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47.

「それでは、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、エステル様」


 妖精の聖域に向かったエステルとルクスを待っていたのは、子供たちと引率の男性だった。一人で見ているからか、今回は少なく六人ほど。これだったらエステルもルクスも余裕をもって聖域を案内できると少しだけ安心した。

 最高でも一回には十人まで、と制限を設けたのは、聖域の案内を始めて少し経ってから。おかげで予約が常に埋まり続けているから多少の文句は出たけれど、どうにか説明して納得してもらった。

 迷子になったりわざとはぐれたりする人が出てきたためにかけた制限だったけれど、その分ゆっくりと聖域の時間を楽しんでもらえるようになったので、結果としてはいい方向に落ち着いたようだ。


「さあ、皆さん。これから説明がありますからね。よく聞いてください」


 この引率の男性は子供たちが通っている教室の先生だ。これまで何度か顔を合わせているから、エステルたちがどういう流れで聖域の説明をするのかをよく分かっている。


「初めまして。妖精の聖域の管理を任されています、エステルと言います。短い時間ですけど、よろしくお願いしますね」

「妖精のルクスだ。仲間のことだったら、少しは説明できると思う」


 ルクスが挨拶をすると、だいたい歓声が上がる。案の定、今日も小さな悲鳴が聞こえたが、もはやいつものことなのでエステルも先生もスルーした。声の方向を確認すらしようとしないエステルの服をちょっとだけ引っ張ったルクスが、目線だけで一人の少女を示す。恐らく、その少女が今朝言っていた、見つめられた女の子、なんだろう。様子を伺ってみれば、確かにルクスに穴が開いてしまうのではないかと思うくらいに凝視していたし、自分の口を手で押さえていた。


「まずは、この聖域のことですね。皆さん、すでに勉強してきているとは思いますが、一緒に確認したいと思います」


 エステルと妖精王の間で交わした、人間と妖精との交流の機会を増やすという約束。エステルが自分に出来る方法でとルクスと相談して思いついたのが、まずは聖域を見てもらうという事だった。

 王都に住んでいればあの森に妖精たちがいるのだと話は聞くけれど、実際に自由に入れるかと言えばそうではない。だからこそ、きっかけとしてはちょうど良いのではと妖精王に提案し、聖域に住んでいる妖精たちからも許可を得たからこそ、こうして入ることが出来るようになった。

 それと同時に、妖精や聖域についても知識を深めてもらうために、あちらこちらへ頭を下げて話をまとめた。そうして蒔いた種は、少しずつ芽吹き始めている。

 立場が変わった時の比ではないくらい、忙しい日々を過ごしていたエステルだったが、こうして期待に満ちた子供たちを迎えることが出来るようになったのだから、やって良かったのだと心から思う。


「最初に渡されたお守りですが、絶対に離さずにいてください。これがないと、聖域から出る事が出来ません」

「今まで、仲間が案内したり、認めていた人達しか入れなかったのに、すんなりと入れるようになったのはそのお守りの力だ。持っている限り、敵だと認定はされないが、無くしたらどうなるか分からないからな」


 子供たちが揃って首から下げているお守りを確認した。その様子が微笑ましくて、エステルは表情を緩めそうになったが、きゅっと力を入れて、真剣な顔をする。

 ルクスが脅すように言うが、これも大事な役割。エステルが言うと、どうも本人の雰囲気も合わさってか冗談のようにしか聞こえないらしい。妖精が怖がられてしまうのが不服なんだとエステルがずっと説明していたが、何度も紛失して出られなくなったと泣きついてくる子供がいたことから役割が変わった。

 ルクスに変わってからは一度も無くしたと申告してくる子供がいなくなったのも、エステルは少し不満そうだったが、こればかりは仕方ないと割り切ってもらうしかない。

 妖精王から託された聖域で魔力を込めた宝石には、限りがあるのだから。


「むやみに草木を傷つけるような事も、してはいけません。何か興味を引かれるものがあったら、わたしかルクス、もしくは先生に確認をしてください」

「多少のつまみ食いだったら目を瞑るけど、後先考えずに取るなよ。この森の恵みは、みんなの物だ」


 説明しているエステルは、当時の自分の行動を振り返っているようで少し恥ずかしい気持ちになる。妖精王の宿り木だと知らず洞で夜を明かしたり、水場で傷ついた足を洗ったり、ベリーを摘まんだりと、まあまあな事をやらかしたのだから。

 あの時よりもふっくらとした体に、傷つくことのない足と馴染む靴。そして、聖域を自由に出入りできるだけの資格も、胸元で輝いている。


「ああ、今日の子たちは比較的しっかりと食べてきていますよ。まあ、はしゃいでいるから、たぶんつまみはすると思いますけど」

「なら、服を汚さないようにも気を付けてくださいね」


 いつかのエステルの空腹を満たした果実も、再び実をつけている。それぞれの事情もあるので、摘まんで食べることを悪いとまでは言えないが、一回で食べ尽くされても困るので毎回、説明することにしている。


