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45.5 sideルクス

「おい」


 聖域で、ふらりと散歩を楽しんでいる背中にかけられた声。妖精には個人を示す名前がないので、仲間の呼びかけはだいたい皆同じような感じになる。

 いつもの事だからルクスの周りにいる妖精たちが自分が呼び止められたのかと振り向いたけれど、声かけはまだ止まらなかった。


「おい、そこのお前だよ」

「……俺、ルクスって名前があるんだけど」


 お前だ、と魔力を飛ばされてしまえば、自分じゃないだろうと無視する事も出来ない。仕方ないので、ルクスは不機嫌な顔を隠さないままに振り返った。

 ルクスが人間を主と定めて、名前をもらったことは聖域にいる妖精たちには知られている。その名前も、エステルがはっきりと告げている。あの時、聖域にいたのなら聞いていないとは言えるはずがない。


「はっ! 主サマを持ったからって偉そうに。そんなに人間の傍にいたいのか」

「人間ならだれでもいいって訳じゃない。エステルだから傍にいたいんだ」


 だからといって、その名前を妖精たちが呼ぶとは限らないのだが。他の妖精が主を定めた場に居合わせたこともあったが、ルクスも呼ばなかった方だから、今自分の事を今まで通りに呼びかけた仲間の気持ちも分かる。だけど、自分が主から名前をもらって分かった。自分にしかない名前を呼んで欲しい、という誇らしい気持ちが溢れている。

 エステルの傍にいるようになって、たくさんの人間と接することになったルクスだったけれど、その中でも主以外の誰かの近くにいようと感じることはなかった。その気持ちを素直に告げただけだったのに、呼びかけてきた妖精には伝わらなかったようだ。


「……ふん!」


 結局、呼び止めておいて特に用件らしい用件を告げぬままに、妖精は聖域の奥に消えていった。

 一体何だったんだと首を傾げたルクスの前に、また違う妖精が姿を見せる。見覚えのある顔をしていたから、きっと聖域で共に行動していた時期もあったのだろう。最も、エステルが産まれてからのルクスは傍にいる事がほとんどだったので、聖域にはあまり帰ってきていなかったのだが。


「気を悪くしないでね。あの子、昔人間に捕まったことがあって」

「うん、別に気にしてないよ」


 本当に気にしていない様子のルクスに、妖精は安心した様子を見せた。共に過ごしていた時期はあまり物事に頓着していない様子だったとは、主を得た今の姿からは想像もつかない。

 顔見知りだったからか、先ほどよりも口調の柔らかくなったルクスに、妖精は少しだけ緊張していた体から力を抜いた。そのついでに、せっかくの機会だし思っていたことを告げてみようと口を開いた。


「そっか。名前、似合ってるよ。またね」

「ありがと、またね」


 何よりも嬉しそうに笑ったルクスに、口にしてよかったと思った妖精は、少しだけ違う事も思った。

 自分も、主を見つけて名前をもらったら、そんな幸せそうな笑顔を見せることが出来るだろうか、と。その機会がいつか来ることを願いながら、妖精はふわりと舞い上がった。


「ルクス」

「妖精王、いつから」


 妖精の消える姿をぼんやりと眺めていたルクスに声をかけたのは、妖精王。ルクスを見つめる瞳には、いつものように感情を読ませないような薄い笑みはなく、ただ真っすぐとした視線が向けられている。


「ずっとおったわ。お前が気づかないなんて珍しいな」


 妖精王に言われたルクスは、ばつが悪そうに視線を逸らした。妖精たちは、妖精王の気配を敏感に感じ取る。ルクスは聖域を離れていたけれど、妖精王の存在は常に感じていた。自分の事を、監視とまではいかなくとも様子を伺っていたことも分かっていた。

 それなのに、この至近距離まで気づかなかったのだから、妖精王でなくとも珍しいと言うだろう。


「まだその姿に慣れぬか」

「正直、まだ全然慣れません。体の大きさも、主の顔が目に飛び込んでくるのも。この、気持ちも」


 主となったエステルから名前をもらってからというもの、ずっとこの姿を保っているのは、単純に慣れるためだと思われている。自分の意志で小さな光にも姿を戻せるのに、そのように思わせたのも、ルクスだった。


「ずっと見守って来たあの子を主としたことに、悔いはない。けど、俺で良かったのかなって思う事はあります」


 不安、だったのだ。この姿を見せつけておかないと、役に立つところを見せないと自分の事などいらないと、傍にいなくてもいいのだと言われてしまう事が。

 エステルの今までをずっと見てきたルクスだったからこそ、いらないと言われることはないだろうとは思っていたが、絶対はない。根底にあるのは、エステルのことを守りたいという気持ちだったが、自分が必要なのだと思わせるような接し方をした部分もある。


「人間の娘の傍にいるのに、その姿を形取っておいて自信がないと」

「あの子が俺に向けてくれる感情は、すごく真っすぐな信頼だ。けれど、俺はその気持ちに純粋に答えられない」


 そんな事を考えていたから、エステルが同じ碧色の瞳でルクスを映すたびに、少しだけ胸の奥が疼いた。自分が主と定めた人間から離れたくないばかりに、取った行動の本心を知られたくなくて。


「あの子が、好きなんです。だからこうして一緒にいて、そう見えるような外見を取った」


 少しだけ高い身長は、エステルがルクスをイメージしていた部分も投影されている。対になるような金髪と、同じ碧の瞳は自分の魔力量と得意な属性によって定まったが、瞳の色が同じでは、血の繋がりがあるように見えやしないかと嬉しくもあり、少しだけ不満もあった。

