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27.

「説明するのはいいけど、そっちはどんな認識を持っているのか知らないんだよね」


 エステルの後ろに控えていたルクスが、少し前に出る。様子を見ていたイルハルドが、部屋の隅に置いてあった椅子を移動する。そうしてエステルの隣にスペースを作って椅子を並べて、ルクスが座った。

 当然のように座ったルクスだったが、イルハルドの動きに驚いたのはダリルで、姿が近くなったことで顔が良く見えるようになったヴィオラはハッと息を飲んだ。ルクスはまたかとばかりに息を吐いたが、どうにも今までとは違うように見える感情に、どうしていいのか分からずにふいと視線を逸らして頬杖をつく。


「ではエステル様も一緒に、おさらいといきましょうか」


 のんびりとした口調だったけれど、その声には有無を言わせない響きがあった。ヴィオラの瞳にさっきまでとは違う光が宿った事に気づいたのは、ダリルだけ。しかし、ダリルは残念ながらこうなった妻を止める手段を持ち合わせていなかった。

 ヴィオラはつぅっと部屋の四隅をなぞるように指を動かした。いち早く反応したのはルクスで、けれどそれがエステルに害をなすようなものではないとすぐに分かったのか、浮かせた腰を元に戻す。エステルはその様子を見て、少しだけ体を固くした。


「ふふ、ただの防音です。個室といえど、どこにだって耳はありますからね。

 さて、妖精様。わたくし達がどのように魔力を計測しているか、ご存じでしょうか」

「いや?」

「エステル様は、魔力の測定をしたことは?」

「まだ、経験がございません」


 俯いたエステルが、緩く首を振る。ようやく母が手入れしてくれていた時のような艶を取り戻した銀髪は、エステルの動きに合わせてきらきらと光を散らす。

 目に見えてしょんぼりとしたエステルに、ダリルが叱責するような声を上げた。相手はもちろんエステルではなく、その保護者。


「イルハルド、お前エステルの測定をしていないのか」

「すまない、失念していた」


 魔法が使えなかった時に家庭教師から向けられていた視線に申し訳なさそうな顔をしていたエステルと、今隣で俯いているエステルの姿が重なった。

 あの時のエステルは、あと少しで泣いてしまうのではないかという顔をしていた。だからこそクレアとイルハルドで話し合い、魔力の測定という結果が見えてしまう事は控えようと決めたのだが、それをエステルに伝えてはいなかった。忘れていたわけではないが、エステルの測定を行っていないのは本当なので、イルハルドは素直に謝罪した。


「クレアが、エステルは銀髪を持っているのだから心配はいらないと言っていたのもあったからな。今伝えるのはただの言い訳にしかならないだろうが」


 慰めるようにエステルの頭を撫でるイルハルドの手つきは、どこかぎこちない。自分の頭に触れた温もりに気がついたエステルは顔を上げ、そして温もりの主が分かった事で目元を緩ませた。

 自分以上に苦しそうな顔をしているイルハルドを見て、きっと理由があったのだと思えるくらいには、エステルも父の感情を読み取れるようになっていた。


「あのさ、エステル。前から気になってたんだけど、髪色って何か関係あるの?」

「えっとね、ルクス。わたし達の魔力って、髪の色で判断もされるの。わたしの銀髪はお母様譲りでもあるんだけど、魔力が高いことも示しているのよ」

「一般的には、白に近いほど魔力が高いと言われていますわ。お年を召した方の白髪と、魔力の高い方の白髪は、輝き方が違いますからすぐに分かります」


 それは、エステルも幼い頃に学んだことだった。ヴィオラが最初におさらいと言ったのは、この辺りの基礎知識をどこまでエステルが学んでいるのかを確認するのと同時に、ルクスが人間の魔力事情をどのように理解しているのかを知るためだったのではないだろうか。

 エステルが勉強している時にルクスは傍にいるけれど、一緒に本を読むことはあまりない。時々説明のために載っている絵を見た時には質問されるし、話だけだったら聞いているようだけど、文字を見るような姿はエステルだってほとんど見ていない。

 今も、ヴィオラの言葉にはうんうんと頷いているから、知識を身につけることが嫌いという訳ではないようだが。


「ああ、だから魔法が発動しなかったことをそこまで気に病んでるのか」

「妖精様、どうかお気を悪くしないでくださいませ」


 苛立ちを隠そうとしないルクスの声に、ヴィオラが戸惑ったような表情を見せる。それはエステルも同じだった。自分が魔法を使えない事は当然、ルクスだって分かったうえで傍にいてくれているのだと思っていたのだから。

 魔法が使えない事をそこまで、と言われたのは少しだけ胸に引っかかったけれど、それは次にルクスが口を開いたことで、どこかに飛んで行ってしまった。


「悪くしないはずがないだろう。自分の主がそう言われてる原因は、俺にあるんだから」

「ルクス?」

「ごめん、エステル。まさか人間が魔法を使えないからってそんな目を向けるなんて考えたこともなかった」


 がばっと頭を下げたルクスに、向けられたエステルだけではなくその場にいる誰もが目を丸くした。

 魔法が使えない事は、エステルに理由があるのではなくてルクスにある。そう言われた意味が分からないエステルは、ルクスの言葉を待った。


「魔法、あの時発動を止めてたのは俺なんだ」


 あの時、そう言われて思い当たるのは幼い頃に教師が邸に来て、魔法の使い方を教えてくれた時だけだ。

 父がいて、母もいて、そして母の周りにはいつもよりも光が多く集まっていた。思い出すと言えるほど忘れたこともないその光景は棘のように苦く、エステルの記憶に残っている。


