第73話 真相
王都中に侵入した魔物達を倒しながら、冒険者ギルドのあった方へ向かった。
遠くに見えてきたギルドのあった場所に、ボクが見たものは――
「アははハハははハハはァ、ざマァみろ!! みたカ、S級冒険者のオレのチカラを!!」
一面の血の海と、そこに沈む町の人たち。
そしてその上で狂ったように嗤うレックスの姿だった。
レックスの左手はまるで狩った獲物を見せびらかすように高く伸ばされ、その手には――
「パメラちゃんっ?!」
ボクの探していたパメラちゃんが、その首を掴まれ高く掲げられていた。
パメラちゃんは意識はあるようで、逃げ出そうとレックスの手を振りほどこうしたり、宙に浮いた足を振り回す。だけどレックスは意にも介さない。
「パメラあッ!!」
「レックス、貴様っ! そこまで堕ちたかっ!」
そんなレックスの前に立ちふさがるのは斧を構えたロドリゴさんと、いつか見た近衛騎士団副団長のアルベールさん。
アルベールさんが剣を構えるけど、レックスが腕の中のパメラちゃんを盾のように前に突き出す。あれでは迂闊に攻撃できない、パメラちゃんに当たっちゃう……。
「……くうっ!」
「はハハハははははハはハははハ!!」
苦渋にゆがむアルベールさんの顔と、楽しげに嗤うレックス。
「いけないっ?! パメラちゃんを助けないと!」
みんなと頷き合い走りだすけど、レックスやパメラちゃんがいる所までまだ距離がある。
間に合って……そんな気持ちで走るボクの前で、レックスが剣術スキルを放つ。
「飛龍砕黎ッ!!」
「ぐあッ?!」
「うわあッ?!」
放たれた衝撃波に、アルベールさんとロドリゴさんが吹き飛ばされる。
「はハハはハハはは! ざマァないな、近衛騎士団!!」
倒れ伏すふたりに軽い足取りで近づくレックス。
そしてアルベールさんのお腹に、ずぶりと剣を突き刺した。
「ぐああああっ?!」
「ハハはハははハハははハ! みたカ、S級冒険者のオレのチカラを!! チっ、おマエはもう用済ミだ!」」
「きゃあっ?!」
攻撃するとき邪魔になったのか左手のパメラちゃんを無造作に放り出す。
そしてアルベールさんに突き刺した剣を、嬲るようにぐりぐりと深く突き刺してゆく。
「ハハははハはハははハハ!!」
「ぐ、ぐうぅっ……?!」
お腹からどんどんと血が流れだし、苦悶の表情を浮かべるアルベールさん。
「パパ?! パパぁ?!」
「ぐうっ……パメラ、オレの事はいい、逃げるんだ……!」
「いやあっ?! パパもいっしょじゃなきゃイヤ!!」
倒れるロドリゴさんに駆け寄り泣きじゃくるパメラちゃん。
みんなを助けるために駆け寄るボクの脳裏に浮かぶのは、どうして、という感情。
レックスは正直あんまり気の長い方じゃなかった。
イライラしている事も多かったし、意味なく殴られたことだってある。彼の事をよくない風に言う冒険者は多かったし、確かに善人とは言えないかもしれない。
でも才能はあると思うし、若手冒険者の中では上位に入る実力者なのも間違いないと思う。
それになにより田舎から出て来たばかりで右も左も分からないボクには、パラディンという上位天職を持ち自信にあふれたレックスの言動は、とてもきらきらして見えたんだ。
そんな気持ちを込めて叫ぶ。
「咎め給え神の審判!!」
天上からレックスの向かって降り注ぐ白い光。
「あアぁッ?!」
レックス頭上から迫る神聖術に気付き、アルベールさんから剣を引き抜き後ろに大きく飛び退る。
「レックス! どうしてっ?!」
アルベールさんやパメラちゃんとレックスの間に、割って入り叫ぶ。
「あァぁ? だれカと思エバ売女か。多少チカラを取り戻シテ調子に乗っテイルようだが、オレは更なるチカラを手に入レタぞ! 誰モ手にシタ事のナイ、新たなチカラをなァ!!」
ボクに気が付いたレックスが、ボクを指さし叫ぶ。
「このチカラを使エバ、近衛騎士団も鬱陶シいギルドの奴ラもこの通りダ! オレが最強ダぁ! ウへぁハはハハははハははハハハぁ!!」
倒れている町の人や冒険者たちを踏みつけて、げらげらと嗤うレックス。
――ぞくり、とした。
これは、誰?
