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23.

 さあっと風で揺れるカーテンの音が聞こえて、エステルは光から逃れるように顔の向きを変えた。自分を包んでいるのはふんわりとした温もり。うとうと微睡むには気持ちが良い、とそこまでぼんやりと思考が流れてからがばりと身を起こした。


「おはよう、エステル。よく眠れた?」


 隣で、自分の顔を見るように視線を落としていたのはルクス。金髪は光を反射しているかのようにキラキラしている。

 そうしてエステルは、昨日の夜に挨拶をしてからの記憶がないことに気がついた。きっとそのままストンと眠りに落ちてしまったのだろう。そういえば、離れにいた時は日の光に合わせた生活だった。単純に灯りになるものをもらえなかったし、自分で準備するにも限度があったからなのだが。

 聖域で宿り木に辿り着いたときだって、すぐに眠ってしまった気がする。自分の寝つきの良さに呆れるばかりだ。

 身を起こしてからずっと、難しい顔をしているエステルのことを待っていてくれるルクスに、まずは挨拶を返さないと、と体の向きを変えた。特技に数えられるかもしれないなんて考えている場合ではなかった。


「おはよう、ルクス。もしかして、ずっと起きていたの?」

「ん、まあ……ちょっとは寝たよ。エステルの顔見れないのが、もったいなくて」

「え!? わたし、変な顔していなかった?」

「ううん。気持ちよさそうに寝てた」


 ちょっと、がどのくらいになるのか分からないけれど、ルクスはエステルよりも遅くまで起きていて早く目を覚ましている。つまり、ふかふかな上掛けをかけてくれたのもルクスというわけだ。

 なんだかルクスのお世話があまりにも自然すぎて、自分であれこれやらなくてはと思っていたエステルも気が緩んでいるみたいだ。


「……いつか、ルクスの寝顔を見るんだから」

「はは、まあ気長に待ってるよ。さあ、顔洗ってきて。朝ごはんは用意してもらっているから」


 悔し紛れに呟いてみたけれど、それさえも笑って流され、洗面所へと促される。寝る用に着替えていないエステルの姿は、妖精王からもらったドレスのままだったけれど、少しだけ胸元がはだけている。そこにルクスが視線を向けるような仕草は一切なかった。

 あの姿を得てからそんなに時間が経っていないのに、どうしてそんなにスマートな振る舞いが出来るのだろうか。王城に着いてからというもの、ルクスの騎士のような行動はさらに磨きをかけている。

 格好いい、ありがとう。これ以上にどう褒めればいいのだろうか。そして、自分がふさわしいと思われるにはどんな行動を取れればいいのだろうか。混乱する頭で洗面所に向かったエステルは、ぶわりと頬を朱に染めたルクスが見送っていたことに気付かない。



「そうだ、お父様はどうしているのかしら」


 ドレスをサッと直し、顔を洗ってから髪は緩く一つに纏める。せっかく長い髪だし、きれいになったのだからもっと手間をかければいいとルクスは言うけれど、エステルが自分一人で出来る編み方には限度がある。それでも、他の令嬢よりは上手く出来る自信はあるけれど。

 身なりを整えたエステルが戻ったら、すでにルクスによってテーブルに朝食が用意されていた。

 野菜を柔らかくなるまで煮込んだミルクスープに、香ばしいパンは焼き立てのようでほんのり湯気が上がっている。その他には綺麗にカットされた果物が山盛りになっていた。これは、たぶんルクスが一緒にいる事への配慮だろう。


「今日これからのことについて、宰相、だっけ。その人と話していたよ。たぶん、そのうち来るんじゃないかな」


 エステルが問いかけたことで、ルクスが周りにある光に視線を向けた。ふわり、と優しい風がエステルの髪を揺らす。そうしてルクスがありがとうと呟いてから教えてくれたのは、確かに自分が質問した事への答え。

 外に控えているだろう使用人に聞くよりも、早く確実な妖精の情報網にエステルは目を丸くした。


「ルクス、怒ってる?」

「全く怒っていない、とは言えない。けれど、エステルに無関心になるように仕向けていたのが仲間の仕業だって分かったから。それに気づけなかった俺にも責任がある。

 うん、ごめん。ただの八つ当たりだなこれじゃ」


 気まずさを隠すように果物に手を伸ばしたルクスは、少しだけ顔をしかめた。どうやら、酸っぱいベリーに当たったようだ。慌てて手に取ったぶどうを何個か口に入れて、ようやく落ち着いた表情を見せた。


「これからちょっとずつでもいいから、お父様にもわたしと同じように接してもらえると嬉しいわ」


 ゆっくりとスープを食べきったエステルは自分のお腹の具合と相談してから小さなパンに手を伸ばす。聖域ではたくさん果物をもらっていたが、その前の食生活から考えて、あまり大量に食べると体調を崩すだろうから。

