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11.

「すごいわ! こんなにきれいになるなんて!」


 妖精たちに繕ってもらったワンピースの裾をひらりと踊らせながら、エステルが感激した声を上げた。

 自分でもそれなりに出来ていたと思っていたが、いざこうして繕い終わってみると本当にそれなりでしかなかった。繕い物が得意だと集まってもらっただけのことはある、縫い目は分からないし、ほつれて後ろから当てた布だってどこにあったのか目を凝らしてみても見つけられない。

「ルクス、みんなにありがとうって伝えてもらえないかしら」

「はは、大丈夫。エステルの言葉はちゃんとに伝わってるよ。

 皆も喜んでもらえて嬉しいってさ」


 人に見えるようになったけれど、まだ言葉を交わすことは出来ない。それはエステルだけのようで、妖精たちにはきちんと言葉が伝わっているようだ。

 ふわりふわりと周りに浮かぶ妖精たちは、一仕事終わらせて満足そうにしているし、嬉しそうなエステルの声を聞いては、にこりと笑みを見せる。


「おや、もう終わったのか。手が早くなったな」


 主であるエステルの嬉しそうな笑顔を眺めていたルクスが振り返った先には、青年の姿。自分が集めた妖精たちの繕いを褒めてから、エステルがくるりくるりと裾を翻している様子を見てくつくつと小さく笑っている。


「お帰りなさいませ。ご用件はお済みですか?」

「もちろんだ。でなければ戻っては来んよ」


 青年の姿に気づいたエステルが駆け寄って来た。さっきまでの自分の姿を見て、青年が笑っていたことは見えていなかったようだ。教えたらまた顔を赤くして恥ずかしがるんだろうなと思ったので、ルクスもあえて告げなかった。


「あの、その手に持っているのは」

「エステル、お前替えの服がないと言っていただろう?」


 戻ってきた青年の手にあったのは、白地に銀の光沢が美しい布。聖域の泉で洗っているからか、艶を取り戻し始めたエステルの髪色に、よく似ている。


「そやつらの繕った服を脱がせてしまうのは気が引けるが、我らと共に行くのだ。これくらいは良かろう」

「え、っと……共に?」


 脱がせるとか、これくらいとか他にも聞こえた気がしたが、真っ先にエステルが反応したのは、共に行く、という言葉だった。

 オウムのように聞き返したエステルに、ちょっとだけムッとしたように唇を尖らせた青年。その表情は、最初に会った時に感じたような背筋の凍るものではなかった。


「なんだ。ルクスだけが共をすると思っておったか」

「エステル。この方、始めからエステルと一緒に街まで行くつもりだったよ」


 ルクスは何となく考えが分かっていたんだろう。青年が共に行くといっても顔色を変えずにやれやれとばかりに大げさなため息を吐いただけ。けれど、どこか不安そうに青年を見つめていた。


「ここを離れて大丈夫なのですか?」


 エステルの問いかけに頷いたのはルクス。さっきの視線に込められた意味は、そこだろう。青年はこの聖域でおそらく上から数えた方が早い立場にあるというのは、今までの言動でエステルにだって理解できた。そんな青年が、自分と共にここを離れることは果たして大丈夫なのだろうか。

 エステルの疑問やルクスの不安そうな視線は最もだったが、軽い調子で吹き飛ばしたのも青年だった。


「そこまで長く空けるわけでもない。我がおらずともこやつらは困らんよ」

「それ、あなただから言えるんですけどね。俺たちはあなたがあってこそだ」


 ルクスに同意するように周りの妖精たちが動きを変える。やはり、妖精たちにとっても青年は大事な存在のようだ。


「なに、たまにおらん方がゆっくりと羽を伸ばせるであろう。しかし、心配な気持ちも分からんでもない」


 手に持っていた布をエステルに渡した青年は、ルクスや周りにいる妖精たちにも分かるように大きく指を振った。何かの文様を描いているように動いていた指が止まると、とたんに妖精たちが何かを確認するように動き出す。そしてその様子を目の前で見ていたルクスは、ただ乾いた笑みを浮かべるだけ。何の反応も示さないのは、手渡された布の手触りとその形に驚いていたエステルだけだ。


「故に少々魔法を施して来た。我の魔力を超えぬ限りは近づけまい」

「あー、これなら大丈夫ですね。で、その服はどうしたんです?」

「おお、そうだそうだ。せっかく戻るのだ。少しばかりめかしこんでも良かろう」


 そこで青年の金と、ルクスの碧が自分に向けられていることに気づいたエステルは、布を確かめる手を止めた。

 何度確認しても、間違いない。だけど、これをどうして青年が持ってくるのだろうか。


「あの、これ……!」

「ああ。クレアから聞いた記憶を頼りに作らせたんだが、どうだ?」


 エステルのデビュタントのために、母であるクレアと相談したドレス。エステルが袖を通す前にルディアーナがただ嫌がらせの為だけに着て、わざとらしく姿を見せたそのドレスとよく似ている。

 あちらは母の瞳の色のような淡いピンクでまとめられていたが、ここにあるのは白銀。エステルの髪色に合わせたのかとも思ったが、比べてみると違いが分かる。これはエステルではなく、目の前でドレスの出来栄えに満足したような顔をしている青年の髪色と、同じだ。