「聖域のなかには、妖精たちが暮らしています。わたし達は、その生活にお邪魔していますので、あまり騒ぎ過ぎないように。妖精だって、にぎやかさを好むか静けさを求めているか、それぞれですから」


 聖域を初めて訪れた人は、大抵が興奮していつもよりも大きな声になったり、ちょっと大胆な行動をしてみたりする。そこには大人も子供も関係ないようだ。けれど、やはり子供の声の方が高いことが多いからか、良く響く。それを面白いと思うか、鬱陶しいと思うかも、やはり妖精の性格による。


「あまりにひどくなければそのままだけど、森の雰囲気が変わったと思ったら気をつけろ。それは仲間たちからの警告だ。まあ、そうなる前に誰かしらが声をかけると思うけど」

「分からない、という顔をしていますね。出来れば知らずに、この聖域の探索を楽しんでもらいたいのですが」


 きょとんとした顔をした子供たちを見て、苦笑した先生が補足を入れてくれた。今回連れてきた子供たちが比較的しっかりとした性格の子たちだけれど、すでに話半分で聞いている様子も見受けられたので、具体的な話も忘れない。


「例えば、周りの音が聞こえなくなる、寒気がする、などですかね。魔法を使えるならば、発動できなくなったりもします」

「そこまでになってしまったら、その近くにいる妖精たちに謝りましょう。大丈夫、姿は見えなくても皆さんの気持ちはちゃんとに届きますから」

「妖精様たちは許しても、先生からの説教は覚悟してくださいね」


 ルクスが子供たちに聞こえないような声量で、仲間も許すかなと呟いていたのを聞いたのは、引率の先生だけだった。自分の説教だけよりも、その方がよっぽど効果はあると思うが、まだそこまでの騒ぎに当たったことはない。少しだけ、どんなものかを見てみたい気もするがきっとその機会はない方がいいのだろう。


「最後になりますが、どうかこの時間を存分に楽しんでください。妖精たちも、わたし達と交流を持てることを楽しみにしています」

「ほら、気の早いのは集まって来た」


 ルクスの声を聞いて、子供たちが一斉に空を見上げる。そこには、爽やかな青から光の雨が降ってくるような光景が広がっている。わあと上がった歓声に、エステルも先生も笑顔になってはしゃぐ姿を見守っていた。

 きっといい経験になるだろう、そう思いながらエステルは解散の合図を告げる。


「では、本日お昼までは自由行動です。くれぐれも、お守りは無くさないように。そして、怪我のないように探索してください」


 思い思いの場所に散っていく子供たちの背中を見送って、エステルと先生は簡単な打ち合わせをするべく、その場に座りこんだ。


「いつも引率ありがとうございます」

「こちらこそ、ご一緒していただきましてありがとうございます。おかげで、子供たちの励みになっています」


 聖域への課外学習を始めてから、子供たちが勉強に打ち込む様子が変わったのだと聞いている。全員を一度に連れてくることが出来ないから、教室から選抜してくる方法は各先生にお任せすることにした。単純に興味のある子からだとか、席の前から順番といろいろやり方はあるようだ。この先生は、興味のある子には簡単な試験を作り、合格した順としている。

 おかげで、聖域や妖精についての基本的な知識は分かっている状態でやって来るから、エステルとしてもあれこれ説明しなくて済むので助かっている。


「そう言って頂けると嬉しいです。では、わたし達も様子を見に行きましょうか」


 ルクスにお願いして、聖域の妖精たちの会話を聞いてもらっているが、さすがにこの短時間で何か問題を起こした子供はいないようだ。エステルも近くで様子を見ている妖精に尋ねてみたが、ただ楽しそうに笑っているだけだった。


「エステル様方は、妖精王のところに?」

「ええ、頼まれたものを渡しに行かなくてはなりませんので」

「それでは、最初は僕が子供たちを見ていましょう。今日はしっかりした子が多いので、あまり心配はないと思いますよ」


 今日は本当に届け物があるけれど、妖精王から頼まれるものは、実はあまりない。ただ、妖精王の姿を見たいという人もいるからこのような言い回しをして、エステルとルクスだけが会うようにしている。もちろん、妖精王が自分から姿を見せる時もあるけれど、今のところその機会は一度だけだ。


「ありがとうございます、それではお願いしますね」


 きっとこの先生なら、ふらりと妖精王が姿を見せるかもしれないなと思いながら、エステルとルクスは聖域の奥へと向かって行った。

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