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19.

「それで、状況は説明していただけるのでしょうか」


 一息ついて表情を改めたダリルは、青年に問いかける。それは、この場にいる人間の総意だったようだ。国王やイルハルドはもちろん、黒い靄が見えていたエステルだって、どのようにしてカーラが妖精の力を使っていたのかは分からないのだから。

 それを正しく理解しているのは、エステルの隣にいるルクスと、事態を収束させた青年しかいない。言われればルクスだって説明することは出来るが、ただ見ていただけの自分よりも行動していた青年の言葉の方が説得力があるだろう。そう考えたルクスがその意思を示すようにすっと体を引いた。


「……長くなるぞ」

「部屋を変えよう。皆、立ったままで聞くような話ではないだろうからな」


 ちらりとルクスの様子を確認した青年が、仕方ないとばかりにため息混じりに答えた声に、すぐさま国王が反応した。

 自分だけ座っている状況には慣れているが、青年の力の一部を垣間見てからというもの、どうにも気分が落ち着かない。自分が立ちこの青年を座らせたとしても、今度は宰相が気にしてしまうだろう。だったら、全員が座れる状況を作り出すまでだ。

 それは青年と仲の良かったと伝えられる曾祖父と同じ考えだったのだが、国王が気づくことはなかった。


「いた! 宰相閣下! イルハルド様も!」


 国王と青年が並び、その後ろにエステルとイルハルドが続く。最後に部屋を出たダリルが扉を閉めた時に、若い男の声が響いた。

 周りの様子など目に入っていないように、ダリルを目指して走って来たその男は、膝に手を置いて、自身の荒くなった息を整えている。


「ウィン? どうしたのだ、」

「どうしたじゃないですよ! なんなんです、さっきの揺れは!?」


 イルハルドよりも緑に近い青髪は乱れ、紫の瞳はわずかに潤んでいる。ウィンは下働きといえど、宰相の近くにいる事を許されている。軽口を叩いて本心を見せないような態度を取るのも、ある意味では向いているとも思われている。

 宰相のもとで見聞きしたことは、やすやすと外部に漏らしてはならないような情報だって多い。そのような態度だと城の皆が知っているからこそ、ウィンから聞き出したことは本当かどうか分からないからだ。だからこそ、ダリルやイルハルドはウィンの言動について咎めるような事をしていなかった。それが、本人を守ることにも繋がるのだから。

 恐らく本気で動揺しているウィンを見れたことを珍しいと思いながらも、このような態度になる理由なんて、思い当たることは一つしかない。


「あー、もしや、つい先ほどのか?」

「そうですよ! もう! いきなり悪寒が走ったかと思ったら地面が揺れたみたいな衝撃で!」


 ダリルの濁した問いかけに、ウィンがそれ以外何があるとばかりに声を大きくした。あれがこうだった、部屋にあった書類が散らばってしまって片付けに手が必要だ。ウィンがダリルに訴えている横で、国王はこっそりとルクスに声をかけた。


「妖精殿。あの部屋が無事だったのは……」

「あの方がどれだけ力を使うか分からなかった、ので。俺も全力だったんですけど……」


 何があっても守るつもりでいたエステルに対して、どのくらいの魔力を使っていたのかと聞かれたらすぐに答えることは出来る。けれど、ルクスにとって大事なのはエステルで、それ以外あの場にいた人間は、特別守らなければならないとは思っていなかった。

 そう考えていられたのは僅かで、魔力の高まりとともに余裕はなくなっていった。だから、ルクスは自分の持てる力のほとんどを使ったけれど、それがどの程度まで広がっていたのかなどを把握するまでは、出来なかった。

 最後は聞き取れるのがやっとなほどまで小さくなっていった声を聞いて、愉快そうな笑い声をあげたのは、ただ一人。


「ふむ。ルクス、お前の魔力はなかなかのようだな」

「あ、ありがとうございます! ってそうじゃなくて」


 青年はまるで幼子を褒めるようにルクスの頭を撫でているし、それを受け入れているルクスもまんざらでもない顔で頬を染めている。そこだけを切り取ったら微笑ましい光景になるのだが、被害の大きさを想像したエステルは、隣で視線をあちこちに彷徨わせている。


