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55.

「え、今日は絶対に魔法を使うなって?」


 いつもより、少しだけ遅く起きた朝。募集した養子希望者の面談は、今日までと聞いたエステルとルクスは、ゼストの用意した朝食を食べながら少しだけ安堵した表情を見せた。

 ところが、続いたイルハルドの言葉を聞いたルクスは、不満そうに口を尖らせた。


「今日集まるのは、貴族の中でも位が低いか、庶民なのですよ。魔法への耐性は、ほとんどありませんので」


 貴族と庶民、生まれでの区分はあるけれど、魔法に関しては血筋だけではない。とはいえ、貴族の方が魔法に触れる環境に恵まれていることが多いのは確かだ。魔法が込められた道具の値段はまちまちだが、日常を豊かに過ごすための物は手頃に、そうでないものは高価で売り出されている。自分の身を守るための魔法道具は、わずかな効力しかなくても高値で取引されているので、貴族でないと普段使いするのは難しい。


「ああ、だから昨日の奴、思ってたより飛ばなかったんだ」

「ルクス!?」


 今度は魔法道具のこともちゃんとに考えないとな、なんて呟くルクスに、頭を抱えたのはイルハルド。

 昨日、ルクスによって部屋から追い出されたのは、ただ一人。開口一番にエステルを値踏みするような視線を向けていたのは覚えているが、なにぶんあっという間に視界どころか部屋から吹っ飛んでいったので、ぼんやりとした姿しか思い出せない。

 とはいえ、その事実がある以上あの青年だってルクスや昨日の面談について、あまり多くは語らないだろう。何か突っ込まれでもしたら、自分の言動を伝えなければならなくなるのだから。


「理由も分かったし、いいよ。でも、俺の主に変な事言ったら」

「ルクス、落ち着いて。わたしだってあの場にいる以上、自分でどうにかしないといけなかったのよ」

「エステル。自分でどうにかしようと考えるのはいいところだけど、俺の事も頼ってくれない?」


 それよりも問題は、まだ不満をあらわにしているルクスをどうするか、だ。そう思っていたら、エステルも同じような気持ちだったのだろう。イルハルドよりも先にルクスを止めに入っていた。

 イルハルドが言う事にだって、きちんと理由を説明して納得すれば理解を示すルクスだが、エステルが言えばまず先に行動を止める。

 この様子なら大丈夫だろうと思っていたイルハルドは、エステルの手を取りぎゅっと握りしめるという思いがけないルクスの行動で、危うく喉にスクランブルエッグを詰まらせそうになった。


「甘えるのと頼るのは違う。お前は、もう分かっているだろう?」


 宣言はされていたものの、今まで積極的な行動を示すことのなかったルクスに、イルハルドはせめてもの抗議として軽く咳ばらいをした。自分の思っていたよりも良く響いてしまったのは、スクランブルエッグのせいもあったのかもしれない。

 パッと赤面したエステルと、そんな様子を見てまんざらでもない顔をしたルクス。手ごたえを感じるのは構わないが、どうか自分の前では控えてもらえないだろうか。そんな思いも若干こもっていた言葉に、エステルはゆっくりと頷いた。


「お父様まで……。二人とも、ありがとうございます」

「さ、まずは今日の面談を終わらせよう。昨日から頑張っていると、ゼストがエステルの好きなものを用意するために張り切っていたからな」

「それなら、俺ちょっと食べたいのリクエストしてくる!」


 先ほどまでのやり取りなど、まるでなかった事のようにサッと席を立ったルクスは嬉しそうだ。

 邸のなかでは、ゼストが一番ルクスに好かれている。ゼスト本人も、食事のリクエストだったり感想だったりを楽しそうに聞いているから、孫をかわいがるおじいちゃんのようにしか見えないと、使用人たちも微笑ましく見守っている。

 ルクスを見送ったエステルとイルハルドが食事を終えてもまだ戻ってこないという事は、きっと話に花が咲いているのだろう。少し時間に余裕が出来たところで、アーシェがうきうきと提案をしてきた。


「ルクス様がお戻りになるまでに、髪の毛を整えましょう。今日は少し豪華にしますよ!」

「わたしが甘える前に、みんなが甘やかしているような気がするのですが」

「そうか。だが、悪い気はしないだろう?」

「そう、ですね。とても嬉しいです」


 髪を梳く心地良さに、かけてくれる優しい言葉に、エステルは目元を緩ませた。

 昨日はほとんど何も話せなかったので、今日は少しでも質問をしよう。応募してきた人の事をちゃんとに知ろう。そう考えてたエステルだったが、結局お昼を回るまでは、質問が出来なかった。



「いらっしゃいませんね」

「うむ。予想はしていたが、ここまでとはな」

「どういう事?」


 渋い顔で唸ったイルハルドに即座に問いかけたのは、ルクス。この待ち続けるという時間に早々に飽きたのか、エステルにちょっかいを出したり、遊びに来ていた妖精と話していたりと自由に過ごしていたけれど、朝に言われた通り魔法を使うことはなかった。

