閑話 ランヅ
くそったれな人生だった。
「くそったれ……」
口に出しても何も変わらない。
王城近くの騎士団本部の隅にある犯罪者用の牢獄。そこにオレ、ランヅは投獄されていた。苔まみれで古ぼけた石造りの牢獄、錆びついた鉄格子、そして重く沈殿したような空気。
「しけた場所だぜ、まったくよ……」
食事として出されたパンをかじり、スープをすする。
オレが投獄されたのは盗賊をやってて敗北し、捕まったからだ。オレたちを捕まえたのは、3人組の女冒険者。若く整った身なりの女どもだったから世間知らずの貴族か何かだろうと高をくくってかかったが、オレたちは見事に敗北し捕らえられた。
特に印象的だったのは、リーダー格らしいシルリアーヌとかいう女。
いかにも大事に育てられた世間知らずのお嬢ちゃん、という雰囲気でオレたちに同情的な目を向けてきやがったから、思わず仲間以外にはしたことない身の上話なんてしちまった。
貴族の屋敷で不注意で借金を負わされたこと、借金の肩代わりを条件にミランダのパーティー『聖女の兵団』に加入したこと。そしてそこで手柄を横取りされ天職が力を失うまで使い潰され、あっさり追放。転職の祝福を失ったオレは冒険者として食べて行けず、盗賊なんかに身を落としたこと。
「ふん……」
その結果オレは牢獄入り。一緒に盗賊稼業をしていた仲間たちも各地の牢獄に投獄されたり強制労働に送られたりして、散り散りになっちまった。
投獄された時の騎士どもの態度は、それはまぁ酷かった。
殴る蹴るは当たり前、食事は一日に一度硬いパンを投げ込まれるだけ。王都に勤務する騎士どもは下っ端でもほどんど貴族の息子だからな、オレみたいな平民の盗賊への当たりはそれはまぁ激しかった。
まぁオレも貴族のボンボンどもと仲良くするつもりは無かったから、構いやしなかったが。
「ズズ……」
木の器に入ったスープをすする。
しかし今、オレの前には器に入ったスープが出されている。回数だって一日に三回出るようになった。
殴る蹴るは鳴りを潜め、世間話の相手だってしてくれる。
「お前も苦労したんだな、すまなかったな」
「高位貴族の方の中には、あまり良くない噂のある方も多いからな。俺たちみたいな下位貴族も苦労してるんだぜ?」
「あまり量は出せないが、食事くらいはちゃんと出してやるからな?」
そんな言葉をかけてくる様になった。
そうなると困惑するのはこっちだ。
どうしたのか聞くと、なんと王女殿下がオレの情状酌量を騎士や衛兵に訴えて回っているらしい。確かに悪いことをしたが、貴族の良くない行いのせいでやむを得なかったのだと。王国としてはその点を考慮し罪を軽くし、今後このようなことが起こらないよう貴族の方も身を引き締めるべきだと。
その声が彼らの耳にも入ってきたらしい。
なんだって王女殿下がオレなんかのことを……。
そう思ったが、その王女殿下の名前を聞いて腑に落ちた。
その王女の名前は、第七王女シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユ。
なんと、オレを倒して牢獄送りにした女冒険者の名前だった。
その女は王城や町やギルドで、何度も俺のことを訴えてくれていたらしい。
ハッ?!
おめでてぇな、王女様はよ?!
可哀そうな平民に同情して人気取りかよ?!
高貴な方々の考えそうな事だなァ?!
「なんだってんだよ……全くよ」
そうは思うが、あのシルリアーヌという女の事を考えるとモヤモヤする。
オレなんかとは違う、そうあってほしいと思った存在がそこにあるような気がしてしまう。
そんな時だった。
「グオオオオオオオオッ!!」
「な、なんだ?! 魔物?!」
「お、応戦だ! 応戦しろ!」
響いてくる複数の魔物の咆吼と、慌てふためく騎士たちの声。
剣戟の音や術の炸裂する音が響いてくるが、魔物の気配はどんどん多くなっていく。そして響く騎士たちの悲鳴。
「オイオイ、勘弁してくれよ。騎士団本部の敷地内だぜ? なんで魔物が出てくんだよ……」
魔物の襲撃?
