第一話 女神編入
「お会いしたかったです勇者様」
教室がシーンと静まり返る。そして教室にいる全員がバッと音が鳴りそうなほどの勢いで俺を見た。
何に反応したのか容易に推測できるのだが
「何で勇者って単語だけで俺だって決めつけるんだよ!」
「何でって、そりゃあ……」
「勇者って言ったら北条君しかいないでしょ」
他の奴らもうんうんと頷いて同意している。だからなんで俺なんだよ。
「一応聞くが、勇者っていうのは……」
「はい!もちろん貴方様です」
目の前の少女?はもの凄いいい笑顔だった。周りの奴もやっぱりという顔でこちらを見ている。
盛大なため息が零れる。面倒事の予感しかしない。毎日の召喚で面倒事はこりごりなのだ。これ以上悩みの種を増やされてはたまらない。
「で、何の用だよ。あんたさっきの女神だろ」
そう先程から彼女を少女?と表現していたのはこれが理由だ。容姿は間違いなく少女と言って差支えのないものだ。瞳がエメラルド色だとか日本人っぽくないというのは置いておくとしても高校生だと言われれば疑いようのない見た目ではある。
だが纏う雰囲気が人間のものではない。作り物めいたその美貌も相まって人間味がまるでない。さらに勘のいいものならばすぐわかるレベルで神格を隠そうともしていない。それに数分前に(彼女にとって数分前かはわからないが)おれは目の前の女神、アリシャに会っている。
「覚えていてくださったのですね!私、感激です!」
アリシャはパァッと笑顔を咲かせる。余程嬉しかったのだろうか。しかし女神とか数分で忘れるほど薄いキャラではない。
「それよりもなんでこんなとこにいるんだよ。あの時俺を帰す力は残ってないっていったじゃん」
まあ力を回復するのを待って時間軸を合わせてきたという線もあるにはあるが、そもそも何しにこの世界に来たのかがわからない。会いたかったとかいってたし俺が理由の一端になっているのは間違いない。そう思っての質問だったが
「はい!貴方と結ばれに来ました。貴方の女にしてください!」
と頭の痛くなる返答がきた。意味が分からん、いや理解はできるがしたくはない。
「ま、まあ気持ちに答えるかどうかは一先ず置いといて、どうやって来たんだ」
「愛です!」
「……なんて?」
「愛の力です!!」
そう言ったアリシャはいい笑顔だった。邪な感情が一切感じられないのがまたたちが悪い。さっきのやり取りに惚れる要素などあっただろうか。とにかく、
「もういい。もう何も聞きたくない」
それはアリシャの言葉だけはない。
「勇者ヤベー」とか「女神落とすとかもう何でもありだな」とか周りで好き勝手言ってるクラスメイト達の言葉もだ。よくよく聞けば「クソがっ!」とかも言ってる。俺にどうしろと……
というかワーキャー言ってはしゃいでいる女子たちはどうにかならないのだろうか。恋バナならなんでもいいのか?
そんな俺の気も知らず、
「ということで、これからよろしくお願いいたします。勇者様!」
といいながらアリシャが抱き着いきた。花のようないい匂いが鼻腔をくすぐる。俺は硬直してしまった。俺とて男子高校生なわけで、いくら滅茶苦茶なこと言っててもこんな綺麗な子に抱き着かれて動揺するなってほうが無理がある。
「おい、くっつくな!離れろ!」
俺が大変なことになるからっ!
ベタベタしてくるこの女神を引きはがそうとしていると、不意に背筋に悪寒が走った。再びの嫌な予感。神様これからも世界を救っていきますからこれ以上面倒事を増やさないでくださいお願いします!
そんな俺の願いは神には届かず俺の嫌な予感は的中することになった。というか今俺にくっついているこいつが女神だったちくしょうめっ!
