48.
「あっち行ってみようぜ! お前はどうする?」
「僕はこの辺りをゆっくり見てみるよ」
「分かった! 後で見つけたもの教えろよなー!
「私達は向こうへ行きましょう」
「え、でもあたし、妖精様と……」
「ほら早く!」
少し離れた場所から聞こえて来る子供たちの声に、エステルはようやく表情を緩ませた。ここで自由に過ごせる時間は短いけれど、たくさんの物を見て、感じて帰って欲しい。そう思いながら。
「妖精王は、どちらにいるかしら」
「いつもの宿り木にいるよ。たぶん、また空見てると思う」
「ありがとうルクス。わたしは、もっと練習が必要ね」
エステルやルクス、さらには引率をしてくれた先生までもが無くさないように、と念押しをしたお守り。
お守りの中に入っている宝石には、魔力が込められている。ルクスに言わせれば、あんな魔力を間違えようがないとの事だったが、エステルには判別がつかない。街中であれば、ルクスの魔力をたぶん、というふんわりとした感覚で見つけられるようにはなってきているが。こんなにたくさん妖精たちがいるなかで頼りに出来るほど、エステルの魔法の実力は伸びていない。
ルクスからは、出来る奴がやればいいのだと言われているけれど、いつかは自分だけの力で宝石を見つけ、ルクスの魔力だって分かるようになりたいのだ。
「毎日やっていれば、出来るようになるよ。応援してる」
今だって、エステルの感覚だと宿り木の近くにある水場だろうと思ったのに。遠くはないけれど、正解とも言いづらい位置だったので、苦笑いを浮かべているエステルに、ルクスは励ますように頭をポンポンと撫でた。
それだけでかぁっと熱が上がったような錯覚を感じたエステルは、話を逸らそうと辺りを見回したが、会話のきっかけになるようなものは見つからない。どうしようか、と手を動かした時に、ずっしりとした重みがあることにようやく気がついた。
「妖精王の好みも、だいぶ分かってきたわ。あの方、甘いものよりもしょっぱい方が好きなのね」
「まあ、果物とか、自然な甘みはこの聖域にたくさんあるから。ない物を欲しがっているだけでしょ」
ぶっきらぼうに言うルクスが、妖精王のためにこっそりと自分が食べておいしいと感じたしょっぱい系の食事をリストアップしていることを、エステルは知っている。だから自然と笑いがあふれてしまったのだが、どうやらそれはルクスにとって不満だったようだ。
「何で笑ってるの」
エステルの前では、感情が分かりやすく顔に出るルクスは、むすっとして半目になっている。これは、不服があると見せるために作っている表情で、実際はそこまで怒っても不満にも思っていない事を、エステルはすでに知っている。だからこそ、エステルは軽口のような冗談めいた言葉で事実を伝えられる。
「そんな事を言ったって、ルクスも妖精王の事が好きなんだなと思っただけよ」
「ちょ、待ってエステル! 今の話のどこからそんな流れに……」
案の定慌て始めたルクスの背後に、ふわりと舞い降りた気配。あ、と気付いたエステルが行動するよりも早く、気配の主はルクスに声をかけた。
「ほう、健気なものだなあ。ルクスよ?」
「妖精王! こんにちは」
「うむ、良い挨拶だ。今日は何を持っておる」
ガチンと音が聞こえるのではないかというくらい見事に固まったルクスをよそに、妖精王とエステルは挨拶を交わしている。
毎日のように聖域を訪れているエステルだったが、律儀に毎回手土産を持っている。それは、時々頼まれる妖精王のお使いの品だったり、手作りのお菓子だったりと様々だ。今では、聖域の妖精たちから期待される事も増えてきた。
「果物を乾燥させたものと、しょっぱいケーキです」
「ケーキ、とは甘いものではなかったか」
以前、持って来たことがあるのを妖精王はしっかりと覚えていたようだ。クリームを丁寧に塗り、真ん中にベリーを飾ったケーキは見た目こそ大絶賛だったけれど、甘過ぎたようだった。
それから、エステルはケーキを手土産にするときは甘さ控えめのもの、と決めている。具体的な甘さとしては自分が前に聖域で食べたベリーまで、と分かりやすい基準があったのも助かっている。
しょっぱいケーキと聞いて軽く首を傾げた妖精王は、いつもよりも少し幼く見える。けれど、その瞳には、面白いものを見つけた時のような光が宿っていた。
それを見たエステルは、持っていたバスケットからケーキをひと切れ差し出した。
「そうなんですけど、食事用にって作ってくれたんです。美味しかったので、ぜひ妖精王にもお召し上がりいただきたいと思いまして」
「なれば頂こう。ほれ、ルクスよ。ぬしも食べるだろう?」
「俺は、さっき味見したからいいです。子供たちも、見守らないといけないし」
