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10 謎の少年

「詩織、新しい友だちって、どんな子なんだ?」


 何気ない風を装いながら、問いかける。

 妻は少し考えるような仕草をしてから、「…不思議な子?」と答えた。


「今日、お母さんといっしょに買い物に行ったんだけどね、そのときに話しかけられたの。」


「話しかけられた?」


「うん、詩織よりちょっと大きいお兄ちゃん。背は詩織のほうが大きいけど、お兄ちゃん10歳だって言ってたもん。」



 10歳の少年が、なぜ妻に声をかけたのだろう。


 心は幼くなっているものの、見た目は年相応だ。

 気軽に声をかけるには、年が離れすぎている。


「それで、そのお兄ちゃんは何だって?」


「詩織がお菓子見てたら、それおいしいよって教えてくれたの!それでね、このあといっしょに遊ぼうって言われたんだけど、お母さんがダメだっていうから、バイバイしたの。そしたら、また今度遊ぼうって言ってた。」


 詩織の話を聞いて、義母に目を向けると、困ったような表情をしていた。


「お義母さんもその子を見たんですか?」


「ううん、私は見てないのよ。この子がお菓子を欲しがったから、選ばせているあいだにほかの用事を済ませていて…。お菓子売り場に戻ったときには、その男の子はいなかったから。」


「遊びを断ったあとにもう一度会話しているときは…。」


「そのときも、私はレジに並んでいて、この子は近くのベンチで待たせていたの。会計が終わったころには、もういなくなっていたわ。」



 なんだか気味の悪い話だ。


 妻しか見ていない謎の少年。

 彼は一体何の目的で妻に声をかけたのだろう。


 義母も不審に思ったらしく、妻を連れてしばらく少年を探してみたらしい。

 しかし、少年の姿はどこにも見当たなかったようだ。


 義母とふたり、真剣な顔をして考え込んでいると、妻が「あのお兄ちゃんに会いたいの?」と訊ねる。

 そうだね、とぼんやりと返事を返すと、妻はにっこりと笑顔を浮かべ、「大丈夫!」と言った。


「お兄ちゃん、今後おうちに遊びにくるっていってたから、また会えるよ!」







 妻はそう話していたが、本当にくるとは思っていなかった。

 妻は自宅の住所をうまく説明できないし、そもそもどこに住んでいるか話していないと言っていた。


 しかし、翌日の早朝、インターホンの音に起こされた俺と義母がモニターをのぞき込むと、10歳くらいの少年の姿があった。

 驚きのあまり俺たちが固まっていると、同じくインターフォンの音で目覚めたのか、寝ぼけ眼の妻が「昨日のお兄ちゃんだ!」と嬉しそうな声をあげる。



 妻には静かにしているよう言い聞かせ、意を決して、通話ボタンを押す。



「…どちらさまですか?」



 そんな俺の問いかけには答えず、少年は無邪気な様子でこういった。



「いーつきくん、しーおりちゃん、あそびましょ!」



 俺のことも知っている。

 背筋が凍る思いだった。


 震える声で「君は誰だ?」と再度問いかけると、次は「君の知りたいことを知る者だよ。」と少年は答えた。

 先程の無邪気な声とは異なり、姿に見合わない、やけに大人びた口調だった。


 俺の知りたいこと……?



「柚乃ちゃんが今どこにいるか、知りたくない?」


 そう問いかける彼は、不敵な笑みを浮かべていた。







 義母に妻を見ているようお願いした俺は、急いでマンションのロビーへ向かった。

 義母は危険だといったが、彼が本当に娘の居場所を知っているのであれば、この機会を逃してはならない。


 ゆっくりと降りていくエレベーターに苛立ちながら、その扉が開くのを今か今かと待ち構える。

 やがてエレベーターの扉を開くと、その先にひとりの少年が経っていた。


「おはよう、伊月くん。いい朝だね。」


 少年はにっこりと笑い、「少し歩こうか。」と促した。

 正直、この得体のしれない少年についていくことには抵抗があるが、これからマンションのエントランスは、通勤・通学する人々が行き交うだろう。

 そんな中、異世界の話などしていては不審に思われるに違いない。


「わかった。」


 了承して、少年のあとをついていく。

 歩き慣れた並木道が、今日はまるで別物のように感じる。



「それで、君は一体誰なんだ?どうして俺たちのことを知っている?」


「それは秘密。少年Aとでもしておいてよ。」


「……っ!」


 ふざけているのか、と怒鳴りたい気持ちを必死で抑え込む。


「娘の行き先に、心当たりがあるのか?」


「知ってるよ。伊月くんも、気づいているんでしょ?だから、勇司くんにも会いに行った。違う?」


 勇司に会ったことまで知っている。

 手の込んだいたずらではないかと思っていたが、もしかしたら彼は本当に娘の居所を知っているのかもしれない。


 そしてその口ぶり。

 それは俺たちの仮説が正しかったことを暗示していた。



「柚乃ちゃんは、異世界にいるよ。君がどうあがいてもたどり着けない、こことはまったく異なる世界にね。」



 満面の笑みの少年の言葉に、俺は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界転移で残された者達の視点を主眼に置いた作品は新鮮で面白いなと思いました。 [一言] ここまで読みました。
[良い点] 10まで読みました! 少年Aがインターホン越しに伊月の名を呼んだ時はゾッとしました… 普段何気なく読んでいる異世界転移の裏側を感じさせられる面白い話でした! [一言] 勇司君を見ていると解…
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