第71話 鋼の戦斧亭へようこそ!!2
わだかまりが解けた冒険者たちをお店の中に案内する。
空いてるテーブルに座ってもらって、注文を聞く。注文を厨房のパメラちゃんに伝え、料理が出来る間にも他のお客さんの注文を聞いたり、新しく来たお客さんを案内したり。もちろん、新しく来たお客さんには、誤解を解くために話しかけるのも忘れない。
そのために、メイド服なんて着て恥ずかしい思いしてるんだからね!
「シルリアーヌお姉ちゃん、料理出来たよ~~?」
「は~~い! 取りに行くよ!」
パメラちゃんの声を聞き、料理を取りに行く。
出てきたのはさっき来たお客さんの注文した料理で、フェザーコンドルのコンフィ。
フェザーコンドルという鳥の魔物の肉を塩やハーブをまぶしてから煮込んだ料理だ。じっくりと煮込んでから軽く焼いてあげると、中はやわらかく外はカリッと香ばしい、美味しいコンフィになる。
ボクが村のオババから教わったのをパメラちゃんに教えてあげた料理で、とっても美味しそうだ。
……なんだけど。
緊張でごくりとつばを飲み込む。
ジゼルちゃんとリリアーヌから、みんなとの距離を縮めるためにやった方がいい、と言われたことがある。ぎゅっと握りしめたのはそのために用意された、コンフィと一緒に渡されたひとつの瓶。卵黄とレモン汁ベースのソース、ソース・アルマンドだ。
さっきの冒険者たちの前にコンフィを置き、ボクの手にはソースの瓶。
テーブルの前に立ち、コンフィにソースをかける。
そろそろと瓶を傾けちょっとだけソースを垂らし、線を引くように少しづつ移動していく。
すると、フェザーコンドルのコンフィの上にソース・アルマンドで描かれたハートの絵が出来上がる。
「お、美味しくな~れ、美味しくな~れ! ご、ご主人様、今日は来てくれてありがとうニャン!」
料理の上にソースでハートを描いて、このセリフを言えば絶対みんなと仲良くなれるってジゼルちゃんに言われたから、ボクは頑張った。
だけど
「……?」
「あ…………?」
「え………………?」
目の前には、ぽかーんとした顔でボクの事を見上げるお客さんの姿が。
うわあああああっ! やっちゃったぁ~~~~っ?!
居ても立ってもいられなくなり、真っ赤になった顔を両手で覆ってしゃがみこむ。
「な、なし! 今のナシ! 忘れて、忘れてえっ!!」
は、恥ずかしいっ! 恥ずかしすぎるうっ!!
もうみんなの顔見れないよおっ!
顔を隠してうずくまり震えるボクの耳に、ジゼルちゃんとリリアーヌの声が聞こえてくる。
「かわいいのっ! 恥ずかしいセリフを口にして照れるお姉さま、尊い! 尊すぎるのっ!!」
「わははははははっ! やりおったのじゃ、本当にやりおったのじゃぁ!」
ううううううううっ!
騙したね?!
ボクを騙したねっ?!
しゃがみこんだまま真っ赤な顔でリリアーヌ達を睨みつける。
だけどその時、我に返ったお客さんたちの声が聞こえてきた。
「今オレ、すっごくドキッとした……」
「な、なんだこれ? なんだこの感情は……」
「この心の奥底に突き刺さるこの感情……これが……恋?」
ええええええっ?!
な、なに言ってるの?! ボク男だよ? 女の子じゃないよ?!
しゃがみこんだまま薄く目を開けるボクの耳に、さらなる喧騒が飛び込んでくる。
「うおおおおおおっ! な、なんだ今のは!」
「かわいすぎるっ! すげぇ、俺にも、俺にもやってくれえっ!」
「注文か?! 料理注文すればいいのか?! するぜ、なんでも注文するぜえっ!」
周囲にいた他のお客さんが達がにわかに騒ぎ出し、次々に料理の注文が入る。
「う、うん! ちょっと待ってて?!」
がばと起き上がりパメラちゃんに注文を伝えに行く。
そこからはもう本当に忙しかった。
どんどん注文が入り、出来上がった料理を運んでいく。そして……
「うう……これ、恥ずかしいんだけどな……。お、美味しくな~れ、美味しくな~れ! ご、ご主人様、今日は来てくれてありがとうニャン!」
「うおおおおっ! 恥ずかしそうに恥ずかしいセリフを言うシルリアーヌちゃん最高!!」
「ううぅ、やめてよ……」
ほんとに恥ずかしいんだよ?
