星に願いを
お久しぶりです。七夕にちなんで、あれからの物語を少しだけ。
「星見?」
「ああ。王が、せっかくエステルがいるんだから久しぶりにどうだろうかって」
日差しが強くなり草木の緑も濃くなって、だんだんと暑さを感じる時間が増えた頃。明るい時間が長いからか、いつもと同じように生活しているはずなのに、夜に星を見上げる時間は少なくなっているような気がしていた。
そんなタイミングで、ルクスから言われた星見、に思い当たる事がなかったエステルはきょとんとした顔で首を傾げる。
自分がいるから、というのは妖精王の宿り木を管理するようになったからかルクスの主となったからか。そっちも気になったけれど、それよりも久しぶりという単語の方が気にかかる。
「妖精王の久しぶりって、どのくらい前の話かしら……」
「そうなんだよね。俺も詳しいこと知らないんだ。だから、これからちょっと情報集めてくるけど、エステルはどうする?」
そこに関しては、ルクスも苦笑いだ。この国の王との親交があったとは聞いているが、その時にルクスは生まれていない。人間の二世代ほど前の話など、妖精たちにとってさほど興味などないだろう。なので、情報を集めるとは言ったものの、ほとんど期待はしていない。
ただ、妖精王がやるというのなら、間違いなくやるのだろう。エステルを主とし、伴侶になったといえどもルクスは妖精。王と仰ぐのは、これからも変わらず妖精王だけだ。
「そうね……妖精王ならきっと決行なさるでしょうから、わたしは国王陛下にお話をしておいた方が良さそうだわ」
「やっぱりそうなるよね。俺も一緒に行きたいけど、そうなると遅くなりそうだからなあ」
「ルクスは、妖精王からお話を聞いてもらえると嬉しいわ。妖精同士でないと分からない事もあるでしょうし」
じわりとこぼれそうになる笑みを隠すように、ルクスは顎に手を当てて顔を空に向けた。ルクスが妖精王を大切にしているということが、言葉にしなくてもエステルには伝わっている。それが、ルクスには嬉しかった。
妖精と人間、どっちつかずだと後ろ指をさされたことだってある。けれど、こうして妖精に頼らなければならない事はルクスに任せ、人間の事はエステルが率先して動く。そんな関係は、思っていた以上に上手く回っている。
「お話が終わったらわたしを呼んでね、ルクス。それから、一緒に進めていきましょう?」
ルクスの手を取って、楽しそうに笑うエステル。遠慮がちにつんと袖を摘まんでいた指は、今ではルクスの手を自分から取るようになった。ルクスが同じ動作を返してくれると信じ切っている笑顔を向けられて、どうしてその期待を裏切れようか。
「……そういうわけだから、そっちはよろしくな」
「言われなくても、義姉さんにはついていきますよ。街中ですし、危険はないと思いますが」
エステルの手に自分の指を絡めて楽しそうにしていたルクスの声は、エステルの頭を飛び越えた先へと向けられていた。
そこにいたのは、伯爵家の跡取りとして勉学に励んでいるはずの、サロ。分厚い本を何冊か抱えているから、自室に帰る途中だったのだろうか。
「サロ! いつからそこにいたの?」
「今さっきですよ。まったく、ラーゴをいいように使うのは止めていただきたいと言っているのですが」
そんなことはないと、ふるふる首を振るように左右に飛び回っているのが、サロについている妖精のラーゴ。まだサロにはそこまで見えていないのかもしれないが、エステルには気遣うような表情がよく見える。
当然、ルクスはその姿がすべて見えているのだけど。サロとルクスの間を行ったり来たりしているラーゴが言葉を運んでいるかのように応酬が続いているが、今ではこれも見慣れた日常だ。
「仲が良いのは分かるけれど、早く動かないと準備の時間が無くなってしまうわ」
「「仲良くない」」
「そういうことに、しておくわね。それじゃあ、ルクス。また後で」
ルクスと結婚してから、エステルは変わった。自分の感情を素直にさらけ出しても、受け止めてくれる存在がいる。それが分かったエステルは、きちんとルクスに感情を伝えることにしたのだ。今回のようにルクスに何かを頼むことだって、珍しくなくなった。
常に傍にいられないことに寂しいと思う気持ちがないと言えば嘘になるが、ルクスはエステルを籠に閉じ込めたいわけではない。いつだって、誰かのために動くことが出来るエステルの気持ちを邪魔したくもない。
けれど、離れがたいのも事実。なので、こうしてぎゅっと自身の腕の中にエステルを包み込むことで離れることへの了承とすることにした。
「妖精王は、いつも突然だな」
「突拍子もないことを言われるのは、慣れたと思ったのだがなあ。資料を探すのに時間をもらえるだろうか」
ルクスと別れたエステルは、宰相補佐である父に取り次いでもらって、国王への謁見をねじ込んでもらった。最近は落ち着いたと思ったところに急な応対だったが、今までと比べればかわいらしいと思えるような用件だったことに、国王はそっと息を吐いた。