ガタッと椅子の倒れる音がする。それは俺のすぐそば、具体的には隣の席から聞こえてきたもので恐る恐るそちらに目を向けると有嶋が立っていた。それはかつてないほどの迫力だった。ゴゴゴゴゴッと効果音が聞こえてきそうなほどである。
「ちょっと、北条から離れなさいよ」
今まで聞いたことのない低い声でアリシャに注意する有嶋。その言葉にアリシャはむすっと反論した。
「どなたかは存じ上げませんが何故貴女にそのようなことを言われなければならないのですか?勇者様に抱き着いていると何か貴女に不都合でも?」
「ぐっ!」
有嶋が口をつむぐ。まるでアリシャの言を肯定するかのように。頼む有嶋、言い負かされるな。一方アリシャはそんな有嶋の様子から何かを察したのかニヤリと笑った。
「まあ、何かあったとしても私の勇者様への愛の力には及ぶはずがありません。身の程を弁えたのならもう邪魔しないでください」
それを聞いた有嶋は俯いてプルプルと震えている。これは非常にまずい。お願いします有嶋さん、耐えてください。
解説すると有島は煽り耐性がクソ雑魚である。そんな奴がこんな風に挑発されるとどうなるかは明らかで
「ち、調子に乗ってんじゃないわよ!何が愛の力よ!私の方がずっとずっと北条のこと好きなんだからーっ!!」
と耐えられず爆発してしまう。それが今回は俺への公開告白という形になってしまった。こうなることが予測できたから嫌だったのに。アリシャめ、余計なことをしてくれる。
クラスの奴らも初めはポカーンとしていたが徐々に状況を理解して後はもう大騒ぎだ。そこかしこから歓声が聞こえ「ついに告ったぞ!」だとか「あんなに頑なだった優花ちゃんが……」とか「今日は祭りだー!」とか言っている。最後のは意味が分からないし、もう黙ってて欲しい。
当の有嶋はまだ興奮しているのか顔を真っ赤にして、フーッ!フーッ!と荒い呼吸を繰り返している。
やがて周りの騒がしさでだんだんと冷静になり自分が何を口走ったか思い出したようだ。その証拠に赤かった顔をさらに赤くして
「い、いやああああああああああ!」
と叫んだ。
この状況を作り出した張本人は有嶋の様子を見て満足したのか俺の方を見てサムズアップしてきた。とてもいい笑顔だ。その親指をへし折ってやりたいこのクソ女神がっ。
そんなこんなで大騒ぎになった朝のホームルームは中村先生によって鎮められ、無事?1限の授業へと向かうことができた。
-キーンコーンカーンコーン
4限終了の予鈴が鳴る。普段なら皆昼食をとるため購買に行ったり机に弁当を広げたりしていて、俺も同じような行動をとるのなだが
「勇者サマー!!」
まずはアリシャが抱き着いてきて
「アンタいい加減にしなさいよっ!?」
という風に有嶋がアリシャを引きはがしにかかる。このやり取りが授業の間の休み毎に行われているので俺の精神はかなり疲労したのだが、そんなことは知らん!と言わんばかりにクラスメイト達が俺たちの周りを囲んで次々と質問を投げかけてくる。
クラスのほぼ全員が質問してきているのでなかなか聞き取れないが判別できたもの中には「アリシャさんとはどういう関係なんだ?」「優花ちゃんとはどうするの?」「正直うらやましいぞっ!死ね!」などがあった。一部悪口が聞こえたようだが聞かなったことにしよう。聞いてないといったら聞いてないのだ。というかこんなくだらない事してないで飯食いに行けよ。
質問は俺だけでなくアリシャと有嶋にも飛んでいて、そんなクラスメイトの質問をうけて有嶋は自分の席で体育座りをして太ももに顔を埋めてしまった。見えている耳が真っ赤になっている。さっきの公開告白を相当気にしているようだ。
まあ俺もあんなことをしてしまえば同じような反応になるだろうからそっとしといてやりたい。
アリシャはアリシャでこちらを見つめ瞳をキラキラさせている。それはまるで「さあ、どっちを選ぶんですか!?」と言外に言っているように思えた。ものすごく腹の立つ顔だ。
それを見てかクラスメイト達がはさらに囃し立てる。気のせいだと思いたいが暴言もさっきまでより増えた気がする。もうこの場に俺の味方はいないのだろうか。俺にどうしろってんだ。
にわかに騒がしくなる教室。その外に何事かと気なって他のクラスの連中まで来る始末。まあ編入生の噂を聞いてここに来ているのもあるのだろうが。それも無理はない。アリシャ紛れもない美少女だ。噂が学校中に行きわたるのもあっという間だろう。
どう事態をを収束させようか考えたがすぐに思考を放棄する。無理だと結論付け隙を見て教室から抜け出そうと思っているとふと魔力の流れを感じる。本日何度目かの嫌な予感。段々と魔力が大きくなり足元に魔法陣が形成された。
