いまして」
「これは魔王討伐の旅の途中、ダンジョンの宝箱で見つけた杖なんです。消費魔力の半減、威力増幅の効果がついている優れものなんですよ」
魔王討伐の旅。
ダンジョン。
宝箱。
ファンタジー要素満載の会話に内心心躍りつつも、冷静なふりをする。
「この森の奥にも、小さなダンジョンがあるんです」
「そうなんですか?」
「ええ。それで、各地の魔物の発生状況から考えて、ダンジョンから魔物があふれているのではないかというのが専門家の見解です」
「なるほど……。つまり、これからダンジョンへ向かって討伐を進めていくということですね」
ロエナがこくりと頷く。
この先にあるのは、小さなダンジョンだという話だ。
魔物がダンジョンからあふれているのであれば、大きなダンジョンが近くにある場所は、より被害が大きくなるのではないだろうか?
疑問に思い質問してみると、ロエナは肯定した。
「この国で一番大きなダンジョンは、北の辺境伯領の奥地にあります。その影響か、北の辺境伯領ではダンジョンに近い場所ほど、魔物の被害が相次いでいるそうです。今は領主である辺境伯が対応にあたっているそうですが、長期化すればいつまで持つか……」
北の辺境伯といえば、シャルロッテの母の遠縁にあたるという婚約者か。
確か、先の戦争では、その知略によって敵を翻弄したという。
しかしどんなに武力を誇る領であっても、魔物の数が増え続ければやがては限界が来る。
それに、人の手に負えない災厄級の魔物が出現する可能性も十分にある。
「原因究明を急がねば……」
森の奥を見据えて、独り言のようにロエナが言って、俺も頷いた。