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37.

 お茶会は、その場で解散となった。あれだけの騒ぎになったうえに、クロイツが連れていかれたのだから、参加者の動揺も当然だろう。レニーナが一人ひとりに謝罪をして、後からお詫びの品を届けるという話を済ませてすべての参加者を見送った時には、もう日が暮れていた。

 レニーナを待つことにしたヴィオラとエステルは、案内された部屋でお茶会のために用意された食事を楽しみながら情報を交換していた。ルクスもどうしてあんな絶妙なタイミングでエステルのもとに現れたのかを二人に説明する。


「ルクス様は別室でしたものね」

「ああ、そういえばあの部屋にいた人間に何の説明もしてないや」

「……レニーナに任せない」


 中途半端なエステルの呼びかけを不思議に思ったルクスは、いつでも動けるようにこの花の魔力を辿っていた。自分がたっぷり込めたはずの魔力がどんどんと減っていることで、危機感を抱き飛び出して来たタイミングで、エステルが吹き飛ばされそうになっているのを目撃したそうだ。

 ルクスがいたのは、待機室。あのお茶会に集まった人達が連れてきた使用人たちが、主人の帰りを待つために用意された部屋だ。エステルは妖精の主だと知られているし、ルクスの顔だって知られてはいる。けれど、あまり近距離で顔を確認したことのある使用人はいないのではないだろうか。

 ヴィオラもエステルもその部屋に行っていないので、誰がどんな使用人を連れて来ていたのかが分からない。ヴィオラも、こればかりは何の力にもなれないだろうとレニーナに丸投げすることに決めた。決して、エステルの初めてのお茶会が散々な結果に終わった事に対しての腹いせではない。


「マリーリア様は、もう帰られたでしょうか」

「……残さなくて良かったと思いますわよ。少なくとも、ルクス様の前にはいられないでしょう」


 クロイツが連れていかれてしまったので、多少なりとも事情を知っているだろうマリーリアは一度レニーナを引き留めた。

 けれど、ルクスが同席することを拒否したのだ。理由があったとしても、主であるエステルを危険に晒したことに変わりはないと。エステル自身がルクスを宥めても譲らなかったので、マリーリアには改めて事情を聴く場を設けることにして、今日は家に帰ってもらう事にしたのだった。

 そんなルクスは、エステルのお腹に手を回してぶすっと不貞腐れた表情を隠しもしない。困ったように眉を下げたエステルには、ヴィオラが給仕のようにお皿を用意してくれている。


「ね、ルクス。そろそろ放してくれないかしら?」

「……」

「レニーナが来るまでは、そうしていてあげなさい」


 そうして、ヴィオラが苦笑いしてルクスの様子に匙を投げた頃に、ようやくレニーナが戻って来た。この邸に到着してすぐに挨拶をした時と打って変わって疲れた様子を見せていたけれど、ヴィオラはあえて厳しい言葉を突き付けた。


「どういうことか、説明してもらいましょうか?」

「ヴィ、ヴィオラ……怒ってる、わよね?」

「逆にどうしてわたくしが怒っていないと思ったのかを聞きたいところだわ」


 参加者の前で見せていた主催としての毅然とした態度はまるでなくなっていて、しょんぼりとした様子のレニーナは、肩を縮こまらせてヴィオラの言葉を受け止めた。

 ルクスはその姿を当然のものとして見ていて、どうしようかと視線を彷徨わせたのはエステルだ。レニーナの様子を伺う視線と、エステルが彷徨わせていた視線がバチリと合った。きゅっと唇を引き結んだレニーナが、縮こまった姿勢を正す。


「その通りね。でも、まずは謝らせてくれないかしら。わたしの事情に巻き込んで、ごめんなさい」


 バッと頭を下げたレニーナに、誰も何も言えずに沈黙が落ちる。ふぅっと長く息を吐く音が聞こえて、エステルがそちらを向くと腕を組んだルクスが険しい顔をしてレニーナを見ていた。


「……謝罪を受け入れるかどうかは、話を聞いてからだ」

「そうね。妖精様のお怒りも最もだわ。わたしは、あなたの大切な主を危険に晒したのだから」


 説明が長くなるから、と席を促されてルクスもエステルから離れて一人で座る。レニーナは立って説明を始めようとしたが、ヴィオラが待ったをかけた。長くなるのだったらお茶くらいはすぐ飲めるようにしておくべきだというヴィオラの言葉に、その通りだとばかりにエステルが頷いた。そうして、お茶で喉を潤したレニーナから、説明が始まった。


「我が家のことは、どれくらいご存じかしら」

「チェンダー伯爵家のこと、ですか。申し訳ありません、わたしはあまり詳しくは」

「レニーナは、薬草を育てるのが上手なの。だから、領地でも薬草栽培を主な産業としているわ。特に不振の話は聞いていなかったと思ったけれど」

「薬草の、収穫量は変わっていないわ。変わったのは、質」


 エステルはまだ貴族の領地事情まで勉強が進んでいない。こういう時に頼りになるのはヴィオラだ。ましてやレニーナと仲の良いヴィオラであれば、他の貴族が知らないところまで分かっていてもおかしくない。

