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39.

「それで、具体的にはどうするつもりなのよ」


 子供の口喧嘩のような会話を、主人であるレニーナや、その友人で侯爵夫人であるヴィオラ、それに義姉と呼び続けているエステルの前で繰り広げたルディアーナは、気まずさを誤魔化すようにわざとらしく大きな咳払いをした。

 正直、それだけでさっきまでの会話をなかったようには出来ないと思った面々だったが、話を進めようとするルディアーナの頬が紅潮していたので、その流れを止めるような言葉を発することはなかった。


「具体的に? 俺たちがリーズ枯らしてくればいいだろ」


 自信満々に力を貸すと言ったのだから、何か考えのひとつくらいはあるのだろう。そう思っていたルディアーナは、ルクスがさもないように告げたその言葉に、ぐるんと勢いをつけて振り向いた。その目が捉えたのは、ちょっと前のやり取りを見て目元を和ませていたエステル。


「お義姉様」

「は、はい……」

「常識知らずだとは思っていたけれど、これはないんじゃないの?」

「そうね、ごめんなさい」


 あまりの剣幕に驚いてエステルは肩を震わせたが、ルディアーナの言うこれ、が何を指しているのかが分かってしまったので、素直に謝罪の言葉を口にする。その様子を見て、むっとした表情を隠さないルクスがルディアーナに詰め寄った。


「おい、さっきから好き勝手……」

「あんたが」


 怒りの感情を隠さないルクスの声に、慣れていないレニーナはあからさまに視線を逸らし、ヴィオラもぞわりと鳥肌を立てた自分の体をさすっている。これはまずい、と慌てたエステルが止めに入る前に、ルディアーナがぐっと体に力を入れて声を絞り出す。


「あんたがもっと人間寄りの考えをしてくれたら言わなくて済んでるんですけど。ねえ?」


 ルクスのことを鼻で笑うように視線をつり上げたルディアーナは、その言い方もあってかエステルに邸での日々を思い出させる。けれど、あの頃のように気持ちが重く沈まないのは、その言葉にどこか心配しているような感情が見え隠れしているからだろうか。

 ルディアーナは、変わった。きっかけはあの日の謁見室だろう。ならば、自分もルディアーナに対する気持ちを変えなければいけないのかもしれない。そう思ったエステルは、ひとまず二人の会話を見守ることにした。


「あの令息が連れていかれたところで、どうせお金なり権力なり使ってすぐに家に帰るわよ。それで、父親に今日のことを話すでしょうね。もちろん、お義姉様という妖精の主がお茶会にいたことも」

「そ、それは関係ない……」

「関係大ありよ。その直後にリーズが枯れてごらんなさい。誰がやったのかなんて調べるまでもなく分かるわ。

 あんたは、お義姉様を守るためにここにいるんじゃないの?」


 見守ろうと思ったのは、本当に僅かな時間だけだった。ルクスがあの身を得てから会話した事のある人間はほんの一握り。そのなかにはルディアーナのように矢継ぎ早に話を進める人はいなかった。

 どうしよう、と焦っていることがどう見ても明らかなルクスがエステルに助けを求めるような視線を送っていることに、ルディアーナだって気づいているだろう。分かっていてルクスを逃がそうとしないルディアーナを止めようと、エステルは二人の間に割って入った。


「ルディアーナ、そのくらいに」

「しないわよ。次に会う機会なんてないでしょうから言いたいことは言わせてもらうわ」


 止められなかった。むしろ、エステルもルクスの隣でルディアーナの小言のような意見を聞くはめになってしまう。

 邸にいた時は、こうしていると決まってカーラがやって来てルディアーナの言葉を肯定し、エステルに罰だと言って食事を無くしたり、別の用事を言いつけられたりしていた。

 あの頃、いつも一人だったが今では隣にルクスがいる。その存在が、思い出したくない苦しい記憶を少しずつ塗り替えていってくれる。


「お義姉様が自分から守ろうと動く人なんてほとんどいないんだから。

 大事にしてよね」

「あんたに言われたくはないな」


 ルディアーナがあれこれ言っていたことはほとんどがエステルの耳を通り抜けていったが、最後に明後日の方を見ながらつぶやかれたそれだけは、はっきりと届いた。当たり前だとばかりにエステルの体をぎゅっと抱き寄せたルクスの表情は、明るい。