「まずは城の状況を検めよ。同時に、街の様子も確認。被害の大きかった箇所から優先して手を回せ」

「国王陛下!? 畏まりました! 各部署に通達いたします!」


 今まで気づかなかったのか、とダリルは頭を抱えたが、当の国王はそんなウィンの様子を目を細めて観察している。なるべく関わらせないようにしてきたが、こうして顔を合わせてしまった以上、これからはそうも言っていられない。有能な下働きは、本人の意思とは関係なく出世への道に足をかけてしまったらしい。

 頑張れよ、と心の内だけでエールを送ったダリルは、この事態を収束させるべく動き出した。


「陛下。私は先に失礼させていただきます」

「ああ、任せた。補佐はどうする?」

「お前は向こうに行け。今まで放置してきたことと、しっかり向き合って来い」


 謁見室での出来事を知らない人からしたら、何が起きているのか分からないだろう。それを正しく伝えるのが自分の役割だと切り替えたダリルが、国王にこの場を辞すことを告げた。そのような事態になっているのに、国のトップが誰一人としていないのでは話にならないので、即座に頷いて返す。

 手はいくらでもあった方がいいはずだと思って口にしたのに、それはバッサリと断られてしまった。あまりの返答の早さと物言いに思わず吹き出してしまうほどに。

 そんな国王の様子を見て、安心したように表情を和らげたダリルは、もはや文句に近いことを言い始めたウィンの向きを強制的に変えた。


「行くぞ、ウィン」

「はい、あそうだイルハルド様! 見つかったんですね」


 イルハルドの探しものは、ごく限られた者にしか伝えられていない。この状況でそれを口にしてしまっても何の問題もないだろうに、こうやって気を遣えるのがウィンの良いところだ。今回は、国王にその有能さをさらに知らせるような結果になってしまったが。

 ダリルに背中を押されてながらも振り向いたウィンに、慌ててエステルが礼を取ろうとする。ところが、それは話を振って来たウィン本人に遮られた。


「あ、いいです今こんな状況なんで! 落ち着いたら挨拶させてください。

 俺、だいたい御父上の近くで雑務してますから」


 エステルが無事に戻って来たことを喜んでいるように、紫の瞳は人の好さそうな笑顔を彩っている。礼を取るために傾けた姿勢を正しながら、エステルも笑顔を向けた。


「挨拶なんて、させるかよ」

「ルクス?」

「……なんでもない」


 主がただ笑顔を向けただけでざわつく胸の内を悟られないように、ルクスは笑顔を向ける。これが、ただの独占欲だとは分かっているけれど、ずっと見守っているだけしか出来なかった自分が、ようやく直接触れられるようになったのだ。

 あの女に力を貸していた仲間の末路を、改めて頭に刻み込む。距離を間違えなければ、問題はない。そう自分に言い聞かせながら、ルクスはエステルに寄り添った。



 ダリルたちと別れて移動した先は、謁見室とはまた違った装飾が施された部屋だった。

 王城にあるにしては素朴な装いと、木の香りがエステルの気持ちを落ち着かせる。お茶を用意してくれた侍女を下がらせた国王から、話が切り出された。


「先ほどの、妖精があの侍女長に力を貸し与えていた、ということでよろしいのですか」

「そこの、クレアの伴侶に対し抱いていた恋慕の情を利用されたのだろう。最も、あの者とて妖精の力で好き勝手やっていたようだが」


 国王の言葉に頷いた青年は、呆れたように息を吐いた。人間を気に入って寄り添う妖精は時々いるが、このように厄介事を引き起こしてくれたのは久しぶりだ。直接手を下したのはどれくらいぶりになったのかもう覚えていないが、これでしばらくは妖精たちが問題を起こすような事はないだろう。


「エステルが受けていた扱いも、妖精の力なのだろうか」

「恐らくは。そして、クレアの伴侶。お前にも少なからず影響はあったはずだ。

 エステルにはお前がいたことであまり力を発揮できてはいなかったようだが」


 イルハルドの問いに頷いた青年が、お前と示したのはルクス。それを見たイルハルドは深く頭を下げた。自分が受けていた影響、というのはどのようなものだったのかは分からないが、手紙を読む気になれなかったり、家に帰らずに仕事をせねばならないと思い込んでいたことを言っているのだとしたら。

 自分のその行いが、エステルにどれほどの苦労を掛けていたのかを感じ取れないほど愚かな父親にはなっていないつもりだ。直後に告げられた青年の言葉を聞いて、イルハルドは改めてずっと傍にいてくれたルクスに感謝した。


