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プロローグ

 自然に富んだ平和な世界、アルガンド。そのアルガンドにかつてないほどの危機が訪れていた。

ある日アルガンドで魔王が誕生し世界を征服せんと各地で侵略行為を開始したのだ。

 

 そんな魔王を止めるためアルガンドを統治する女神アリシャは異世界から勇者を召喚する決意をしていた。


「女神アリシャの名において願う。現れよ、異界の勇者よ。そしてこの地を救いたまえ!」


 構築した魔法陣に向かって手をかざしながらアリシャがそう唱えると強烈な光が発せられ天へと延びてゆく。やがて光がおさまると、そこには一人の男が立っていた。


(やった!成功した)


 いくら女神といえども他世界に干渉し人間を召喚するなど簡単にできることではない。それは一か八かの賭けだったのだ。

アリシャは内心で歓喜しながら、召喚された勇者を見る。


 その男は静かに佇んでいた。突然見知らぬ場所に移動させられれば驚きなり焦りなりの反応を見せると思いその時のケアを考えていたアリシャは首を傾げた。

 目の前の男はなぜこうも冷静なのだろうと。しかし一刻も早く世界を救わなければならないという焦りからか、アリシャに気にすることをやめさせた。


「ようこそいらっしゃいました、異界の勇者よ。私はアリシャ、この世界アルガンドを統べる女神です。今アルガンドは魔王の誕生により平和とは程遠い世界となってしまいました。本当ならば私が排除したいところですが女神が世界に直接手を出すことはできません。そこであなたには私の代わりにこの世界を救う勇者となって魔王を倒してほしいのです」


 アリシャがそう説明する。


 魔王を倒してほしいとは言ったがそれが簡単ではないことはアリシャが一番よくわかっていた。女神が自分の世界の住人に力を与えることは直接手を下すことになりできない。だから異世界から勇者を召喚するなどという面倒なことをしているのだ。しかしこういった儀式で召喚される勇者は潜在能力こそ高いものの戦闘や魔法とは縁のない世界から召喚されることが多いのだ。いくら女神が力を授けるとはいえそんな者が簡単に魔王を倒すなどできるはずがない。


(いえ、焦ってはダメよ。この戦いは敗北が許されないもの)


 己の気を引き締め直し説明の続きをしようとアリシャが口を開きかけるが先に声を発したのは目の前にいる男のほうであった。


「魔王だけ倒せばいいのか?」


 その問いに一瞬ぽかんとするアリシャ。そのようすに少し苛立ちながら男はもう一度問いかける。


「魔王さえ倒せば世界を平和にできるのかと聞いているんだ」

「え、ええ。魔王が倒れれば配下の魔物も消えると思いますが……」


 男の様子に気圧されしどろもどろになりながらもなんとか返答したアリシャ。それを聞いて男は、


「そうか……」


 元の落ち着いた様子に戻って返事をする。アリシャは先ほどの質問の意図がつかめずそれを確かめようとしたとき、


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って男は音もなく姿を消した。


「え?」


 思わずこぼれ出る困惑の声。それも無理はないだろう。世界を救おうと召喚した勇者が目の前でいきなり消えたのだ。平静を保っていられるはずがない。

 その場でおろおろし始めるアリシャ。普段のアリシャなら気配を辿って男を見つけることなど容易いはずだが今のアリシャにはそんな発想をする余裕などなかった。女神の威厳など皆無である。