「ルディアーナ。わたし、あなたの事を義妹だと思っていてもいいのかしら?」

「そんなの、あたしに許可取る必要ある? 勝手に思っていればいいじゃない」


 抱き寄せられたルクスの腕を握りしめ、震える声で告げたエステルに、ルディアーナはさっきまでと同じような口調で返して来た。

 自分の顔を見せたくないのか体ごと背けているけれど、エステルの位置からは真っ赤に染まった耳がとても良く見えている。

 立場も考え方も、あの頃とは違う。けれど、今だったらルディアーナの事を胸を張って義妹だと言えそうだ。エステルはルクスの腕のなかで嬉しそうに微笑んだ。


「そろそろいいかしら?」

「ヴィオラ様、申し訳ありません。立場を弁えず、出過ぎたことを」

「それは構わないのよ。エステル様が不快に思っていないようですし」


 ルクスの腕から解放されたエステルは、ヴィオラの言葉に今更ながら顔を赤らめた。

 この場には、ヴィオラだけでなくレニーナだっているのに三人だけでわあわあと騒ぎ立ててしまった。

 ルディアーナが頭を下げたので、エステルもそれに続く。ルクスは、少し悩んだように首を傾げた後に軽い調子でごめんなさい、と告げていた。それを見たヴィオラは、少しだけ驚いたように目を開いてから、優雅に微笑んでみせた。


「それで、具体的にという事なんだけど。わたくしの旦那様にお力添えを頂こうかと思うのよ」

「ヴィオラ様の旦那様、と申しますと」

「宰相よ。いくら勢いがあろうとも伯爵家が太刀打ちするのには、少しばかり面倒な相手よね」


 誰だっただろう、とちょっと確認するような口調だったルディアーナが、その役職を聞いたとたんに絶句する。元々ルディアーナがエステルの義妹だと称して出席していたお茶会は、伯爵家まで。それ以上の家だとルディアーナは招待していないと門前払いを受けていた。

 その時の事を思い出したのか、ルディアーナがぶるりと体を震わせる。少しばかり面倒、ではない。よほどの自信がないと伯爵家から宰相を相手になどできないだろう。


「ちょっとだけ、エステル様のお名前を借りてもいいかしら」

「え、あ、はい」


 妖精の主、宿り木の管理人と肩書はあるものの、それをどう使えばいいのかを勉強中のエステルは、ヴィオラの提案に頷いた。まだ貴族として不慣れな自分よりは社交界で長らく経験を積んでいるヴィオラだったら、間違いなくいい方向で使ってくれるだろうという信頼もあってだ。


「筋書きは、どうしようかしら。

 エステル様が王都から視察に行くというのは今の時期では不自然だし、妖精様が薬草からポーションを作る過程に興味を持ったという話を聞いた、では説得力が弱いかしらねえ。

 わたくしとレニーナが友人関係であることは周知でしょうから、相談相手としては問題ないと思うのだけど」


 白くて細い指を自分の顎に沿わせたヴィオラが、ひとつの案を出した。それをきっかけにしてあれこれと話が飛び交い始める。

 チェンダー伯爵家が育成を担っている薬草の質の低下、ラージル伯爵家から受けた融資を盾にして、リーズを栽培していたこと。

 たった一度のお茶会に出ただけで、他の家の事情にエステルが首を突っ込むとは向こうは思っていないかもしれない。ヴィオラは、レニーナが他の人に頼るような性格ではないと分かっていた。それは、きっとラージル伯爵家側も分かっているはずだ。クロイツだけを見れば、警戒はしていても、レニーナのことも、エステルのことも何も出来ない女だと侮っている可能性はある。

 けれど、不自然な点は出来るだけ減らしておかないと、他ならぬラージル伯爵家から何かを突っ込まれたときにぼろが出てしまう。徐々に話の筋が通るようになっていったが、どうしても埋まらない個所が出来た。どうしようかと、誰も何も言わずにその箇所を決めかねている時に、ルクスが恐る恐ると小さく手を上げた。


