第74話 宣言
そこにいたのは、ボクがあこがれた冒険者ベルトランだった。
城門の騎士さんが言っていた、蛮理弌刀というS級冒険者がこちらに向かっている、という言葉が脳裏に浮かぶ。
もしかしてベルトランが、と思ったけど今はそれより気になる事がある。
「え? いまシリルって……」
目をぱちくりとベルトランを見返す。
ベルトランはここ最近呼ばれるようになった名前じゃなくて、昔から呼ばれていた名前でボクを呼んだ。
ベルトランはそんなボクを足の先から頭のてっぺんまで眺めて、にやりと笑う。
「おーおー、そうやってるとホントに王女様にしか見えねぇなぁ?」
「うえぇっ?! こ、これは違う……いや、違わないけど……あ、あんまり見ないで……」
思わず恥ずかしくなって、着ていたドレスを両手で隠すように抱きしめる。
最近は慣れてきちゃってあんまり気にならなかったけど、昔から知っている人に見られるのは――恥ずかしいっ!
「ううう……」
「ははははっ! いいじゃねぇか、マジで似合ってるよ。カワイイは正義ってな」
からからと笑うベルトラン。
しかしその間にも彼は止まらない。
今この時にも魔物は襲い来る。ぺたんと座り込んでしまっているボクを中心にベルトランから精霊術が放たれダガーが煌めき、魔物を牽制する。そして一瞬の隙をつき、小柄とはいえない彼の身体が滑るように奔り魔物を斬り刻む。
まるで一流の料理人が調理を仕上げていくような淀みのない動きで、次々魔物を倒して行くベルトラン。
そして真剣な表情で言う。
「……その様子だと、アルベールから聞いたな? お前が王家の血を引く正当な王位継承者だと」
「っ?!」
びくりと身体が震える。
「訳あってあの村で育てられていたが、お前は今代の国王陛下の血を引く王子だ。正真正銘のな」
そして、アルベールさんと同じように訳の分からない事を言う。
「そりゃ村の父様と母様が本当の両親じゃない事は知ってたけど……でも本当に王族だなんて……」
いろいろな事がぐるぐと頭を回る。
「……っていうか」
きっ、とベルトランを睨みつける。
「正真正銘の王子なんだったら、どうしてボクはドレスを着て第七王女って事になってるのさ?」
言うと、魔物を斬り伏せていたベルトランは一瞬ぴたりと動きを止め、そっと視線をそらした。
「あ~~、やっぱそう思うよな?」
「当り前だよ!」
ぷぅと頬を膨らませると、ベルトランは軽く苦笑したあとすぐ真顔に戻って続ける。
「あのころ王宮で、王子が立て続けに二人も暗殺される事件があったんだ。そんな時産まれたのが、男児であるお前とリリアーヌ王女殿下の双子の子供。お前を産んだ側妃フランシーヌ様は、お前を王子だと発表すれば暗殺されるのではないかと危惧なさった」
ふたたび流れる様な動きで魔物を倒しながらも、淡々と話し続けるベルトラン。
「だからフランシーヌ様は『死産』だったという事にして、信頼していた側近に頼みお前を王宮の外に逃がすことにした。フランシーヌ様はお前がどこかの村で穏やかに一生を過ごすことを望んでらしたそうだが、もし王宮に戻ってくることがあっても命を狙われないように『双子の姉妹』だった、と二重のウソをついてな」
「そんな……」
そんな事を急に言われても……。
「その命を受けた側近というのは、元冒険者のある老夫婦だ。夫はリリアーヌ王女殿下を見守るため王宮に残り、妻はお前を連れて王宮から脱出しある田舎の村に居を構えることにした。お前にフランシーヌ様が名付けた『シリル』という名前をつけてな」
「え? もしかしてその老夫婦って……」
脳裏に村のオババと、その旦那さんのオジジの隻眼の顔が浮かぶ。
ベルトランはそれには答えず、にやりと笑う。
