第72話 王都炎上
ボクたちはその日、ギルドで討伐依頼のあった魔物を討伐して王都に帰ってきていた。
王都サンヌヴィエールをぐるっと取り囲む城壁に設置された城門は、普段は半分ほど開けられていて軽い検問があるだけだ。サントュイユ王国の中心で物も人も桁違いの行き来が行われる王都では、その全部をきっちり検めているとキリがない、という事らしい。
だけど今、その城門はぴったりと閉じられていた。
閉じられれば当然、王都に入ることも王都から出ることも出来ない。
現に今、城門の前では冒険者や行商人などが大勢集まって、門の前に立つ衛兵や騎士を問い詰めていた。
「あれ何してるんだろ?」
「むぅ、何じゃろうな。なにやら異常があったのかのぅ?」
聞いてみるけどリリアーヌも首をひねる。
「門の故障とかならいいですが、重大な問題が発生している可能性もあります。聞いてみましょう」
「そうだね、それがいいかも」
ただの冒険者の時ならいざしらず、こっちにはリリアーヌという王女殿下がいるんだ。……まぁ、ボクを入れればふたり。聞けば事情くらい教えてくれるだろう。
エステルさんの言葉に頷き、集まっている人達を迂回して警備に当たっていた騎士さんに言葉をかける。
「ねぇ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「なんだ……シ、シルリアーヌ王女殿下っ?! も、申し訳ありません! なんでもお聞きくださいッ!!」
右拳を左胸に当てる仕草で敬礼する騎士さん。
……いや、ボクなんかにそこまでしなくても。
そう思ったボクに対して、慣れているリリアーヌは平然と問いかける。
「のう、これは何事じゃ? 王都に帰りたいのじゃが」
「はッ! 王女殿下方には通用口で申し訳ございませんが、中にご案内させて頂きます! ですが城門に関しましては、現在王都内で魔物が大量発生しているため、決して開けてはならないと厳命されております!」
「はぁ?」
しかし帰ってきた回答に、すっとんきょうな声を上げるリリアーヌ。
王都内に魔物?
え? そんな事ってあるの?
「王都内で魔物が大量発生? なんの冗談じゃ?」
「……なにかの間違いではないのですか? 見たところ城壁も無事な様ですが」
返って来た言葉の異常性に、たまらず口をはさんでくるエステルさん。
そうだよね、王都内が魔物に襲撃されるとすれば、それは魔物に城壁が突破されたって事だよね?
しかし巨大な城壁を見回すボクたちに、騎士さんが答える。
「城壁には異常ありません! 魔物は王都内の複数地点から突如出現したと聞いております! 現在魔物は王都内で猛威を振るっており、騎士団と近衛騎士団が協力して掃討に当たっております!」
「えぇっ?! 王都に魔物が出てきたの? そんな事ってあるの?」
その驚愕の事実に思わず声を上げてしまう。
城壁も衛兵さんもいるのに町の中に突然魔物が出てくなんて、怖すぎるでしょ!
なにはともあれ、事態は差し迫っているみたいだ。
騎士さんに案内された、城門の側の通用口から王都内に移動しながら話を続ける。
「どんな状況なの?」
聞くと、騎士さんの表情は硬い。
「正直申しまして、良くはないようです。騎士団も近衛騎士団も動ける者は総出で対応に当たっておりますし、冒険者ギルドからも蛮理弌刀と呼ばれるS級冒険者が向かっているようです。しかし、魔物の数はあまりも多いようです」
そんなに……。
でも近衛騎士団やS級冒険者が来てくれるのなら、なんとかなるのかな……?
「……王都内に突然魔物が出現するなど、そんな事はありません、あるはずがありません。もしそんな事が起こりえるのであれば、城壁の意味が無くなってしまいます」
カツカツと歩を進めながら、硬い声で言うエステルさん。
だ、だよね? そうだよね?