「俺の名前を出すのは、どう? 一応、植物の魔力量とか分かるし、俺だったらエステルよりも狙いにくいだろう、し……」


 しん、と静かになった場では、ルクスの少し低めの声は良く通る。だんだん声が小さくなっていくのと一緒に、上げた手も下がっていく。

 大筋としてはヴィオラの言っていた通りで上手く進められていたのだ。誰を、矢面に立たせてしまうのかが決まらなかったけれど。今回の事が明るみになれば、間違いなくその人物がラージル伯爵家からの恨みを一身に受けると分かっていたから、簡単に名前を出せなかった。

 ルクスはそれを理解したうえで、名前を出すのはどうかと自分から提案をしてくれた。


「驚いた。こんな短い時間でそう考え方を変えられるなんて」

「べ、別にあんたに言われたからじゃないけど! エステルを守るためだからな!」

「はいはい。どうもありがとうございます。

 ヴィオラ様、本人からこう仰ってくださいましたし、存分にお名前を使わせていただいてよろしいかと」


 心配よりも先に憎まれ口が飛び出したルディアーナに、ルクスは怒られていないのにも関わらず、言い訳のようにあれこれと言葉を重ねていく。ルディアーナはそれをはいはいと聞き流し、今回の件で一番名前を上げ辛かった箇所にルクスを配置するようにヴィオラに告げた。

 魔法を使える身ならば、妖精に逆らうような真似をしたらどうなるかをクロイツはもう経験している。ならばこの件でルクスの名前を出すのはそれなりに効果があると見込んでのことだ。

 エステルは、ルクスの身が危なくなることを想像してぎゅっと唇を噛みしめていたけれど。


「そうね、レニーナのところのほかにも薬草を出荷している領地はあるし、全てを取り寄せて妖精様にお見せした、とすれば一応筋は通っているかしら」


 ぽんぽんと、エステルを宥めるようにルクスが頭を撫でている。ルクスがエステルを危険な目に遭わせたくないと思っているように、エステルだってルクスを危ないことから出来るだけ遠ざけたいと願っている。けれど、この件に関しては、力不足で悔しいがヴィオラよりもいい案など浮かんでこない。

 代案もないのに、今口を開いたらルクスを止めるような言葉しか出ないと分かっているからこそ、エステルは沈黙を選んだ。


「魔力量の落ちた薬草に疑問を持った旦那様が、抜き打ちで領地に視察に行って偶然リーズを見つけた。話を聞けば、他から借りた手か領民か、区別は出来る。融資を持ち掛けたラージル伯爵家を調べる理由にはなるでしょう。

 でも、これだとチェンダー伯爵家にはよろしくないわね」

「いいえ、ヴィオラ。そうしてちょうだい。ここまで皆に世話になっておいて、自分たちだけ無傷で済まそうなんて思っていないわ」


 顔を上げたレニーナの表情を見たヴィオラが、にんまりと笑った。


「レニーナならそう言ってくれると思っていたわ。さ、わたくし達は準備があるのでここで失礼するわね。

 それから、そこのルディアーナ、だったかしら」

「はい」


 立ち上がったヴィオラに見られたルディアーナは、ピンと背筋を伸ばして姿勢を正した。いくら雇い主であるレニーナが許したとはいえ、立場に合わない振る舞いをしたことを、今のルディアーナは十分に理解していた。だから、帰ろうとするヴィオラに声をかけられたのも自分の言動を咎めるためだろうと思っていたルディアーナは、次に来るだろう声に身構える。


「何度だって会う機会はあるわ。だって、あなた達は義姉妹なんでしょう?」

「……はい!」


 ふわりとした笑顔と共に告げられた言葉は、自分の頭が都合よく解釈しただけなのではないだろうか。身構え、想像していたものとは反対の声に、思わず呆けた顔をしてしまったが、慌てて返事をした。

 ヴィオラの言葉と、ルディアーナの返事を聞いたエステルの目に浮かんだ涙は、隣で喜んだように笑うルクスが拭ってくれた。


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