話を振られて、ようやくルクスが体を動かした。妖精王もエステルのことも見ようともせずふいと視線を逸らしたが、金髪から覗く耳が少し赤くなっていることまでは隠せなかったようだ。
素直に指摘すると、今度こそ本当に拗ねてしまうので、妖精王もエステルも視線を合わせただけでそれ以上、何も言わなかった。
さあと柔らかい風が吹き、辺りの木々を優しく揺らす。入ってくる陽の光は聖域を自由に飛び回る妖精たちの姿を照らし、まるで共に踊っているように見えた。
静かだった、聖域。管理されてはいたが、それは妖精たちの機嫌を損ねないようにと現状を維持するためだった。恐る恐る扱われていた箱庭に、新しい風を吹かせた少女は、銀の髪を遊ばせてそれは楽しそうに微笑んでいる。
その隣には、当たり前のような顔で立つ妖精がいる。こんな光景、しばらく見ていなかった。
「人の子らの声が、こうして聖域で聞けるようになるとはなあ。エステル、感謝しておるぞ」
「妖精王? ごめんなさい、この子が何か伝えて来ていて……」
「なに、ただの独り言だ。して、そやつは何を申しておる」
魔法の勉強を始め、理解を深めてきたエステルは、ルクス以外の妖精の姿も見えるようになってきたし、集中すれば声を聞き取ることも出来るようになってきた。好奇心の強い妖精は、ルクスが主と定めたエステルにちょっかいを出しているらしい。最も、あまりに度の過ぎたちょっかいを出した妖精は、後からルクスがしっかりと説教をしているようだったが。
エステルのそんな姿を知っているから、妖精王は自分の言葉が相手に届かなかったことをあまり気にしていなかった。自分が聞き直せばいい。そう思って問いかけた妖精に答えたのは、焦りの表情を見せたルクス。
「え、お守り放置して泉に飛び込んだのがいるって?」
「ルクス、場所は!?」
「こっちの水場じゃない方! ああもう、あの大人も近くにいないし!」
「案内せよ」
大人で引率だろうと聖域に出入りする条件は変わりない。つまり、引率の教師も子供たちと同じお守りを持っている。
仲間から泉で遊んでいる子供がいるのだと聞いたルクスは、瞬時にあの泉の深さを計算した。
今日集まった子供たちは、自分の腰の高さ程度くらいにしか育っていない。あの泉は、水の透明度があるからそこまで深く見えないけれど、実際はエステルだって胸の高さくらいまでは余裕で浸れてしまう。
エステルが主導となって始めた聖域での課外学習、それで誰かが怪我をしたりすることはさすがにまずいと、ルクスは理解している。だからこそ出た声は焦っていたし、妖精王の声に頷いた妖精の案内よりも先に急く気持ちのまま駆け出していた。
*
少年は一人、泉のほとりに座って退屈そうにに辺りを見渡した。教室で勉強しているのも両親から言われているだけだし、成績がふるわなければ露骨に嫌な顔をされる。それだけで済んでいればまだいい方だ。やれ、あの本家の子供よりもいい成績でいろ、だなんて強制されるときもある。通っている教室がそもそも違うのに、どのように向こうよりもいい成績を修めればいいのか。
今回、聖域への課外学習のためのテストだとどこかから聞きつけた両親から、一番以外は認めないと言われてしまったからここにいるだけで、自分の本心からこの場に来たかった訳ではない少年は、早々に探索を終えた。
誰からも何も干渉されないこの時間だけは、来てよかったかと思えたけれど。けれど、こんな時間を知ってしまったら、自分の日常との落差がより際立ってしまう。ならばいっそ、知らないほうが良かったのではないかと考えた少年は、再び深いため息をこぼした。
「お守りってただの石が入っているだけじゃないか。こんな物を無くさないようになんて」
首から下げられるように着けた紐は丈夫に編まれていたが、お守り自体はただの布だ。しっかりと縫ってあるし、少し引っぱった程度では解れもしなかったから魔法が使われているのかもしれないと少年は思ったが、中の下ほどの魔力しかない自分では確認することが出来ない。
近くから木の枝を探してきて、ようやく中を少し見えるくらいに縫っていた糸を解く事が出来た。
そうして光に照らしながら中を見れば、親指の爪よりも少し大きいくらいの丸い石が入っているのが確認できた。白い布に反射するいろんな色から、きっと綺麗なんだろうと思ったけれど、ただそれだけだ。
すぐに興味を失くした少年は、解れたお守りをそのまま自分の横に置き、ふと視線を泉の向こう側へと向けた。
「なんだ、あのきらきら光るの……あ、うわあ!」
ドボン、と水に落ちる音が響いたが、聞いていたのは近くを通りかかった妖精だけだった。




