第70話 鋼の戦斧亭へようこそ!!
「どうしてこんな事になったんだろう?」
この言葉を口に出すのは、今日何度目かな?
あれからボクは鋼の戦斧亭の一階に下りて行って、主人のロドリゴさんとその娘のパメラちゃんに説明をした。ボクに関するおかしな噂が広まっている事と、それを解決するために鋼の戦斧亭の店頭に立って接客をしたい、と。
自分でもどうしてそうなったのかよく分からない説明をすると、ロドリゴさんはすっごく驚いていた。そりゃまぁそうだよね。「いや、王女殿下にそんな事をさせる訳には……」とかいっておろおろしていたけど、割とあっさり受け入れてくれたパメラちゃんの説得もあり最後には承諾してくれた。
それより嬉しかったのは、一度受け入れてくれたロドリゴさんとパメラちゃんは以前と同じように接してくれるようになった事だ。
特にロドリゴさんは、ボクがみんなに距離を取られてとても悲しかったことを打ち明けると、とても申し訳なさそうに謝ってくれた。ロドリゴさんは王女だって理由で何も考えずに距離を取ってしまった自分が恥ずかしい、とまで言ってくれたけど、自分から距離を詰めることを躊躇していたボク自身にも問題はあると思うんだ。
心を開いて話してみると分かりあえる。
その事が、今のちょっと心の弱っていたボクにはとても嬉しかった。
それからエステルさんがお城にメイド服を取りに行ってくれて、それを身につけたボクは鋼の戦斧亭の入口に立っていた。
リリアーヌ、エステルさん、ジゼルちゃんもお店に下りては来ているけど、お店の片隅でこっそりとお茶を飲んでいる。基本的にはボクが自分でやるべきで、みんなは見ているだけというスタンスらしい。
「ぼ、冒険者の憩いの場、鋼の戦斧亭へようこそ~~!」
頭を下げると、ひらりと揺れるメイド服。
……べつにお店を手伝うのは構わないんだ。ロドリゴさんやパメラちゃんにはお世話になってるしお店も忙しそうだから、手伝えることがあれば手伝ってあげたいと前から思っていた。
でも、メイド服を着る必要ある?
実際そう言ったけど、リリアーヌやジゼルちゃんはなぜか強硬に否定してきた。
メイド服であることに意味がある、メイド服がいいのだ、と。
意味が分からないよ!
憮然とした気持ちを隠し、「鋼の戦斧亭へようこそ!」と笑顔で声を上げる。
すると、お店に入ってこようとした冒険者パーティーが、びくりと身を震わせた。
「え? ええっ?! シ、シルリアーヌ王女殿下あっ?!」
先頭にいた男の人が、すっとんきょうな声を上げる。
お店で何度か話したことのある冒険者の人たちだ。
「ど、どうして王女殿下が……」
腰が引けたように距離を取り通り過ぎようとした彼の腕を、がしりと掴む。
「え?」
逃がさないよ、そのためにこんな格好をしてここに立ってるんだからね?
「どうして避けるの? 前は『シルリアーヌちゃん』って気軽に声をかけてくれていたよね?」
睨みつける様に声をかける。
正直、男のボクとしては『シルリアーヌちゃん』と呼ばれることに何も感じないって訳じゃない。
だけど、今みたいに腫れものを触るような感じで避けられることに比べれば、『シルリアーヌちゃん』の方が百倍マシだ。それに心を開いて話し合えば理解してくれるって実感したばかり。今度はボクの方から積極的に距離を詰めていくって決めたんだ。
「どうして?」
「え? いや、だってあなたは王女殿下で、俺たちは底辺冒険者だし……。身分ってそういうもんだし……なぁ?」
「あ、ああ……。むしろ前は気軽に声をかけすぎてて失礼な事を、って話してたよな……?」
しどろもどろに弁明をする冒険者たちに、ずいと顔を近づける。
「だってじゃないよ。王女だからってみんなに距離を取られて、さみしかったんだからね? おかげで知らない間に変な噂が広がってるし……あんまり話しできないから誤解も解けないし……」
「あ~~、あれかぁ~~」
「たしかに、あれは王女殿下にとっては困るでしょうね……」
わざと怒ったように言うと、なんでか赤い顔で視線をうろうろと彷徨わせる冒険者たち。
そんな中で冒険者パーティーの1人が、小さく手を上げておずおずと切り出してくる。
「えっと、王女殿下。変な噂、ってことはあの噂はやっぱり嘘なんでしょうか……?」
「あたりまえだよ!」
腰に手を当て、頬をぷうと膨らませる。
「ボクがそんな所に行くわけないじゃない! 確かに裕福って訳じゃないけど、B級冒険者になったんだからお金に困ったりはしてないよ! それに王女って発表されたのだって、ボク自身突然で何でそうなったのか分からないくらいなんだよ?! 地位を手に入れるために何かしたなんて事は、ぜったいに無いよ!!」
言うと彼らは、目に見えて安心したような表情になりほっと息を吐いた。
「ボクは平民育ちだからね、突然あなたは王女だから王女らしく振舞いなさい、とか言われても無理だよ。だからボクには王宮からお仕事は振られてないし、お仕事が無いからお給金も貰ってない。だからボクは自分の生活費は自分で稼ぐ必要があるんだ」
「あ、だから王女殿下はいまだに冒険者を……」
「そう、そういう事なの。そういう事だから、おかしな理由で借金を背負っているとか、そんなことは一切ないんだ」
言うと、冒険者たちも「よかった……」と体の力を抜いた。
本当は男だから、何が起こっても何年たっても王女としてなんて振舞えない気がするけど、そこには気付かないふりをする。
「まだまだ言いたいことはあるんだよ?! その『王女殿下』ってやつだよ!」
彼らをびしいっと指差して、たまった感情を吐き出すように言う。
「前はもっと気軽に声かけてくれてたじゃない! どうして王女殿下だからなんて言って距離取ろうとするのさ?! ボクはずっと平民として育ったから、王女としてなんて振舞えないし王女として扱って欲しくもないよ!」
言い切るとボクの勢いに押されたのか、彼らは申し訳なさそうな顔でお互いに視線を交わす。
「す、すまねぇ……」
「確かに言ってることは分かるよ。俺たちも急に王族とか言われて、どうしていいのか分からなくなっちまった……」
「そうだよな、前はあんなにシルリアーヌちゃんシルリアーヌちゃん言って声かけてたのにな」
頭を下げてくれる冒険者たち。
話をしていると、いつの間にか彼らの口調は以前のものに近くなっていた。そんな様子を見ると笑顔が浮かんでくる。
「でもよ……」
彼らの1人が不安そうに切り出す。
「王女殿下……いや、シルリアーヌちゃんは良くてもさ、他の連中はそうは思わないかもしれないだろ? 衛兵とか他の貴族とかが見て怒られたり罰せられたりしないか?」
不安そうなその表情は、たぶんボクを避けるようになった人たちの本音なんだろう。
だからボクは笑顔で言う。
「大丈夫だよ。よく知らないけど、たぶんボクにも王女としての権力とかあるんじゃないかと思うんだ。そんな人がいたら、王女としての権力で助けてあげるよ」
すると、ぷっと吹き出す冒険者たち。
「自分を呼び捨てにする市民を助けるために権力を使う王族なんて、シルリアーヌちゃんくらいだよ」
「そうかもしれないね!」
顔を見合わせて笑いあう。
そこには、ここ最近悩まされていた距離感は存在しなかった。
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