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17.

 ルクスとイルハルドが改めて自己紹介をしてから、ぽつりぽつりと会話を始め、ぎこちなさを感じなくなったことにエステルはこっそりと笑みを見せた。

 自分も父に対してわかだまりはあるし、ルクスだって決してまだ持っている感情全てがいい物だとは言えないけれど。

 それでも相手を傷つけるような言葉を使う事はないし、思いやれるような余裕さえ出てきたような気がする。そして、それは自分も同じ。

 そんな会話がひと段落したのを見計らったかのように、エステルの背後から青年の声が響いた。


「少し見ぬ間に、気の置けぬ会話をするようになったではないか」


 肩越しに見た青年の顔には、面白いと思っているのが分かる笑みが浮かんでいた。この部屋の入り口はエステルの正面で、その扉は開いていないのにどうやって入って来たのか、は聞いたところで答えをくれるとも思わなかった。


「戻っていらしたんですか!」

「ああ。ついさっきな。しかし、連絡を寄越したのはそちからではないか。なあ、ルクスよ?」

「そうですけど!」


 慌てたように立ち上がったのはルクス。エステルの隣に腰掛けていたのだから、当然ルクスも背後から声を聞いたのに、驚いていたのは声をかけられたことよりも青年が続けた言葉にあるようだ。

 イルハルドとずっと会話をしている様子だったのに、どうやって青年に連絡をしていたのだろうかとエステルは首を傾げたが、会話の最中にルクスが時折指を動かしていた。

 妖精のルクスは魔法を使えるのだから、声を出さずとも連絡が取れる手段があってもおかしくない。むしろ、この姿を得たのはわりと最近なのだからそちらの方が慣れているのかもしれない。

 妖精の主、となったところで魔法が使えるようになったわけではないし、昔に向いていないと言われたきりだったけれど、憧れがないといえば嘘になる。この話が落ち着いたらルクスに相談してみようと決めたタイミングで、青年と目が合った。


「さて、エステルよ」

「はい!」


 あまりのタイミングの良さに、エステルの声は裏返ってしまったがそれを指摘する人はいなかった。ちょうど、返事と重なるように部屋の扉が開いたのもあったのかもしれない。

 先ほど別れた国王と宰相も戻って来たので、椅子を譲ろうとしたエステルは腰を浮かべたが、それは当人たちに断られてしまった。

 青年はとっくにイルハルドと代わり、ソファーにその身を沈めている。断られたのに、再び同じことをするのも失礼だと感じたエステルが、ゆっくりとソファーに戻ったところで、青年が口を開いた。


「直接言葉を交わしたことで分かった。やはり、あやつらには妖精が関わっている」


 妖精との関わりが、愛し子と呼ばれていた母とも、主となって慕ってくれるルクスがいるような自分とも違うのだというのは、すぐに分かった。


「我は同胞として、そして長として謝罪せねばならん」


 これで妖精が関わっていたから、本当はカーラもルディアーナも優しい人なのだと言われたら。惑わされていただけで、本人たちの意志ではなかったのだから、と告げられたら。

 わたしは、あの二人の事を許さなくてはならないのだろうか。そう、嫌な想像をしてしまったから。

 青年の言葉を聞いたエステルは、浮かんだ自分の考えを追い払うように頭を振った。


「だが、それは全て終わらせてからとさせてはくれまいか。まずは、この者たちにも説明をさせて欲しい」


 別行動をしている時に、説明はしていたのかと思ったがどうやら違ったようだ。確かに、二回同じ説明をするよりかは一回で済ませてしまった方が早いし効率もいいけれど。

 少しだけ、自分が優先されたような気持ちになったエステルは、国王と宰相に向かって小さく頭を下げた。二人もそれはすぐに気づいてくれて、視線だけが返って来る。


「もちろんです。でも、あなたに謝罪をしていただくなんて」

「エステル。俺からもお願いだから。説明を聞いてから判断してもいい。けれど、そうだと思ったらあの方の謝罪を受け入れてもらいたい」

「……分かりました。では、まず説明をお願いいたします」

「感謝する。地下にいた者を、ここに」


 青年の指示のもと、国王や宰相、そして補佐であるイルハルドまでが動き出す。ソファーに身を預けていたからすっかり抜け落ちていたが、ここは謁見室。本来ならばこの絨毯の上にはソファーはない。