これはレックスじゃない。レックスはそんな人じゃなかった。
確かに人に当たる事はあったけど、手当たり次第に人を殺めてその上で力に酔いしれる様な人じゃなかった。
そんな事を考えていた僕に、切羽詰まった声で叫ぶリリアーヌ。
「ここは妾たちが引き受ける! アルベールの回復を頼むのじゃ!」
「わ、分かった! お願いするね!」
頷いて返す。
確かに、今はそんな事を考えている時じゃない。
「では行くのじゃ! 妾たちの力を見せつけてやるのじゃっ!」
「魔物の数が多いですので、ペース配分をお気を付けください。ジゼルさんも行きますよ?」
「分かったの! お姉さまには指一本ふれさせないの!!」
武器を構える三人に背を向け、アルベールさんに向き直る。
そして息を呑む。
気を失ってぐったりと倒れているアルベールさんは酷い状態だった。ロドリゴさんもダメージを負っているけど、深い傷は見当たらない。でもアルベールさんは何か所か急所を貫かれているうえ、何よりお腹の傷が酷い。
「因果を覆す神の意志!!」
唱えるとアルベールさんの身体が白い光に包まれる。
上位上段の神聖術リザレクション。
あらゆる怪我や状態異常を治療する、神聖術最上位の回復術。欠損すら直すこの術だけどそこは人の使う術、万能じゃない。失われた血液は戻らないし、体力だって一瞬で元通りとはいかない。
たとえ怪我が治り命をとりとめても、危険な状態であることには変わりない。戦線復帰は難しいだろう。
「う……シ、シルリアーヌ王女殿下……?」
「あ、アルベールさん、気が付いた?!」
気を失っていたアルベールさんが、いまだ朦朧とした意識のなか目を開ける。
となりに膝をつき半身を起こしてあげると、アルベールさんの震える手が何かを訴えかけるように伸ばされる。
「わ、私はこの状態ですので戦えません……。シルリアーヌ王女殿下……御身がこの場の指揮をお取りください……」
「えっ?」
それは予想だにしない言葉だった。
指揮? ボクが?
周囲を見ると、近衛騎士団の騎士さんがあちらこちらで戦っているのが見える。
彼らの指揮を、ボクが?
「え? あ、そうか、リリアーヌか。うん、リリアーヌにお願いして……」
そうだよね、本物の王女殿下のリリアーヌがいるんだもんね。
ボクの事じゃないよね。びっくりしちゃったよ。
戦っているリリアーヌの方に視線を向けたボクに、アルベールさんはふるふると首を振る。
「……いいえ、シルリアーヌ王女殿下、第七王女である御身がこの場での最高位です。御身が指揮をお取りください……」
「えぇっ?!」
びっくりして声をあげてしまう。
いや、アルベールさんは知らないかもしれないけど、ボクは偽物の王女で、本当は男で。
だから第七王女だからとか言われても……。
戸惑うボクにアルベールさんはさらに言葉を続ける。
「わ、私は……国王陛下の勅命でつい先日までシルリアーヌ王女殿下の身辺調査をさせていただいていました……」
「身辺調査? ボクの?」
目をぱちくりとするボク。
そんなボクにアルベールさんは、朦朧とする意識のなか軽く笑う。そして「シルリアーヌ王女殿下が……第七王女であることが発表された直後からですよ」と言われ納得する。
あれはあまりにも突然の事だった。
ボク自身なにが起こっているのかよく分からなかったもん。それに事が王位継承者だもんね。裏でボクの過去とかに対して調査とか入ってたとしても不思議じゃないかもしれない。
「あれ? それじゃぁ……」
おかしい、それはおかしい。
それじゃ王宮は、国王陛下は……。
アルベールさんは苦しそうな表情だったけど、しっかりとボクの目を見て言う。
「ですから、御身がいま何を気にしていて、何に戸惑っておられるのか理解出来ているつもりです。御身が今置かれている状況では、そう思われるのも仕方のないことだと思います……」
「だ、だったら……」
なにがなんだか分からない。
アルベールさんはボクが田舎の村の出身で、もしかしたら男である事も分かっているって事?
