96 暗黙の了解
誤解も無事にとけ、散策の続きに戻るため、少女とは別れることにした。
少女は別れ際、シャルロッテの目を見つめて、優しく言った。
「あの……北の辺境伯様は確かにお年を召されていますが、優しいお方ですのよ。私も何度かお会いしたことがありますが、少なくとも、ダルモーテ侯爵家よりはあなたのことを大事にしてくださるはずよ」
「そうなのですか……?」
「ご存じないかもしれませんが、北の辺境伯様はシャルロッテ嬢の母君の遠縁にあたるお方。社交界に姿を見せないシャルロッテ嬢を心配なさっていると聞いています。婚約に気が進まないのであれば、侯爵様よりも辺境伯様に相談なさった方がいいかもしれないわ」
「あ、ありがとうございます……!」
少女はシャルロッテの異母妹であるカロリーナの友人だと名乗っていたため、これほどシャルロッテを気遣ってくれることは意外だった。
戸惑いつつもお礼を言うシャルロッテに、少女が笑いかける。
「私、時々カロリーナ嬢からあなたのお話を伺ってましたの。詳細までは聞いていませんでしたが、あなたにあまり良い感情を持っていないことは知っていたわ。……それに引っ張られて、失礼な言い方をして本当にごめんなさい」
「いえ、そんな……」
「あなたを屋敷でお見掛けして、カロリーナ嬢と待遇に差をつけられているのは一目でわかりましたの。だからこそ、辺境伯様との婚姻は何としても進めた方がいいと思っていたのですが、侯爵様よりも高貴な方に保護されているのなら安心ですわね」
そして少女は、ロエナに向かってきれいなお辞儀をした。
「姫様、シャルロッテ嬢をどうかよろしくお願いいたします。私で助けになれることがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
ロエナは少し目を丸くして、少女に顔を上げるように言った。
そして「ありがとう」と優しく微笑んだ。
※
「それにしても……変装には自信があったんだけどな」
大通りを歩きながら、ロエナが言った。
確かに、俺の目から見ても立派な男装だ。
事前に知っていなければ、今のロエナの姿を見て一国の姫だとは気づかないだろう。
しかし兵士や少女は、ロエナの正体を見事に見抜いた。
高貴な身分だということはわかっても、ロエナだと確信を持つのは難しいのではないだろうか?
「ローは有名人ですからね」
さらりと護衛騎士が言った。
「どういうことだ?」
「そのままの意味です。ローの耳には入っていないかもしれませんが、社交界では魅惑の貴公子として噂になっておりますよ」
「……なっ!」
「街で見かけても、声をかけてお忍びの邪魔をしないようにとの暗黙の了解があるのです。現に、今もあちこちから生暖かい視線が送られております」
「……気づかなかった……」
どうやら、ロエナが男装して出歩いていることは、貴族の間では広く知られているらしい。
加えて、男装したロエナは国王にそっくりだ。
シャルロッテを保護しようと頭がいっぱいだった少女は気づくのが遅くなったようだが、王族を目にしたものならすぐに気づくのも納得の状況だったようだ。
恥ずかしさから悶絶するロエナを見て、くすくすとシャルロッテが笑う。
ロエナはそんなシャルロッテの様子に、観念したのかあきらめたような笑みを浮かべた。
護衛騎士に向かって、小声で「そういうことは早く言え……!」と苦情を入れたのが小さく聞こえたことは、内緒にしておこう。