本当に今日は面倒事ばかりだ。とりあえず他のクラスの目もあるから教室全体に認識阻害の結界を張る。魔法陣を見る限り対象は俺一人だけのようだから周りの人を巻き込まずに済む。抜け出す口実もできて都合がいい。さっさと終わらせて戻って来ればいいだけだ。
俺は大きくなる光と浮遊感に身を委ね召喚に応じた。
北条勇気が消えた教室はさらなる喧噪に包まれていた。さっきまでの質問攻めに嫌気がさして逃げ出したのではないかと誰もが一瞬思い浮かぶがそうではないとすぐにこの考えを捨てた。
勇気は基本的にこの世界で魔法などの力を使うことを良しとしない。特に私的なことに関しては。ばれて悪目立ちしたくないというのもあるが魔法という都合のいい力を自分のために使うことに罪悪感を覚えてしまうのだ。本来なら自分のこの力はこの世界にあってはならないものだと。
勇気のこの姿勢はクラスの共通認識であり彼が自分の考えを曲げない性格だというのも知られている。だから確信したのだ、逃走のために魔法を使っていないと。
彼らは勇気に巻き込まれて異世界に召喚されたクラスだ。勇気が消えたのは魔法的要因であること、勇気のは魔力を使ってないことも容易に読み取れた。つまり
「北条の奴、今朝に続いてまた召喚されたってことか?」
という結論になるのは道理で、
「あいつマジか!?」
「今日召喚され過ぎだろ」
などの声が上がり教室が笑いに包まれるのにそう長い時間はかからなかった。
そんな教室の中笑わず疑問浮かべる者が一人。
「あのーオリシマさんでよろしかったでしょうか?」
「有嶋よっ!有嶋優花!アンタ、あれだけやり合ったのに私の名前覚えてないの?」
あんまりといえばあんまりなアリシャの態度に優花呆れ顔になる。
「勇者様以外興味がなかったので」
「ぶっ飛ばしてやりたいこの女神……」
優花とアリシャの小競り合い、と言ってもアリシャは優花のことなど眼中になかったようで優花の額に青筋が浮かぶ。コイツ一発ぶん殴ってやろうかしら、と思うがギリギリでたえる。
「それで何?私に用があるんでしょ」
「そうでした。何故勇者様は召喚を拒否なされないのですか?」
優花は首を傾げる。召喚を拒否するとは何なのだろうかと。それを読み取ったのかアリシャは質問の説明する。
「私の世界を救っていただいたとき簡単に魔王を討伐されていましたが召喚直後はとても面倒くさそうにしておられました。一人で世界を渡るほどの力をお持ちなら召喚などの他世界からの干渉も防ごうと思えばできるはずです。面倒に感じながらそうなされないのは何故なのかと思いまして」
アリシャの説明を受け優花は「ああ、なるほどね」と言って苦笑する。その反応の意味が分からず今度はアリシャが首を傾げた。
「アイツはね、どこまで行ってもお人好しなの。面倒そうにしてても救ってくれと言われれば断れない。そんな奴なのよ。そういうところが勇者たる所以なのかしら?」
「……そうですね。やはり素敵な方です」
笑顔で勇気について語る優花を見てアリシャ感慨深そうに頷く。
「有嶋さん、いいえこれからは優花さんとお呼びしますね。優花さんは勇者様が好きなのですよね?」
「な、何よいきなり」
顔を真っ赤にする優花。可愛い方ですね、とアリシャは思ったが口はしない。そうすると話が進まなそうだからだ。
そしていつの間にかクラスメイト達が二人の会話に耳を澄ませている。
優花が勇気に好意を寄せているというのはクラス中に知れ渡っている。勇気もそのこと知っていたが優花が何も行動を起こさないならこちらも何もしないでおこうとそのまま放置していた。
傍から見ていて好意を向けているのはあからさまなのだが当の本人は気づかれていると思っていない。そんな様子を温かく見守っていた中アリシャの言動にカッとなったとは言え勇気への思いを言葉にしたのだ。クラスメイトからすれば今後どうなるのか気になるのである。
そんなクラスメイトの胸中などしらない優花は
「……す、好きよ。大好きよっ!何か文句ある!?」
やけくそ感は否めないがまたはっきりと口にした。それを受けたアリシャは
「文句なんてありませんよ」
と言って微笑んだ。その仕草はあまりにも女神然としていて教室中の誰もが、アリシャに対していい感情を持っていない優花でさえその美しさに目を奪われていた。一瞬にして静まり返る。
「それよりも勇者様が帰って来られたようですよ」
そう言って静寂を破ったアリシャが扉へと手を向けている。すると数秒して現れたのはアリシャの言った通り帰ってきた勇気だった。
「うおっ!?何事?」
帰ってきた途端教室中から凝視されていたため思わず目をむく勇気だったが
「いいえ、何でもありませんよ」
そう言って機嫌良さ気に笑うアリシャの様子に首を傾げるのだった。