 さっと立ち上がったエステルとルクスは部屋の端に移動しようとしたが、青年だけではなく国王にまで止められてしまった。


「こちらにいた方が良かろう。なに、安心せよ。ここならば誰も手出しは出来ないだろう」

「ご配慮、痛み入ります」


 玉座に腰掛けた国王と同じ高さに立つことになったエステルの足は震えていたが、そっと安心させるようにルクスが背を支えてくれた。

 カーラとルディアーナ、これから二人と顔を合わせるのだとしても、もう足にもお腹にも、指先にだって傷は残っていない。裾がほつれ着古したワンピースは、白銀に輝くドレスとなった。手入れも出来ず日に日に艶を失っていった髪は、ルクスも丁寧に梳いてくれたからくすんだ灰色なんて言われることはないだろう。

 妖精が魔法を使ったとしても、ルクスが傍にいるのならば何があっても大丈夫。心強い温もりが、エステルの震えを止める力となった。


「良い顔つきになった。けじめを、つけるのだろう?」

「はい!」


 青年の問いかけに、エステルははっきりと返事をした。前を見る碧の瞳には、怯えや戸惑いの色は、もうなかった。


 それから、幾分もしないうちに謁見室の扉が開く。入って来たのは、カーラとルディアーナ。二人とも揃いのワンピースは黒く、すぐ隣と背後にも兵士がつく。妖精が関わっていると国王からの申告があったので何が起きるか分からないからと、過剰とも取れる体制を取ったようだ。居心地悪そうに部屋の様子を伺っていたカーラの視線が、国王と青年と一緒にいるエステルの姿を見つけて止まる。少し遅れてその姿を捉えたルディアーナの声が、響いた。


「なんで、お義姉様がここにいるのよ!」


 ぎょっとしたのはルディアーナを連れてきた兵士だ。地下にいた時の様子も見ていたから、反省していないとは思っていたが、まさか国王の御前で発言の許可を得ることもしないとは。


「さて、フォルカー伯爵家侍女長カーラ。そして娘ルディアーナよ。

 この場にいる理由は、もう理解しているな?」

「分からないわよ! いきなり家に兵士が来てここに連れてこられたんだもの!」


 エステルは、ルディアーナの声に反応することもなく、ただその様子を見つめているだけ。そんな姿も、ルディアーナを苛立たせた。家にいた時には、自分が叫べば肩を揺らして、怯えるような仕草を見せていたのに。

 隣にいるのは、見知らぬ青年。ルディアーナがあっちこっちと顔を出すようになった茶会でも、あれほど整った顔立ちの男性はいなかった。さらさらとした金髪は部屋の灯りを吸い込んだように輝いているのに、こちらを見ている視線は驚くほどに冷たい。エステルと同じ色だという事が、さらにルディアーナの心をささくれ立たせた。

 それは、抑えることなく口から飛び出して音となる。兵士が動いたが、それでもルディアーナの暴言は止まらない。


「なによ、男が隣にいるからってすました顔しちゃって!」

「……宰相補佐からの証言をもとに、伯爵令嬢への不当な扱い及び身分詐称の疑いがあると、その場にて説明は致しました。このような発言は、おそらく日常であったかと思われます」


 宰相、という立場から話を進めるために個人的な感情を切り取ろうとしたが、最後に付け加えたのはエステルの幼い頃を知るダリルとしての言葉だ。それでも、今まで自分がエステルに関心を向けられなかったことに対しての罪滅ぼしになるとは思えないけれど。


「お義姉様は自分から家を出たって言ってるでしょ!?