 ドレスには締め付けはないし、コルセットを着ける予定もないからこのくらいだったら大丈夫だろうと判断したのは、ほうれん草を練り込んだように鮮やかな緑色のパン。

 一口に千切ってからチーズが伸びているのを見て小さく笑ったエステルに、ルクスは遠慮がちに声をかけた。


「エステルは、俺に怒らないの?」

「意味もなく酷い態度を取ったら怒るわよ。けれど、もしわたしがルクスだったら、って思ったら分かる気がするもの。わたしを守ってくれるためなんでしょう。ありがとう、ルクス」

「俺に、優しすぎるんじゃないかな」


 弱々しい声に、思わずエステルはルクスの手を取った。視線を逸らして床を見つめていたルクスの瞳が、エステルを映す。


「そうでもないわ。わたしが、二人の仲のいい姿を見たいだけだもの。わがままなのよ」

「そうだね。けど、そのわがままは嫌いじゃないよ」

「朝ごはん、いただいちゃいましょう。これから、頑張らないといけないのだから」


 はい、とオレンジを渡したら素直にルクスは口にした。やっぱりこれも酸っぱかったみたいで口をすぼめていたが、エステルはその顔を見て笑っていた。



 *



「国王陛下直々の招集など、久しぶりじゃないか」


 ざわざわと人の声が響くのは、謁見室。本来ならあまり大勢を入れることはない部屋だったが、今回に限っては手の空いている者は集まるように指示が出されていた。


「さて、急な呼びかけだったが、皆集まってくれたことに感謝する。今回、我が国に良い報せが舞い込んできた」


 時間に遅れることなく姿を見せた国王に、部屋にいた誰もが揃って頭を下げた。そうして前置きもなく告げられたのは、良い報せと、舞い込んできたという言い回し。

 達。静かになったはずの謁見室にざわめきが戻って来る。


「舞い込む、って妖精関係か? まさか、愛し子が現れたとか」

「前の愛し子様は宰相補佐の妻だったか」

「だから、あそこにいるのか? 隣にいるのは誰だ」


 国王陛下の隣には宰相、そして補佐であるイルハルドの姿があった。他の大臣たちと同じ位置に立つイルハルドに、妖精でも愛し子に関わりがある事柄なのではないかという憶測がまるで正解のように広がっていく。

 そして、イルハルドが背に庇うようにしてその場に立っているのがエステルとルクスだった。


「静かにせよ。陛下から説明がある」


 父の背中があるからこの場に立てているだけで、正直エステルの手足は震えている。謁見室を埋め尽くすほどたくさんの人物から注目されるような場に立っていれば無理もない。

 それでも、ルクスが隣にいて妖精王もこっそり控えている。たとえその顔に笑みが浮かんでいたとしても、これからのエステルの立場をハッキリとさせるために姿を現すことを選んでくれたのだ。どれだけエステルの体が震えていても真っすぐ立っていなくて、その顔に泥を塗るだけだ。


「先日、フォルカー伯爵家を己のものにしようと画策した侍女長を捕縛した」


 国王の言葉に、人々のざわめきが大きくなった。フォルカー伯爵家は、イルハルドが宰相補佐につき、妻のクレアが妖精の愛し子として知られていたから知名度は高い。それが、まさか侍女長に家を乗っ取られるような事件を起こしていたとなれば、その衝撃は大きかっただろう。だからこそ、国王も宰相もそのざわめきが落ち着く頃合いまで、言葉を待っていた。


「侍女長は妖精の力を悪用していた。そして、あろうことか長女であるエステル嬢にも手を上げたのだ。

 危険を顧みず、単身妖精の森へと向かったエステル嬢を助けてくれたのも、また妖精」


 国王の視線が向けられたことで、一歩下がったイルハルドの手がエステルに添えられる。いつか、頭を撫でてくれていた大きな手は、そっと背中を支えてくれた。そしてエステルは、その手に促されるように前に出て、必死で覚えた礼を披露する。

 隣のルクスは胸に手を当てて会釈程度に頭を下げただけだったのに、集まった人たちからは感嘆の息が漏れた。


「ご紹介に預かりました。フォルカー伯爵家長女、エステルと申します」


 妖精王が持って来てくれたドレスを思いっきり見せつけたらいい。そうルクスに言われたとおりに裾を持って出来る限り大きく広げたエステルの姿に、さっきとは違う声が聞こえてきた。

 それだけ、このドレスは素晴らしいという事だろう。自分はどうやら期待された動きが出来たようだ、と安心して息を吐いたエステルがスッと姿勢を正して元の位置へと戻る。


 それにしても、国王の話の進め方にはエステルも感心してしまう。家の名前を出して、状況は伝えると聞いていたけれど、エステルが離れに追いやられて苦しい生活をしていたことを、こうもうまく利用するとは。陛下と同じ高さから見える距離なんてたかが知れているけれど、さっきよりもこちらに向けられる視線に労わる感情が見えるような気がした。


「その縁もあって妖精の森にある大樹の管理を任せるものとして、指名を受けた」

「指名だと? そんなの、誰から」

「もちろん、大樹を任せるに値すると決められるのは、唯一。我のみだ」


 金色の羽をふわりと広げながら、姿を見せた妖精王。謁見室にいる人の目は、その美しさに釘付けになった。


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