 けれど、このまま誰も来ないのであれば、魔法を使ったところで問題はないと思ったのだろう。その気持ちは、イルハルドにも分かったので、まずは状況を説明しなければ。


「応募してきたなかには、男爵や子爵、街の教室に通う子供などもいたのだ。全員に、今日の日付と時間を伝えてある。

 来れなくなった、とは考えずらい。そのために、上位の位を持つ貴族とはわざと日をずらしたのだから」


 確かに、昨日邸にやって来たのは全員が伯爵以上だった。侯爵夫人であるヴィオラが隣にいてくれたからそこまであからさまではなかったが、伯爵令嬢であるエステルだけだったら、違う結果になったはずだ。今日も面談があることを知っていたのに訪れないヴィオラは、そこまで見越していたのだろう。


「本人の意思で来ない、という事でしょうか」

「おそらく、としか言えないが」


 イルハルドは渋い顔のままだったが、エステルは何となく理由がわかる気がした。

 たぶん、連絡自体は嬉しかったはずだ。例えば、自分がそんな便りをもらったら不備があってはいけないと邸を確認する。他の応募者がどんな服装で来ているのか、少しでも情報が欲しいとも考えるだろう。

 そんな気持ちでいる中で、邸に続々と向かって行く馬車を見てしまったら。立派な装飾が着いた馬車から降りてくるのは、着飾った人達ばかり。その姿を、見ていたとしたら。

 着古した、ほつれの目立つワンピースを着ていた時のエステルだったら、きっと来れない。


「誰か来る、けど。この気配って」

「ルクス?」


 どうやって父にそれを伝えようかと思っていたエステルの耳に、少しばかり焦りを乗せたルクスの声が響く。

 どうしたの、エステルがそう聞くよりも早く、ドアがいささか乱暴に開かれた。


「失礼します!」

「あなた達!」


 どたどたと足音を立てながら入ってきたのは、エステルが聖域を案内するために通っている教室の生徒たち。いくつかを順番出回っているが、ちょうどこの間行ったばかりの教室だったので、顔もよく覚えている。


「ほら、エステル先生いたじゃん! 大丈夫だって言ったろ?」

「あ、俺たち付き添いなんで。連れてきたかったのは、こいつ」


 あの教室の生徒たちだったら応募していても何の不思議でもないけれど、教室にいる時のように話しながら自分たちではなく、その後ろで肩を縮こまらせている少年をぐいっと前へ押し出した。


「その節は、お世話になりました……」

「ちょっとサロ! 昨日先生にたくさん教えてもらったのに!」

「じゃあお前がやってみろよ!」


 水色の瞳を不安そうに揺らしていたのは、少し前に聖域の泉で溺れた少年だ。エステルもルクスもばっちり顔を覚えているし、向こうもそうなのだろう。

 あの時、心配そうに集まっていた友人たちは今日も少年の事を応援するように囲っている。たぶん、手紙のことも先生に相談していたんだろう。練習もしてきたに違いない。


「面談希望、でいいのよね?」


 エステルの問いかけに、サロと呼ばれた少年が頷くよりも、周りの友人たちが一斉に頭を下げる方が早かった。

 そんな様子に肩からストンと力が抜けたような気がしたエステルは、初めて自分が緊張していたことに気がついた。目の前の少年が、あまりにも体をギュッとしているというのもあるけれど。


「お父様、わたしが通わせていただいている教室の生徒です」

「うむ。では面談を始めよう」


 それからは自己紹介を始め、どうして応募しようと思ったかなど、昨日と同じような質問をしていく。最初は緊張してた少年だったが、イルハルドのペースに乗るように自分の言葉でしっかりと受け答えできるようになっていた。


「あなたは、妖精と共に生活してみてどうですか?」

「どう、も何も……正直、光っていなければそこにいるとは分からないままです。

 今日来たのは、妖精の事を少しでも聞ければと思ったのもあります」


 エステルが聞きたいと思ったのは、あの時聖域から少年についていった妖精のこと。ルクスからも大丈夫だとは聞いていたし、街中で何か問題が起きたという事もなかった。

 聖域でのあれこれのあと、教室にはまだ行けてなかったので心配はしていたけれど。


「エステル。聞いてあげて。今なら、あいつの声も姿も、ちゃんとに見えるはずだから」


 ルクスからそっと背中を押されたエステルは、意識を少年の傍にある光に集中させる。

 ほどなくして、光が人の形となり何かを伝えるような言葉も届いた。ルクスはそれを聞いてうんうん、と納得するように頷いている。同じ妖精として、その気持ちは分かるのだろう。

 それは、エステルも一緒だ。だって、ルクスがいるだけでこんなにもたくさんの気持ちがあふれ出てくるのだから。


「その子、何て言っていますか」

「あなたがとても優しいと、一緒にいられるのが楽しいと笑っているわ」

「……そっか」


 エステルが街の教室を巡り聖域を案内するようになったのは、妖精の事をもっと知ってもらうためだけではなく、機会を増やすためという理由もある。

 小さな一歩だが、大切な種まきの時期でもある。いつか芽吹くのを楽しみにしている、と笑ったのは妖精王だ。

 今、ひとつの種が芽吹いた。エステルは、確かにそれを感じた。



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