 ヴィオラ自身もその辺りは理解しているのだろう。だからこそ、知らないという事を正直にレニーナに伝えることが出来るのだから。


「少し前から急に薬草に含まれる魔力量が落ちたの。その薬草は、回復用のポーションを作るのに欠かせないけれど、そっちの効果も弱くなってしまったわ」


 回復用のポーションは、領地を守る人達や騎士にとってはなくてはならないものだ。回復魔法が使える人もいるけれど、数が多い訳でもずっと魔法を使い続けられるわけでもない。

 すぐに魔法を使えるとも限らない場合だってあるので、ポーションを使う機会は多い。

 作ったらずっと使えるわけでもなく、使用できる期限もあるものなので、定期的な需要があるのがポーション。だからこそ、ずっと作るために材料の供給は欠かせないのだが。


「だから、今までと同じ量を出荷するのでは薬草が足りなくなった。当然よね。効果が落ちているのだから、ポーションを作るのに使う薬草が増えるのだもの。

 けれど、すぐに出荷量を増やせるはずもない。薬草の魔力量が落ちたことも調べなくてはいけないし、領地に空いている畑はない。だったら、開墾するしかないじゃない?」

「もしかして、ラージル伯爵家から融資を……」

「さすがねヴィオラ。ええ、そうよ。開墾に魔力量の調査……わたし達にはお金が必要だった」


 エステルは自分で土地を切り拓いた経験はないから、開墾にどれだけの手間と時間がかかるかを想像するしかない。自分が畑をいじっていたのとは規模が違いすぎて想像もつかないけれど。それに加えて薬草の魔力量を調べるための調査も並行しているのだから、時間も、お金だってどれだけあっても足りなかったのかもしれない。


「それが、どうして今回の騒ぎに繋がるのかしら」

「それはね――」

「失礼いたします。奥様、お連れしました」


 ラージル伯爵家が何かの事業で成功を収めて、融資を始めたことは聞いている。チェンダー伯爵家がお金を工面出来ずにいる時に、融資の話を持って行くこと自体は不自然ではない。だからこそ、そこにレニーナがクロイツをこのお茶会に誘った理由があるのだと踏んだヴィオラだったが、突こうとする前にトントントン、と小さなノックが響いた。


「ええ、入ってちょうだい」

「ルディアーナ!」

「え、お義姉様に、妖精!? 奥様、どういうことですか!」


 案内されて入って来た人物を見て、驚いた声を上げたのはエステル。それは向こうも同じだったようで、茶色の瞳を真ん丸くした後に、レニーナに向かって大声を上げた。

 レニーナの弁明とも言える説明を我関せずの様子で聞いていたルクスだったけれど、ルディアーナが入って来た瞬間に、エステルを守れる位置に移動した。


「お茶会の騒動を説明する、と言わなかったかしら?」

「言いましたよ。それであたしもあの場にいたんだから、話が聞きたいってことでしたよね?」

「そうよ。それは、ここにいる皆様も同じなの。二度も同じこと説明するのって、手間じゃない」


 にっこり笑うレニーナだったけれど、長い付き合いのあるヴィオラは何となくその意図を察した。説明が面倒くさいのでも、手間だと思っているわけでもない。エステルとルディアーナ、そしてルクスの関係を分かったうえでこの場で話をさせておいたほうがいいと判断したのだろう。

 今までの様子を見るに、エステルはルディアーナに対して怯えや恐怖といった感情を抱いているとは思えない。ルクスは、エステルの一言があればたぶん大人しくなるはずだ。


「ルディアーナ、その髪の毛……」

「ああ、さっきちょっとね」

「あなた、髪の毛長いの自慢に思っていたじゃない」

「そうね。だけど、もういいのよ。貴族でもないし、洗うのも手間だったからちょうど良かったわ」


 部屋に入って来たルディアーナは、腰まであった髪の毛をバッサリと切り落として、肩で揃えていた。

 着ているのは、別れる前と同じ服だったけれど、土ぼこりも切られてほつれた箇所もない。見れば肌にも汚れは残っていないから、ここに来るのが遅れたのは、きっと湯あみをしてきたからだろう。邸にいた時にはずっと手でいじっていた長い茶色の髪。それがなくなってもかんしゃくを起こすことのないルディアーナは、本当に髪に執着が無くなったのだと分かった。

 どこかの家に侍女見習いとして連れていかれたとは聞いていたけれど、まさかその家のお茶会に自分が参加することになるとは思っていなかったエステルは、ルディアーナの元気そうな姿にホッとした。


「さて、全員揃ったところで話の続きをしましょうか」



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