んなアホな。ここは王都の中だぞ? なんで魔物がいるんだよ……。しかもオレは牢獄の中だ。武器もないし逃げ道だってない。こんな所に魔物が押し寄せてくれば、待っているのは死あるのみ。
気が気でなく牢獄内をうろうろしていると、爆発音が響く。
「うおおっ?!」
唐突な爆発音と振動に、たまらず転倒する。
「全く、どうなってんだ……」とボヤキながら起き上がったオレの目に飛び込んできたのは、爆発の衝撃で歪んだ鉄格子だった。完全に壊れている訳じゃないが、格子が歪んで蝶番が外れかかっている。思いっきり蹴り飛ばせば外れそうだった。
「これは脱走じゃねぇ。自分の身を守るためだよ、っと」
鉄格子を破壊し牢獄を抜け出し町に出てきたオレが見たものは、牢獄に閉じこもっていたほうがマシだったんじゃないかと思えるような光景だった。
町の中を我が物顔で闊歩する魔物ども。
あちこちから火の手が上がり、逃げ惑う人々。
そしてそんな人達を魔物どもがまるで刈り取るように殺していく。
騎士や冒険者も応戦していたが、魔物どもの数はあまりにも多かった。完全に後手に回り、右往左往し、翻弄されるがままとなっていた。
「ちっ、騎士どもは何やってやがんだ。いつも偉そうに言ってやがるんだから、こういう時くらい働けってんだ」
そのあたりに転がっていた槍を拾い、走り出す。
オレは独身だし親は田舎の村にいる。だから王都に家族はいないが、冒険者だった頃つるんでいた仲間だっている、行きつけの店には顔なじみだっている。そいつらの事が心配になった。
オレのランスマスターの天職は大した力を発揮できない。
だからなんの足しにもならないかもしれねぇが、居ても立ってもいられなかった。
冒険者ギルドの方へ向かっていたオレは、そこで目にする。
――銀の光を放つ純白
美しい銀の髪を振り乱し魔物を次々切り伏せていく、白いドレスを身にまとう少女。
手に持つ白い刀身が、まるで舞う様に眩い軌跡を描く。
「シルリアーヌ……王女殿下……」
思わず呟いていた。
オレを負かして牢獄送りにし、そしてオレの罪を軽くするために駆け回ってくれた王女殿下。
その姿から目が離せない。
「魔物はボクたちと近衛騎士さん達が受け持つよ! だから冒険者のみんなは戦えない町のみんなを護って、避難させてあげて!!」
だから、そんな声が聞こえたとき前に進み出ていた。
オレと同じように前に出た冒険者はほかに二人。
オレたち三人に、シルリアーヌ王女はお願いしてくる。自分と近衛騎士で魔物を退治するから、オレたち冒険者で町の人たちを守って避難させてほしいと。
正気か?
魔物はすごい数だぞ?
シルリアーヌ王女のドレスはよく見ると返り血で真っ赤に染まり、あちこち破れて酷い状態だ。
そんなお世辞にも綺麗とは言えない状態で、自分が魔物を倒すと宣言する王女の姿を、とても美しいと思った。
高貴、という言葉が脳裏に浮かぶ。
貴族や国王の血を引くから高貴なんじゃない。
貴族家や王家に生まれるから高貴なんじゃない。
それは人の内から湧き上がる、澄んだ心の煌めきだ。
「――第七王女シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユの名において命じます。ボクの名代としてボクの大好きな町を、ボクの大好きな人たちを護って!」
だからそう言われた時、自然と跪いていた。
いけ好かない騎士どもの取る、いけ好かない所作。
そしてその体勢で応える。
「御意、王女殿下!!」
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