 やっと気配を探ればいいことに気が付いたアリシャだったが、その必要はなくなった。


「ただいま」


 そう言って男が再び目の前に現れたからだ。その際アリシャが「うひゃああっ!?」などと奇怪な悲鳴をあげていたが男は無視して話し始める。


「終わったぞ」

「……はい?」


 アリシャが硬直する。何が終わったのだろうかと。これまでの流れからして答えは一つしかないのだろうがそのありえなさにアリシャの頭には答えが浮かばなかった。

 長い静寂が訪れる。男は何も言わない。静寂のなか段々と冷静になっていきその可能性に行き着いたアリシャが恐る恐る聞いた。


「あ、あのーいったいどこに行っていたのですか?」

「魔王城」

「それで終わったっていうのは……」

「魔王討伐」


 事も無げに男はそう言った。直後、


「ええええええええええええ!?」


 アリシャの絶叫が神界に響き渡った。


 あまりの声量に耳を押さえた男が何か言っているようだが混乱に次ぐ混乱、今のアリシャにはその一切が聞こえていない


「ち、ちょっと待ってくださいね!」


と慌てた様子で魔王の所在を確認する。


 いくら口頭で倒したなどと言われても実際に確認しなければ信じるものも信じられない。

 女神の権能をフル活用して魔王の気配を探るが、アルガンドのどこにもその存在を確認できない。

 試しに魔王城の様子と自分の視界をつなげてみる。そこに映っていたのは玉座の間、そして首と胴体が泣き別れした魔王の姿だった。


 アワアワしだすアリシャ。何度確認しても絶命している。


 ギギギっという音が聞こえてきそうなぎこちない動きで振り返り男を見た。


「驚いていないでさっさと元の世界に還してくれないか?」


 たった今魔王を倒し、世界を救ったというのに男は何の感慨もなくそんなことを言ってのける。自分の成した偉業を理解していないのかそれともただ興味がないだけか。

 本当に何者なのだとアリシャは聞きたかったがその気持ちを抑える。


「申し訳ありません。勇者様を召喚するときに力の大半を使ってしまって元の世界にお帰しする力は残っていないんです」


 普通ならば魔王を倒すまでに時間が掛かるため倒したころには力も戻っている。だが目の前の男は普通ではない。召喚してものの数分で魔王を倒す勇者など誰が想像出来ただろうか。


 そんな想定をアリシャがしているはずもなくすぐに帰還させられないのも仕方がない。


 謝罪を受けた男は落胆しながら「はぁ~」と盛大にため息をついた。


 その様子にアリシャはビクッとして「力が戻るまで衣食住は確保しますので」と涙目で言うがやはり目の前の男は普通ではない。


「いやいいよ。それなら自分で帰るから」


 と実に気軽に言ったのだ。


「えっ?」とフリーズしているアリシャを横に「あんまり魔力使いたくないんだけどなあ」と面倒臭そうにぼやく。そして前にかざした左手に尋常ならざる力が集まっていく。

 やがてそれは神々しい光へと変わり、次元に穴を開け世界と世界を繋げていた。


「嘘……ただの人間がたった一人の力で世界を渡るなんて」


 もう何度目かもわからない驚き。神ですら世界を渡るなどという行為は容易には行えない。それなのに目の前の男は簡単にそれをやってのけ余力を残しているようにさえ見える。


「あなたは一体……」


 震える声でアリシャが尋ねる。それは意図したものかそうでないのか。


「あんたが一番よく分かってるだろ?」


 男は笑い、


「勇者だよ、アンタが召喚したな」


 それだけ言って消えていった。


 一人残されたアリシャは、


「かっこいい……」


 頬を紅潮させ潤む瞳でそう呟いたのだった。








―キーンコーンカーンコーン

鳴り響く予鈴の音


「クソっ、時間軸の調整忘れてた!」


 そう独り言ち、俺は階段を駆け上がる。

やっとの思いで教室に辿り着き扉を開ける。その音に反応して中にいた人間が音源、俺の方へと視線を投げてくる。


「すみません。遅れました」


 俺はそう言って席に着こうと歩き出す。しかしそこで担任の中村先生が口を開いた。


「北条……お前、またか」


「……はい」


 一瞬、静寂が場を支配する。そして、


「「「あはははははははははははは」」」


 教室が笑いで包まれた。なぜこの場面でみんなが笑っているのかといえば


「また召喚されたのかよ」

「さすがに召喚されすぎじゃない?」

「異世界を救って遅刻って(笑)」


 などと言っているのが聞こえることから推して知るべし。


 俺-北条勇気は普通の高校生男子。そう、普通の高校生だったんだ。少し前までは…

 一ヶ月前、普通に登校した俺は突如謎の光に包まれ目を開けると眼前に広がっていた景色は壮大な異世界の情景、俺は異世界へと召喚されたのだった。それから待ち受けていたのはよくある異世界もののラノベそのままの展開で世界が危機だの魔王を倒してくれなど言われ俺の冒険が始まったのだ。

 数々の苦難の乗り越えてやっとの思いで魔王を倒した俺は異世界の人々の感謝を一身に受け無事元の世界へと帰還できたのだった。そして安心し切っていたのだ、異世界召喚などという非日常はもう二度とやって来ないのだと。


 異世界を救った後、俺が戻ったのは召喚された直後の世界だったので長い行方不明となって周りに心配をかけることも、注目されることもなかったためその日一日は何事もなく過ごすことができたのだが、問題はその翌日。午前中の授業が終わり生徒の大半が昼食をとるために購買にいたり机の上に弁当を広げたりしている中、俺はトイレへと向かった。用を足し教室へ戻ろうと歩き出したまさにそのとき、俺は突然謎の光に包まれた。強い既視感を抱きながらまさかなと思いつつ目を開けるとそこは………