じゃあ、ボクが偽物の王女だって分かるよね?
だったら、どうしてそんな事言うの?
どうしてボクはいまだに第七王女って事になってるの?
だけどアルベールさんの言葉は続きがある。
「ですが……私は任務の前、国王陛下より直接うかがいました。シルリアーヌ王女殿下、あなたは王家の血を引く正当な王位継承者だと。今この場で我々近衛騎士団を率いる資格のある御方だと……ぐぅっ?!」
苦悶の表情を浮かべ、がくりと気を失うアルベールさん。
「え?! ちょ、ちょっと?!」
そんな事を言うだけ言って気を失われても困るんだけど?!
重体の怪我人に申し訳ないけど、アルベールさんの体を何度かゆする。
「ボクが王家の血を引く、ってどういう事なの?! そ、そんなのおかしいじゃない?! ボクが王女な訳ないじゃない!」
本当は誰かに聞かれるかもしないこの状況で口にするべきじゃないんだろうけど、止まらなかった。
「ボクの父様と母様は、村の父様と母様だよ?! 王位継承者っておかしいじゃない?!」
アルベールさんの体をゆするけど、答える声はない。
いろいろな事が頭をぐるぐると回る。
村で父様と母様と暮らしていたこと、オババにいろいろ教わったこと。ベルトランと出会って冒険者に憧れて、王都に出てきたこと。そこで色々あったけどリリアーヌたちと出会って、女装することになっちゃったけどシルリアーヌとしてちゃんとした冒険者になれたこと。
そして成り行きで第七王女になっちゃったこと。
おかしいよ、ボクは男なのに。
ボクはベルトランみたいな漢の中の漢になりたかったのに。
わけがわからない。
頭がぐるぐるとする。
「グオオオオオオオオッ!!」
「え?」
気が付けば目の前で、ボクの倍はある巨大なキメラがその爪を振り下ろそうとしていた。
「や、やばっ?!」
慌ててファフニールを構えようとするけど、ボクはアルベールさんを抱えたままだった。
アルベールさんの体を投げ出すべきか一瞬躊躇してしまったボク。
その一瞬の間に振り下ろされるキメラの巨大な爪。
避けられない?!
思わず目を瞑ったボクの目の前で――
「ギャアアアアアアアーー?!」
まっぷたつに両断されるキメラの身体。
「え?」
倒れるキメラの体と飛び散る鮮血の向こうで、光るブロードソードを振り下ろした冒険者の姿が見えた。
適当に刈りそろえた短髪と無精髭が特徴の、30代中盤くらいのベテラン冒険者らしき風貌。
右手のブロードソードと左手のラウンドシールド、そして腰からじゃらじゃらと吊るされたダガーやスリング。決して忘れたことのない、ボクが冒険者を目指すきっかけになった人の姿。
「ベルトラ――」
ベルトラン、と名前を呼び掛けてその言葉を飲み込む。
今のボクはシリルじゃない、シルリアーヌだ。どんな声をかければいいのだろう?
戸惑うボクに、ベルトランはにやり、と笑って言った。
「久しぶりだな、シリル」
お読みいただいて、ありがとうございます。
少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。
つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。
なんの反応も無いのが一番かなしいので……。