 今更戻って来て、どうしてそんな綺麗なドレスを着ているのよ!」


 自分がエステルのデビュタントのために誂えたドレスを着ていたことなど覚えていないルディアーナは、目を吊り上げる。自分は、お姫様のようなドレスを取り上げられて、黒一色の何の飾り気もないワンピースを着なければいけないのに、どうしてエステルは家にいた時なんて比べ物にならないような美しいドレスを身に纏っているのか。今のルディアーナの心を占めるのは、エステルばかりずるい、そんな気持ちだった。


「お茶会に招待されていたのに、お義姉様がいなかったから入れもしなかったんだから!」


 それは、当然なのだがもちろんルディアーナには届かない。相手の家だって、フォルカー伯爵令嬢を呼んでいるのだから。いくら招待主が邸にいないといっても、代理になれるだけの身分もマナーも、ルディアーナは持っていない。


「侍女長」

「いや、元侍女長だろう。もうフォルカー伯爵家の侍女長ではないのだから」


 これでは話にならない、とダリルが謁見室に来てからずっと口を引き結んだままのカーラに視線を向ける。その呼びかけを訂正したのは、様子を伺っていた国王。さすがにカーラは国王の顔を見たことがあるらしく、王自らが私的な場ではないところで発言したことの意味を悟って表情を変えた。


「……!」

「何をそんなに驚いている? 宰相の言葉を聞いていなかったか。

 今のそなたには、罪人の疑いがかけられている」

「お母様が、罪人ですって!?」

「驚いているようだが、そなたもだ。母子ともに、ここにいるフォルカー伯爵令嬢を公然と貶めていたのだから」


 実際に、カーラの行っていたことは十分に罪に問えることだ。そう意識していなかっただけで、加担していたのだから、ルディアーナの罪だって軽くはない。けれど、母親が罪人だという事しか理解していなさそうなルディアーナに、ダリルが補足を告げる。


「姉妹の喧嘩、などとは言わないでくれよ?

 お前とエステルは、姉妹などではないのだから」

「……え?」


 そこで、初めてカーラの肩が揺れた。さっきまで喚いていたのが嘘のように静かになったルディアーナは、茫然とした視線をカーラに向けた。それは縋るように助けをもとめるものだったが、カーラがただ前にいるイルハルドに合わせていた視線と、交わることはない。


「エステルとお前に血の繋がりはない。もちろん、それは知っていただろう。

 だが、書類上でもお前たちは姉妹とは呼ぶことなど出来ないのだよ」

「うそ、だって、お母様……

 ねえ、お母様言ったわよね? あたしにお義姉様が出来たんだよって」


 カーラに駆け寄ろうとしたルディアーナは、兵士に止められた。体を捻らせて振り切ろうとしたルディアーナは、バランスを崩してその場に倒れ込む。そのまま、手を後ろで捻られて背中を押さえられ、立ち上がることなどできないのに顔をぐっと持ち上げて、母に向かって同じ茶色の髪を振り乱しながら、叫ぶ。


「だからあたしも綺麗な服を着て、美味しいご飯を食べれるんだって……

 もう、知らない人から怒鳴られたり、引っぱたかれるような事はないんだって、言ったわよね!?」


 必死な娘の声にも、カーラは視線を向けない。口も開かず、置物のようにずっとイルハルドだけを見ている。ルディアーナの口からこぼれるのが、叫び声から慟哭に変わるまで、そう時間はかからなかった。


「ルディアーナ……」


 そんな話など知らなかったエステルは、こみ上げてきたものを懸命に飲み込もうとする。カーラが連れてきたルディアーナは、背に隠れるようにしていたから人見知りだと思っていたのに、

 ただ怯えていただけだったのだ。

 それから、徐々に笑顔を見せてくれるようになったのを、嬉しいと思っていたのに。はにかんだように笑った顔は、例え本当の姉妹ではなくても守ってあげたいと思えるようなものだったのに。

 どこで、間違えてしまったのだろうか。ぐっと握って爪の痕がついた手のひらを、ルクスがそっと解いてくれたけれど、この痛みは、忘れられそうにない。


「娘には、情状酌量の余地がありそうだな。だからといって、エステルに対しての言動が許されるわけではないが」


 ダリルの言葉に、エステルはハッと顔を上げた。自分だけの訴えではなく、他の人から見てもルディアーナには同情できるようなところがあるようだ。それを、本人がどう受け取るかは分からないけれど、全く手を出せないということではないらしい。

 それだけ分かれば今のエステルには充分だった。あとは、カーラがどのような気持ちで自分の事を離れに追いやっていたのか、そしてどのように妖精が関わっているのかを、確かめなければならない。


「さて、カーラ。雇い主の事を語らないのは職務上では立派だが、もはや侍女長という肩書はない。

 娘がこのような考えを持っているのは、お前がそう仕向けたと思われても無理はないと思うが?」



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