 けれど、ルクスだって何も知らない子供ではない。血は繋がっていなくとも、家族としての縁を繋げられればいいのではないかと考えることにした。何より、エステルがルクスの同じ碧色の瞳を見て、お揃いだと嬉しそうに笑うのだ。その笑顔がいつでも見られるのだから、この瞳の色で良かったのだと今は思う。


「お前も、恋した妖精の末路くらいは耳にしておろう。それでも、その感情を持ち続けると?」

「表には、出さない。そう決めました。だから、お願いです妖精王。これからも、あの子の傍にいる事を許してください」


 成就させた妖精、あまりにも勝手な感情で、その身を破滅させた妖精。どちらかと言えば話を聞くのは後者の方だ。

 妖精王は、全ての妖精の味方。けれど、主を定めることと、感情を持つことに関してはよほどのことがない限りは妖精たちに任せている。人間に恋をした妖精が、不幸になると分かっていても行動を制限しようとしないのは、言ったところでそこまでの感情を持ってしまったら止まることなどないと分かっているからだ。


「お前が主と定めた気持ちに、偽りがないのなら我は何も言わぬ。それだけ想える相手を見つけたことは、妖精にとっては幸せだからな」


 だから、今回ルクスからそう言われたところで妖精王は手を出すことはない。いつもと変わらず、その気持ちが成就するように願うだけだ。

 うっすらと笑みを浮かべた妖精王の姿、それをどう取ったのかはルクスにしか分からない。



 *



「ルクス様。少し、よろしいですか」


 エステルと共に邸で過ごしているルクスには、いくつかの変化があった。そのうちのひとつが、主であるエステル以外にも自分の名前を呼ばせることだ。妖精たちにはあれほど自分の名前を主張していたのに、ルクスはエステル以外の人間には名前を呼ばせるような機会を与えなかった。

 けれど、接する時間が増えていくたびに、今までとは違った面を見ては、自分のなかで感情に折り合いをつけることを学んでいった。エステルが小さかった頃、あまり父親らしい事をしていなかったイルハルドにも、自分の仲間の影響が少なからずあったことに多少の後ろめたさのようなものもあったのかもしれない。

 今では、フォルカー家の何人かは、ルクスの名前を呼ぶことが出来る。


「このようなことを、私から申し上げるのは時期尚早かとも考えたのですが、ハッキリさせておいた方が良いかと思いまして」


 そのなかの一人であるイルハルドは、宰相補佐という顔でも、伯爵家当主という態度でもなく、ただエステルの父としてそこにいた。


「エステルのことを、どう思っておいでですか」

「……それは、もちろん主として大切にしていきたいと」

「それだけ、ですか」


 ルクスとエステルと同じ、碧の瞳がじっと見つめている。主と一緒で嬉しいと思うこの色は、時々ハッとするくらいに自分の感情を映しだす。それが、自分の瞳ではなくとも。

 イルハルドからの問いかけに一度は言葉を濁したルクスだったが、逸らさせることのない真っすぐな瞳に、降参とばかりに両手を軽く上げて、肩を竦めてみせた。


「あんた、なんでその勘の良さをあの時に発揮しなかったんだよ」

「はは、それを言われてしまうと面目ないのですが。そうですか、エステルのこと、そこまで思っていてくださいますか」

「分かってそうだから、隠さないけど。俺はエステルが好きだよ。だけど、本人に言うつもりはない」


 あの時、そうルクスが言うのはエステルがこの邸を追いやられて離れで暮らしていた時の事だ。後悔という言葉では足りないほどに悔やんだイルハルドは、エステルのことを大切にしている。だから、ルクスが向ける視線に籠められた感情に気付いたのだろう。


「理由を、お伺いしても?」


 自分の気持ちをはっきりと理解しているのに、それを告げるつもりはないと言い切ったルクスに、イルハルドは眉をひそめた。伯爵令嬢として、今までの空白を取り戻すかのように勉学に励んでいるエステルには、もう少ししたら縁談の話もやって来るだろう。本人がまだだと言えば、自分のところで留めようと思っていたイルハルドだったが、ルクスの感情に気付いてからはもしかして、という思いも抱いていたのだ。


「妖精王の宿り木の管理に、妖精の主。それから貴族としてのマナーに、これからは魔法の勉強だってある。どれもこれも一生懸命なエステルに、今以上の負担になるような事を、言えるわけないだろ」


 自分の一方的な思いだけで、相手に重荷を負わせはしない。そう言い切ったルクスの決意は固いようで、イルハルドから視線を逸らそうとはしなかった。

 エステルが本邸に戻って来た時に寄り添っていたルクスは、周り全てを警戒するような視線を向けていた。経緯を知ればそれは無理のないことだと分かるが、あの時のイルハルドは、ルクスからこのように視線を逸らされない日が来るなんて、正直思ってもいなかった。

 そして、イルハルドはもう一つだけ考えていたことをスッキリさせようと言葉を紡ぐ。それが、頭を悩ませる羽目になるとも思わずに。


「それでも、もし。エステルの方から気持ちを寄せられたら、それが本気なんだとしたら」

「応えても、いいかな。お義父さん?」

「……さすがに、その呼び方はまだ早くないですか」


 その日をありありと想像してしまったイルハルドががっくりと肩を落とし、そんな姿を見てルクスが小さく笑う。

 こんな穏やかな時間を過ごせるのだったら、その想像が現実になっても上手くやっていけそうだと考えたイルハルドだったが、これからしばらくの間は、エステルとルクスの距離感に父親として止めるべきだろうかと悩む時間を増やしていくのだった。






本年の更新は、これにて最後となります。

たくさんお読みいただき、ありがとうございました。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

少し早めのご挨拶ではありますが、皆さま良いお年を!


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