「お前がいなくば、あの邸を出た時点でエステルは無事ではなかっただろう」


 これには、エステルが表情を変えた。夜に泣きながら走る女が誰からも声をかけられることなく街を抜けたうえ、大きな怪我もなく聖域である森に辿り着けるなど、考えてみればおかしなことだらけだ。カーラがエステルのことを邪魔だと思っていて、あの妖精が人に影響を与えられるのだとしたら、手段はいくらでも取れたのだから。

 エステルは、自分の幸運と、ずっと傍にいてくれるルクスのありがたさを噛み締める。そして、母の教えも。

 泣いたこともあったし、悔しい思いだってした。人を、憎らしいと思ったことだってある。けれど、その感情をずっと持ち続けることなく前を向けたのは、妖精から愛された母の教えがあったから。今こうしてエステルを幸せに導いてくれたのだと、そう思えた。


「あの者についていた妖精は、魔力の粒とした。再び妖精の姿を得るには、これから長い時を歩まねばならん」


 あの時と同じように、青年が手をかざす。あの時と違うのは、その手から舞い上がる小さな光はどこにも見えないという事。けれど、それはエステルにしか分からない事だった。

 国王とイルハルドは、真剣な顔で青年の手の動きを追っている。くるりと粒を描くようにひとつ丸を作った青年の指は、そのまま膝の上に戻っていった。


「エステルよ。改めて問おう。我の謝罪を受け入れてくれまいか」


 そうして姿勢を正した青年が、先ほどのイルハルドのように深く頭を下げた。さらりと白銀の髪が床に流れ、金の瞳は瞼で隠されている。額と膝がくっついてしまうのではないかと思うくらいに深い礼に、エステルは思わず青年に駆け寄った。


「そんなに頭を下げないでください! お話の通りなら、助けられたのはわたしの方です!」


 膝をついて青年の手を取ったエステルは、必死に言葉を紡ぐ。あの時の妖精が、カーラにどれほどまでの影響を与えられたのは知らないが、聖域に着の身着のままで辿り着いたエステルのために世話を焼いてくれたのは、間違いなく目の前の青年だ。

 気まぐれだろうとなんだろうと、あの時間があったからエステルは前を向けたし、何よりルクスに出会えた。そして、影響を取り除いてくれた。このうえ謝罪までもらってしまったら、エステルは何を返せばいいのか分からなくなってしまう。

 必死に言い募るエステルの姿に、青年は小さく笑みを見せてその場で立ち上がる。動きに合わせるようにふわりと風が舞い、青年の背中に金色に輝く羽が現れた。


「我は妖精王。我らの愛し子クレアの娘、エステルにこれより情を注ぐもの」


 妖精王、改めて告げられた青年の正体に国王は頭を垂れる。イルハルドは母子続けて妖精と縁を繋げたことに驚き、ソファーに身を凭れさせた。

 中心となっているエステルは、今聞こえてきた言葉が自分に都合の良い幻聴なのではないか、と若干意識を飛ばしかけていたが、隣にいるルクスが小突いたことで我に返ったようだ。

 そうして、その言葉の意味を理解したのか、じわじわと顔どころか全身を赤く染めている。


「順を違えてしまったが、エステル。我の願いを聞いてもらえぬだろうか」


 何事もなかったかのようにソファーで優雅に座る青年は、先ほど妖精王だと告げた時の雰囲気までも羽と共に仕舞い込んだらしい。ただ、エステルに対しては少しだけ距離が近くなったような言葉遣いに変わった。


「貴方様には、返しきれないほどの恩があります。わたしが出来る事であれば、喜んで」


 順番が違ったと言われたけれど、妖精王からのお願いだと直々に言われて断れるはずもない。

 受け入れなかったからやはり縁を繋ぐのはなしにする、だなんて言わないだろうけれど。そんなご褒美のようにしなくても、エステルは出来るだけの事をするつもりでいる。どう言えば、この気持ちが伝わるだろうかと難しい表情でいたエステルを見て、妖精王は苦笑した。


「なに、そう難しいことではない。主に夜の安らぎを与えた樹を覚えているか」

「もちろんです」

「あれは、我の宿り木。故にそなたに管理を任せたいのだ」


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