「どういうことか、説明してくれるかしら?」


 ぐっと膝の上でこぶしを握ったエステルに応えるように、ルクスが頷いた。エステルだけではない、イルハルドやダリル、そしてヴィオラまでもがルクスの言葉を聞き逃すことのないように、息を潜めて待っている。


「……他の奴が言うように、エステルの魔力は高い。それは、たぶんクレア様の影響もあると思うんだけど」


 父であるイルハルドの髪は青い。銀髪を持っていたうえに妖精の愛し子だった母クレアと比べてしまえば低いと言われるが、一般的に見れば十分に魔力は高い方だ。

 そして産まれたエステルは、母であるクレアとそっくりな銀髪を継いだのだから、魔力がないはずはないというのが、誰もが抱く印象であり認識。


「小さい頃は、その魔力に引っ張られ過ぎて魔法が暴走しかけてたんだ。だから、邪魔をした」


 両親から受け継いでいるはずなのに、使えない。それはどんなに気にしないようにしようとしても、考えないようにしようとしても、いなくなってくれることはなかった事実だったのに。

 ルクスの説明を聞いて、エステルは今までずっと自分の胸に刺さっていた棘が少しだけ、薄くなったような気持ちになった。


「たぶん、クレア様も分かってたと思う。もう少し大きくなったら、なんて笑ってたから」


 魔法は、使えない訳じゃない。使わないようにしていたのも、全部自分の為だったなんて。

 魔法が暴走した場合の被害は、少しだけ耳にしたことがあった。庭の草を燃やしたなんてまだかわいい方で、邸を全壊させたとか、辺り一帯を嵐のようになぎ倒してしまったという話だってある。もし、あの時の幼い自分がそんな被害を起こしてしまっていたら。そう考えたエステルは、体の震えを押さえるようにそっと自分の体を抱きしめた。


「だけど、その機会は来なかった。クレア様が、病に倒れたから」

「それじゃあ、エステル様は」

「これから、覚えていかないといけないけれど。エステルは魔法を使えるようになるはずだ」


 念押しのように確認をしたヴィオラの問いかけに、ルクスは注意こそ入れたけれど頷いた。人間の使う魔法と、妖精の使う魔法はきっと違う。そう分かっていても妖精であるルクスから魔法を使うことは出来ると言われたことは、エステルに新しい目標を掲げさせるのに十分だった。


「わたし、魔法が使えなくても正直いいかなって思っていたの。

 けれど、使えないのと使わないだったら意味が変わってきますよね?」

「そうね。魔法が使えるから強いとも立派だとも言えませんけれども。

 使えることを知らせない、というのも一つの手段にはなりますわ」


 離れに移ってからは、自分の手で行っていたことが全てだった。服の繕いから、部屋の掃除、そして食事の準備まで。どれも魔法が使えたら違っていたとは思うけれど、あの日々があったからこそ身につけた事があるのも事実。

 イルハルドはもちろん、ダリルやヴィオラだって魔法を使えるだろう。けれど、今までエステルの前でその様子を見せたことはない。魔法が使えるなら、日々の生活で使わないといけないのだろうかと少し考えていたエステルは、そうではないのだとこの短い時間でも考えを改めることが出来た。


「そうですよね。だったら、わたしは今、魔法が使えないと思われているうちに使えるようになりたい。

 宿り木の管理人として、妖精の主として、自分の身を守る手段ひとつないようではこの先きっと困ります」


 魔法が使えない、ではなく使わないという選択が出来るように。今のままだと魔力だけあって魔法が使えないのだから。

 妖精王から直々に頼まれた宿り木の管理はもちろん、ルクスが主と呼んでくれるにふさわしくなれるように、出来ることは何でもやろうと決めたエステルは、しっかりと前を向いた。


「エステルが魔法使えなくても、俺が守るけど」

「ありがとう、ルクス。その気持ちはすごく嬉しい。だけど、わたしが頑張りたいの」

「そんな言い方されたら、これ以上何も言えないの分かってる?」

「ふふふ、ずるい主でごめんなさいね」


 ルクスは、きっと守ってくれる。例え自分の身を犠牲にしてでも。すぐにそう思えるくらい、エステルに真っすぐ感情を向けてくれている。

 けれど、ルクスが思うのと同じくらいにとまではいかなくても、エステルだってルクスが傷つくところは見たくないのだ。それを、ルクス本人が嫌がったのだとしても。


「お話はまとまりましたね。エステル様、どうでしょうか。

 わたくしの提案、受けていただけます?」

「もちろんですヴィオラ様。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 魔法を専門として学び、留学までした経験を持つというヴィオラは、教師としてもうってつけだろうとイルハルドからも、ダリルからも背中を押された。

 宰相であり、侯爵の位を持つダリルの妻であるのなら、エステルが邸に通う理由など十分すぎるほどに作れる。

 おかげで、最初の予定はすんなりと決まり、このお茶会からわずか二日後にエステルはヴィオラのもとに通い始める事となった。



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