なんかみんな喜んでくれてるからいいけど……、そのセリフを言うたびに恥ずかしくて恥ずかしくて顔から火が出そうだ。思わず顔を手で隠して他のお客さんの方へ逃げ出しちゃうけど、なぜだかみんなの受けは良かった。
そんな感じで、どんどん料理を運び、どんどんハートを描いてそんな事を言って回った。もちろん、まだ声をかけていない人がいたら噂が嘘であることを説明するのも忘れない。
「うおおお! 今夜は最高だぜ!」
「ああ、料理も上手いし、なによりシルリアーヌちゃんがかわいい!」
「最近シルリアーヌちゃんとあんまり話し出来てなかったしな!」
「エールだ! エール持ってきてくれ!」
どんどん盛り上がっていくみんな。
すると自然と注文の入ってくるエール。
……あの恥ずかしセリフは突然ジゼルちゃんが言い出してリリアーヌが悪ノリしただけで、本当ならあんな事をするつもりじゃなかった。だから、ボクはボクでみんなに喜んでもらおうと用意していた事があるんだよね。
木製のジョッキに入ったエールを、どんと顔なじみの冒険者の前に置く。
「んふふふふっ、どうぞ! さぁ、飲んでみてよ!」
「えぇ? あ、ああ……」
ボクが胸を張り自信満々に差し出したジョッキに、戸惑う様な表情のお客さん。
でも彼はジョッキを傾け一口飲むと、「なんじゃこりゃぁ!!」と声を上げた。
「エ、エールがキンキンに冷えてやがる! う、うめぇ! なんじゃこりゃ!!」
「んふふふふっ、どう? びっくりしたでしょ?」
目を丸くして驚くお客さんの様子に、嬉しくなって口元が緩む。
「ボクが作った魔導具で冷やしておいたんだ。名前は……そうだね、冷蔵庫ってところかな? 中に入れた物を冷やすことのできる魔導具でね、みんなをびっくりさせようと思って作ったんだよ?」
「あ、ああ……! すげぇ! いつものエールが冷えてるだけで、こんなにもうめぇ!!」
彼は嬉しそうに、ぐびぐびとエールを喉に流し込む。
「っくあ~~ッ!! うめぇ!!」
「ああっ?! 俺にも、オレにもくれ!」
「エールだ、エール! こっちにも持ってきてくれ!」
彼が空のジョッキをどんと机に置くと、周囲から次々と声がかかる。
エールに料理に、次々に注文が入った品を運んでいく。
運ばれた料理や冷えたエールを、本当に美味しそうに味わうお客さんたち。今日は良い日だ、来てよかった、そんな気持ちが言葉にださなくても伝わってくる。だから、あの恥ずかしいセリフを口に出すことも、いつの間にかあんまり気にならなくなっていた。
みんなが心から楽しい、と思ってくれているから。
来てくれてありがとう、という感謝の気持ちは本物だから。
「シルリアーヌちゃん、こっちにも!」
「あ、はい! ちょっと待ってて?!」
「後でいいからさ、エール追加持ってきてくれよ!」
「うん! すぐ行くよ!」
最近悩まされていた、町のみんなとの距離はいつのまにか消え去っていた。
どうしてそんなことに悩んでいたんだろう、って思うくらいあっさりと。
「シルリアーヌちゃん、ホント避けるような感じになっちまってごめんな。噂の方も知り合いに説明して回ってみるわ」
「ううん、こっちこそ気を遣わせちゃってゴメンね? 噂の事はちょっとでも力を貸してくれると嬉しいな?」
何度も謝ってくれる人や、噂を否定するため力を貸してくれるという人もいる。
みんないい人ばかりだ、そう心から思う。
王都に来てからいろいろあったけど、ボクはこの町とそこに住むみんなが大好きだ。
ボクはこの町のため、町のみんなのために何が出来るだろう、そんな事を考えていた。
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