 新たな異世界だった。


 それから始まったのだ、俺の地獄の日々が。


 一日おきに召喚され世界を救わされる毎日。救っては召喚され、救っては召喚される。そのせいか今では自分の力で世界を渡れるようになってしまった。もうこんな生活うんざりだ。

 そんなこんなで一ヶ月以上異世界を救う生活を送っている。先ほどクラスのみんなが遅刻した理由をすんなり受け入れてくれたのは、異世界召喚に巻き込んでしまったことがあるからだ。そんな事情もあり異世界の存在を身をもって体感した彼らは他にも世界があること、俺の被召喚体質も受け止めてくれたのである。

というわけで異世界召喚以外の悩みやストレスをため込まずに日々を過ごせている。


「まあなんだ、理由は分かった。遅刻はなかったことにしてやるから安心しろ」

「ありがとうございます」


 クラスメイトを巻き込んで召喚されたときに担任である中村先生も一緒に召喚されているので俺の性質を理解してくれている。たびたび召喚される俺を気遣ってくれるいい先生だ。本当にありがたい。


「それじゃあ呼んでくるからちょっと待ってくれ」


 そう言って中村先生は教室を出ていった。


「何の話だ?」


 いまいち状況がつかめず疑問をそのまま口に出してしまう。先程までの話を聞いていなかったので知らないのは当然だが何事か説明して欲しいものだ。

 とは言っても遅刻したのは俺なのでその文句はお門違いというものだろう。誰かに聞くかと思った俺に話しかけている奴が一人いた。


「今日もお疲れ様。毎日召喚されて大変ね」


 そう言って俺を労ってくれるのは隣の席の有嶋優花だ。その顔には優しい微笑が浮かんでいる。


「魔王を倒すだけなら大した手間でもないんだけどな」

「普通は魔王を倒すのは手間なの!というか偉業なのよ?世界が滅びるかもしれないっていうのに……。片手間で滅ばされる魔王が哀れだわ。ほんと私たちが召喚されたとき北条が一緒にいてくれてよかった」


 肩をすくめて返した俺に最初は威勢よくツッコミを入れた有島だったが徐々に神妙な面持ちになり最後の方はほとんど呟きになった。


 仕方ないと言えば仕方ない。有嶋たちは本当に普通の高校生だった。そんな奴ら突然異世界に召喚され魔王を倒せと戦場へと送り込まれたのだ。内心では帰って来られたことに安堵しているのだろう。そのときの俺はある程度召喚に慣れていたとはいえ今朝のように空間転移して直接魔王を倒しに行くことなどできなかったためクラスメイトに戦闘、言ってしまえば生き物を殺すことを経験させてしまった。中には死にかけた奴もいた。幸い全員無事に帰還できたがトラウマになっていても不思議ではない。


 それは目の前の有嶋も例外ではなく、先程の言葉からも伺える。


 俺はそんな様子の有嶋の気を紛らわすためさっきから気になっていたことを聞いた。


「そういえば、なんで先生は教室を出ていったんだ?」

「なんか編入生が来るって話らしいけど…」


 俺と有嶋は揃って首を傾げた。


「こんな時期に編入って」

「そうよね」


 新学期が始まって一ヶ月弱、こんな時期に編入なんて余程の事情があるのか。


 周りはガヤガヤと編入生の話で盛り上がっている。この光景もよく見れば違和感しかない。俺たちと同じ疑問を抱いている奴が一人もいないのだ。まるでそれが当然のことであるかのように。


 そう意識したときに背筋に悪寒が走った。何故だか嫌な予感がする。別に命にかかわることではない気がするが…


 ガラガラガラとドアが開けられる。そして俺の予感が正しかったことが証明されることになった。


「おーし、少し静かにしてくれ」


 そう言いながら教卓につく先生の横にいる少女?がいた。そう少女?がいたのだ。そんな少女?を見ていると不意に目が合う。少女?の目は輝いているように見えた。


「よし、それじゃあ自己紹介してくれ」


そう先生に促された少女は俺に視線を固定したまま、


「はい、初めまして皆様。私はアリシャと申します。そしてお会いしたかったです勇者様!」


 ととんでもない爆弾を投げつけてきたのだった。

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