救いを求めるようにエステルさんを見てしまったボクの耳に、リリアーヌの「……いや」という唸るような声が聞こえてくる。
「そうとも言えんのじゃ。……実は王都にはの、王都の中と外を結ぶ秘密の通路が存在するのじゃ」
「ええっ?!」
「……なんですか、それは。聞いた事ありませんが」
驚くボクと眉をひそめるエステルさんに、リリアーヌが頷きかける。
「うむ、王族だけが知る秘密の通路じゃ」
そこでリリアーヌはちらとボクを見て、申し訳なさそうな表情をした。
うん? 王族だけは知ってるのにボクが知らない事をすまないと思ってるのかな? ボクは偽物の王族だからね、気にしなくていいよ。
笑って首を振るボクに促され、リリアーヌが話を続ける。
「もしもの場合に王族が避難できるよう作られた通路じゃ。近衛騎士なども同行することが前提で作られているからの、そこそこの広さはあるはずじゃ。……実際見たことはないがの」
「それでは人間以上の大きさの魔物なども、通ることが出来るはずだと」
「うむ、そのはずじゃ」
頷くリリアーヌ。
「でも、それってとんでもない事だよ? 魔物が勝手に入って来るとは思えない。王族だけが知っている秘密の通路から誰かが魔物を王都に入れた、っ事になるよ?」
言うと、リリアーヌとエステルさんが表情を歪める。
その恐ろしい考えに身を震わして思考の海に沈みそうになった時、ジゼルちゃんの「お姉さま」という声で我に返る。
「外に出るの。……外が騒がしい、危険なの」
前を見ると、王都内へと入る扉。
そしてジゼルちゃんが言う通り、その向こうは激しい剣戟の様な音、悲鳴のような声、そして魔物の唸るような声が耳に飛び込んでくる。
そうだ、今はあれこれ考えている場合じゃない。
ジゼルちゃんの頭を撫でてあげ、リリアーヌとエステルさんの顔を見る。
頷き返すふたり。
ボクも頷き、「行くよ?」と扉を開ける。
――そこは地獄のようだった。
あちこちから火の手が上がり、逃げまどう人々。
町のみんなに群がっていく魔物たち。狼型や鳥型や、ゴブリンやオークなどの人型の魔物もいる。種類や大きさも様々、そんな魔物たちが嗜虐的な笑みを浮かべて、我先にと押し寄せる。
どこかしこで悲鳴が上がり、血の海が広がっていく。
魔物たちは目に見える範囲だけで数十体はいる。騎士さんや冒険者たちも応戦はしているけど、なにせ魔物は数が多い。対する防衛側は圧倒的に数が足りない。
「くっ、こうしちゃいられない……町のみんなを護るよっ!」
「……分かったの!」
「うむ、当然じゃっ!」
「リリアーヌ様は私から離れないでください!」
腰のファフニールを抜きながら声をかけると、みんな武器を構えてついて来てくれる
ボクは先日、数日だけ鋼の戦斧亭で接客のお手伝いをした。
よりたくさんの人たちと会って噂が嘘だと説明しないといけなかったのもあるけど、なによりボク自身がみんなと会って話しておもてなしをするのが楽しかったからだ。
そして、その成果として――
――体が軽い。
調子が悪いと悩んでいた頃とは比べ物にならないくらい、むしろ今までにないほどに体が軽い。
自分がイメージした以上の速度と精度で体が動く。
「やああっ! 流星星貫!!」
すれ違いざまにスキルを放つと、すべての斬撃が正確に魔物たちの首を切断する。
どさりと倒れる、何体もの魔物。
「喰らうのじゃあ! 火精霊よ集え!!」
リリアーヌの手の中のリンドヴルムが振り上げられる。
杖の先端の宝玉が輝き、魔物たちへと降り注ぐ10ほどのファイアボール。
「グギャアッ?!」
「オルアアァッ!! お姉さまの視界から消えるのッ!!」
「それ以上させません。九十九杠葉流、絶界・漣――」
ファイアボールに怯んだ魔物たちを、ジゼルちゃんとエステルさんが次々倒していく。
うん、いつも通りの良いチームワークで行けてる。
この辺りはあんまり強い魔物はいなかったみたいで、すぐに見える範囲の魔物は殲滅することが出来た。
だけど顔なじみの冒険者に聞いてみると、もう王都中魔物だらけだという。
「どうしよう……」
真っ先に頭に浮かんだのは、鋼の戦斧亭のことだ。
あそこにいるのは、お客さんも含めていい人ばかり。
パメラちゃんのことも心配だ。主人のロドリゴさんは元冒険者だし、冒険者ギルドも近いから大丈夫だとは思うけど……。
「パメラちゃんたち大丈夫かな……あ、でも王宮のほうを優先したほうがいいのかな……?」
ちらとリリアーヌのほうを見る。
ボクとしては早く鋼の戦斧亭へ飛んでいきたいけど、王国として最優先するべきは王宮だというのは理解できる。それにリリアーヌにとっては王宮が家でもあるし、兄弟だって親しい人だっているだろう。
だけどリリアーヌはゆるゆると首を振った。
「いいのじゃ。王宮には第二王子アレクサンドルお兄様がいるからの、近衛騎士団も護りを固めておるじゃろう。妾ひとり帰ったところで、の……」
「リリアーヌ様……」
自嘲気味に笑うリリアーヌと、気づかわしげなエステルさん。
でもリリアーヌは笑顔でボクの顔を見つめ返してくる。
「でも王都の民はそうではない、妾たちの力が必要じゃ。……妾はこの国の王女じゃからの、民を護るのは王族の務めじゃ!」
「――うん!」
そんなリリアーヌに頷き返す。
そうだ、ボクたちの力でみんなを護るんだ!
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