国王の祖父の代を知っている妖精王が言う、久しぶり。それは当然、人間の感覚では何代も前の事だ。とりあえず祖父の代の資料でも引っ張り出させるかと人を呼ぼうとした国王の動きが、不自然なところで止まった。
「ところで、その星見というのはいつやるつもりなのだ?」
はた、とエステルも動きも止まった。ルクスからは妖精王が久しぶりにどうだろうかと言ったのを聞いただけで、いつ頃やるものなのかは分からないままだ。
ひとまず、ルクスが妖精たちに話を聞きに行っていると伝えようとエステルが口を開いた時に、慣れ親しんだ風が舞った。
「あ、ちょうどいいところかな。お邪魔しまーす」
「ルクス!」
ふわりと風が落ち着いてから姿を見せたのは、妖精王に話を聞きに行ってくれていたルクス。本人も言っている通り、とてもいいところで戻ってきてくれたけれど、急がせてしまったのではないだろうか。エステルの考えなどお見通しとばかりに、小さく急いでないよ、と笑ったルクスが前を向く。
「妖精王と、仲間たちに話聞いてきた。星見、つまりは星に願いを託すってことらしいんだけど」
中途半端なところで話を切ったルクスに、国王とイルハルドから不思議そうな視線が向けられる。ルクスは妖精だけど、エステルと伴侶になったことで人間の情勢にも詳しくなった。少しだけ、譲歩とか気遣いと呼べるものを見せるようになったルクスが、その視線に苦笑いで向き合った。
「今日の夜なんだって」
言葉を失くしたのは国王で、めまいを押さえるように自身の額に手を当てたのはイルハルド。星に願いを託すという、抽象的な事しか分からないのに、決行は本日。しかも、今は昼に差し掛かろうとした時間。あまりにも、時間が足りない。
「ルクス、それは……」
「うん。さすがに俺もそんな急には無理だって妖精王に言ってみたよ。けど、今日の星が一番いいんだって言われたら従うしかないでしょ」
「ならば、資料をひっくり返す時間はないな。ルクス殿、必要なものを教えてくれるだろうか」
そこからは、早かった。大臣たちを急いで集めて話をまとめ、王都だけでなく今から伝えられるところは全て伝えようと郵便などをフル回転させる。せっかくの妖精王からの提案ということもあるが、星見とはなんと心温まる儀式なのだろうかとルクスの話を聞いた国王や大臣たちが感動したということもある。
「なんだか、大掛かりになってしまいそうね」
「きっとこうなるって分かってたと思うんだけどね。まったく、苦労するのはこっちなんだけど」
妖精王からの提案だと伝えれば、あっという間に話は広がっていった。近頃、街中で見かけるようになった妖精たちも、楽しそうにふわりふわりと舞っている。
妖精王から話を聞いてきたルクスが中心となって準備を進め、気が付けばちょうど良く空に星が瞬くような時間になっていた。
「用意するものが難しいものでなかったのが、なによりだな。この細い紙に願いを書けばいいのか」
「そのようです。こうしていると、子供に戻ったような気持ちになりますな」
王宮では国王や宰相、集まった大臣たちが揃って願いを書いた紙を張り出した。もはや決意表明のように見えなくもないが、本人たちが楽しそうにしているのだから、今更つっこむのも野暮だろう、と国王も同じように願いを張り出す。
「ルクス、お疲れ様」
「ありがとうエステル。しばらくはああいうの、いいかな……」
街中では子供たちが誰の願いを書いた紙が一番高いところへ飾れるかを競っていたり、お互いの願いを見て、一緒に教室に行こうと交流が生まれたりしていた。
そんな微笑ましい姿を見ながら、エステルとルクスがやってきたのは聖域にある妖精王の宿り木。
「ようやっと来たか。さ、こちらに」
ざあっと優しい風が、エステルたちを招く。妖精王の宿り木、そのなかでも星がよく見える枝に腰かけて空を見上げると、満天の星が輝いていた。
「わあ……!」
「これは、すごい……」
きらきらと輝く星が集まって、まるで空に流れる川のように瞬いている。最近、夜空を見上げる時間が短かったエステルは、その光景を焼き付けるように眺めていた。
「あれだけ星が集まっていたら、願いの一つくらい叶うと思わんか?」
「妖精王は、何を願うのですか?」
「さて、なんだろうなあ」
くつくつと楽しそうに笑う妖精王の瞳に、星が映る。それ以上、何も話すことなく星を見ていたけれど、妖精王は楽しそうだ。
きっと今日の事は、これから語り継がれていくのだろう。もしかしたら、それこそが妖精王の願いなのかもしれない。そう思いながら、エステルも自身の願いをそっと心の中で呟いた。
日の入りが18:58なんですよね。予約投稿だと細かい時間は調節できないので、19時アップです。
今日の星は良く見えるでしょうか。