「その夫の方が俺の剣の師匠でな、師匠に頼まれてたまに村の様子を見に行ってたんだよ。魔物の駆除なんかもしないといけねぇしな。まぁ魔物の方はババアに任せときゃどうにでもなるだろうが……、だからなシリル」
そこでベルトランはボクの顔を正面から見つめた。
「あそこでオレとお前が出会ったのは偶然じゃない。……まぁ、本当は剣を教えるつもりはなかったがな」
「そうだったんだ……」
心がじんわりと温かくなってくるのを感じる。
ベルトランは、ボクのために色々やってくれていたんだ。オババとオジジもそうだ。
どんな顔をしているのか肖像画すら見たこと無いフランシーヌ様――お母さんだって。確かもう亡くなっているはずだけど、ボクのために色々考えてくれていたんだ。
だけど
暖かい感情に満ちた心の中に、すっと影が差す。
「だけど、それとボクが王族としてやっていけるかどうかは別の話だよ……」
いちど口を開くと止まらない。
不安な気持ちがどんどんと流れ出してくる。
「ボクはずっと田舎の村で育ったし、急に本当の王族だとか言われ騎士さん達を率いてくれとか言われても無理だよ……」
色々な感情がぐるぐると渦巻き、なんだか泣きたくなってきた。
「ぐすっ……」
あ、もう泣いてるかもしれない。
魔物を倒し続けていたベルトランはすこし動きを止めると、「うーん……」と考え込むような表情をした。
「俺はお前ならなんとかなるんじゃないかと思ってるが……そうだな――」
そして再びボクの顔を覗き込んで言う。
「お前は言ったな、俺のような立派な冒険者になりたい、って」
「う、うん、言ったよ?」
こくこくと頷き答える。
あの時からずっと、ベルトランみたいな立派な冒険者になる、ってのはボクの目標だよ?
「言ったことは無かったが、俺は冒険者ギルドからS級の認定を受けている」
「あ、やっぱり蛮理弌刀ってベルトランの事だったんだ?」
「まぁ、そうだ。……自分で蛮理弌刀って名乗ったことは無いんだが、冒険者として有名になるとな、自然と二つ名で呼ばれるようになる」
「へぇ~~、なんだかカッコイイね」
すこし照れくさそうなベルトラン。
でも、そうだったんだ。
ボクにもなにかカッコイイ二つ名が付くといいな。
「お前はS級冒険者になりたいのか?」
「え?」
「お前は何のために冒険者になりたいと思った? S級冒険者という肩書が欲しかったのか? 二つ名が欲しかったのか?」
「ち、ちがうよ!」
思わず声を上げる。
「ボクが冒険者になりたいって思ったのは、誰かのためになる、みんなを助けられるような人になりたかったからだよ!」
そうだ、初めてベルトランに会って助けてもらった時にそう思ったんだ。
誰かを助けてあげられるような人になることが出来たら、それはとても素敵な事だなって。
そんなボクをベルトランは優しい目で見て言う。
「それは、冒険者でないと出来ない事なのか?」
「え?」
「世の中には色んな職業や立場の人間がいる。どんな人間でもそれぞれの領分の中で頑張る事で、それは世の中のためになっている。お前が本当にやりたかった事は、冒険者という肩書が必要な事だったのか?」
ぽかんとしてベルトランを見つめ返す。
正直、考えたことがなかった。
ベルトランみたいな立派な冒険者に、漢の中の漢になりたい、という気持ちばかりが先行していたから。
でも言われてみれば、確かにそうだと思う。
ボクが本当になりたかったのは『誰かを助けられる存在』であって、『立派な冒険者』じゃない。自分の格好とか肩書なんて関係ない。ボクがボクのまま出来ることを精一杯やって、それがみんなの為になればいい。
「そうだ、お前はお前がやれることをやればいい。無理そうなら周りの人を頼れ。シリルは人に好かれる質だからな、素直に頼めば大抵のヤツは断らねぇよ。……カワイイは正義、ってな?」
「もう……!」
にやりと笑うベルトランに、苦笑を返す。