「それで、だ。これはどうする?」

「ネックレス……!」

「チェーンは繋いだが、お前の胸元を飾るのには少し寂しいなあ?」


 細いチェーンはしっかりと繋がっていたけれど、肝心の宝石はない。母の形見だから、チェーンだけでも再びつけられることにエステルは感謝したかったけれど、頭を下げようとしたのを留めたのは、青年の意味ありげな視線と、それを受けたルクスの何とも言えない表情だった。


「分かりましたよ。エステルが身に着けるものだったら、俺がやります」


 青年からチェーンを受け取ったルクスは、エステルにちらっと視線を向けてから自分の手を凝視する。

 願いを込めるようにぎゅっと握られた手元に、エステルにだって分かるくらいに温かい力が集まっていく。


「使えぬとはいえ、感じることは出来ているようだな」

「もしかして、この温かい感じが魔力、ですか?」

「その通り。見ていてやると良い」


 青年に言われた通り、エステルはルクスに視線を戻す。青年の言葉に嘘はない。それなら、さっきからルクスの手元に集まっているのは魔力という事だ。チェーンが切れて泣いてしまったエステルのために、ちょっとやそっとでは傷がつかないような魔法でも込めてくれているのだろうか。それなら、今度こそ肌身離さず身に着けていられる。


「お前もなかなか欲が強いものだ」


 ルクスを中心にして集まった力が眩しくて、目を閉じたエステルの耳に、青年のからかうような笑い声が届く。そっと目を開くと、さっきまでの光は散っていた。

 ぱあと明るい表情のルクスから手渡されたのは、繋がったチェーンとその中心で存在を主張する、小さな宝石。

 ころんと丸い石は、金で縁取りがされたうえにしっかりとチェーンに繋がっている。聖域の緑よりも色濃い碧と、金色にも見える光が一緒にある宝石は、今までエステルが見た宝石の中でも、一二を争うくらいに上質なものだ。


「俺の力が風と光寄りだからです! エステル、深い意味はないから!」

「深い、意味?」


 この碧と金に輝く宝石を見てエステルがすぐに思ったのは、この聖域を閉じ込めたような色合いだということ。


「……まあ、これからに期待だな」

「ええ、そうですね」


 ちょっとだけ、目の前で残念そうに肩を落とす妖精の瞳の色に似ているな、とも思ったけれど、それは恥ずかしくて口に出すことが出来なかった。


「先に、着替えて来るといいよ。待ってるから」

「ありがとう、それじゃあちょっとだけ時間をもらうわね」


 失礼します、と青年に頭を下げてから、エステルは茂みの向こうまで移動する。その背中を追うように仲間の妖精が何人か飛んでいったから手伝いは不要だろう。今の自分の姿を見て、ルクスは複雑な表情を浮かべた。エステルが幼い頃からずっと見守っていたからか、少し上に見える風貌は、手伝いを申し出るには向かないだろう。小さな光と認識されていた頃には叶わなかった触れあいや、会話が出来る今の姿を手放すことなどあり得ないが。

 悩むように腕を組んだルクスの姿は、青年だけが見ていた。


「着替え、終わったわ……」


 かさ、と小さい音を立てて茂みから出てきたエステルの姿は、さっきまでとはまるで変っていた。

 艶を取り戻し始めていたが、まだ痛みやパサつきが残っていた髪はそうとは分からないように編み込まれて、毛先は緩く巻かれている。白くて大ぶりの花弁を持つ花は、耳の上に飾られて清楚な雰囲気を出している。

 体のラインに沿った白銀のドレスは、エステルの細い腰を主張するよう。足首まですっと包まれているが、歩くたび裾がひらひらと花のように揺れている。少しだけ開かれた肩を彩るのは、先ほどルクスが作り上げた宝石のついたネックレス。

 なによりも、全体的に白くまとめられている中で恥ずかしそうに伏せられた碧の瞳は、夜露に濡れたように輝いている。


「エステル、すごくきれいだよ。だから、よく顔を見せて?」

「ルクス、どうしよう。わたし、ここに来てから嬉しいことが多すぎて……」

「うん、それでいいんだよ。エステルに笑ってもらいたくてやってるんだから」


 エステルが恥ずかしそうに顔を隠す手を、ルクスはゆっくりと下ろしていく。嬉しいと思ってもらえているのであれば、これ以上何を望むことがあるだろうか。

 笑ってもらえるために、自分も手伝いに向かってくれた妖精たちだって手を貸したのだから。


「あの、いろいろとありがとうございます。本当に、どのように感謝を示せばいいのか」

「ならば、ここでは味わえぬもののひとつでも紹介してくれたらよい」


 靴だけは、履いてきたものと同じだけれど、ドレスに気を遣って動きがぎこちないエステルに、ルクスはエスコートするように腕を差し出した。

 どうしようかと悩んでいたのか、ルクスの腕の前で二、三度手を上下させたけれど、最終的にエステルはルクスの腕を取った。頭半分だけ違う視線に、ちょっとだけ見上げるようになったけれど、さっきまでよりもぐんと近くて相手の温度を感じる距離に、エステルがまた頬を赤くする。

 そうして、自分の体勢が安定してから、青年に向かって深く頭を下げた。

 ドレスも、ネックレスも、隣に立つルクスだって。飛び出して来た時と全く違う心もちで今立っていられるのは、目の前で鷹揚に笑う青年のおかげだから。


「さて、準備も出来た。街に向かうとするか」


 青年の言葉に頷いたエステルは、握った腕にぎゅっと力を込める。その手から伝わる温度は、緊張をじんわり解してくれるような温かさを持っていた。



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