でも、確かにそうだ。
リリアーヌ、エステルさん、ジゼルちゃんの顔が浮かぶ。ロドリゴさん、パメラちゃん、コレットさん、そして冒険者のみんなもとても良くしてくれた。ボクの頼みなら聞いてくれる、なんて考えは出来ないけど、素直にお願いも出来ないほど知らない仲じゃないはずだ。
目の前にかかっていたもやが晴れていくような感覚。
「いい顔になってきたじゃねぇか」
満足そうに頷くベルトランに頷き返し、立ち上がる。
手に持つのは純白の聖遺物、疾風たるファフニール。
その勢いのまま輝く刀身を抜き放ち、襲ってきた数体の魔物を両断する。
周囲を見回してみると、町はまだ大混乱のままだった。
近衛騎士さんや冒険者のみんなも戦っている。だけど、連携が取れていなくてみんな動きがバラバラだ。魔物を倒そうと向かって行ったり、誰かが襲われて慌てて戻って来たり。どこからともなく次々現れる魔物に翻弄され、右往左往している。犠牲になる人も刻一刻と増えていく。
とりあえず、戦えない人たちを非難させないと。
「みんな、聞いて!!」
気が付けば、次々と魔物を斬り伏せながら叫んでいた。
魔物に翻弄されるみんなを見たら、いろいろ悩んでいた事は嘘のように消え去り声を上げていた。
「魔物はボクたちと近衛騎士さん達が受け持つよ! だから冒険者のみんなは戦えない町のみんなを護って、避難させてあげて!!」
叫ぶと、戦っていた冒険者たちがこちらに気付く。
でも、みんな自分の目の前のことに精一杯。なかなかボクの声に応えて行動に移してくれる人は少ない。
でもそんな中、3人の冒険者がこちらに歩を進めてくる。
ひとりは、この前も色々教えてもらったし日頃仲良くしてくれているジメイさん。
ひとりは、名前は聞いてないけど以前妹さんの治療費がなくて困っていた冒険者の男の人。
ひとりは、前に戦った盗賊のリーダーだったランヅ。
あれ、ランヅは盗賊の罪で捕まったはずだよね?
ボクも彼にも事情があるし罪を軽くしてあげて欲しいといろんな人にお願いしてたんだけど、出て来れたのかな?
首をひねるボクにジメイさんが話しかけてくる。
「シルリアーヌちゃん、魔物を受け持つというが大丈夫なのか? すさまじい数だぞ?」
「うん、たぶん大丈夫だと思う。いまのボクはすごく調子がいいし、近衛騎士さん達もいる。だから冒険者のみんなは町の人たちを護る事に専念して欲しいんだ」
そして伝える。
いつもお世話になっている町のみんなが危険な目に合うのは耐えられない。みんなを護って欲しいと。
「……分かった、お前には世話になったみたいだからな」
言葉少なに頷くランヅ。もう一人の冒険者さんも頷いてくれる。
「ありがと、みんな」
笑顔でお礼を伝えながら考える。
ボクのワガママを受け入れてくれるみんなに、ボクがしてあげられる事はないのかな?
そこで思いついたのは大義名分。
一介の冒険者のみんなが自発的に動くよりは、なにか大義名分があった方が動きやすいかもしれない。騎士さんや衛兵さんに聞かれた時、話がスムーズに進むかもしれない。
だから、言う。
胸を張って。
「――第七王女シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユの名において命じます。ボクの名代としてボクの大好きな町を、ボクの大好きな人たちを護って!」
言うと一瞬びっくりした表情を浮かべた三人は、すっと跪く。
片膝をつき右手を左胸に当てる、騎士さんがよくする拝跪の姿勢。まぁそこは冒険者だから、姿勢も動きもバラバラ。
でも3つの口から出た言葉は、不思議と同時だった。
「「「御意、王女殿下!!」」」
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