第69話 解決法
「では、卑劣な企みを破る手段について話し合いたいと思います」
こほん、と咳払いしてエステルさんが言う。
ここは、鋼の戦斧亭のボクの部屋。
あの後ジメイさんと別れ、ボクに向けられた企みを破り天職の祝福を取り戻す手段を相談するために、ボクの部屋に集まったんだ。
だけど
いま、この部屋は混乱の坩堝と化していた。
「じゃから、娼館とはいったいなんなのじゃ! どうして誰も答えてくれんのじゃ!!」
リリアーヌがバシバシと机を叩き
「……お姉さまが娼館に……娼館でわたしに御奉仕してくれる……イイ……とてもイイ。くやしいけど男共の考えることも分かるの……どんな手段を使ってでもお金を工面して通い詰める自信があるの……」
ジゼルちゃんはハァハァと荒い息をつきながら、うっとりとした目で虚空を眺め
「うう……恥ずかしいよ。もう外歩けないよ……」
そしてボクはベッドの上で布団にくるまっていた。
今までボクは女装をして生活していた。
女の人の格好をしている自分を恥ずかしいとは思っていたけど、それを見た男の人からそういう目で見られているなんて全く想像していなかった。だけど一度考えてしまうと、どうしてもそっちに意識が引きずられる。
あんまり疑われたりしないせいで女装自体には慣れてきていたんだけど、この格好で外を歩いて人目に晒されることがとても恥ずかしいと感じてしまっていた。
そんな状況を見回し、エステルさんがはぁとため息をつく。
「はぁ、私達はシルリアーヌ様の置かれた状況を改善するために集まったのではないのですか? 私も暇ではないのですよ、このまま何も話が進まないのならば城へと帰りますよ?」
「そ、それは困るよ?!」
エステルさんにじとりとした目で言われ、がばと身を起こす。
うむ、と頷くリリアーヌ。
「そうじゃ。妾もお主たちが何も教えてくれぬのなら、お父様が戦争から帰ってきたら娼館について尋ねてみるのじゃ」
「い、いや! それはやめて!!」
布団を放り出しテーブルにつく。
国王陛下に娼館とはなにかと尋ねる王女殿下……。それはもしかして、誰に吹き込まれたのか問いただされたりする流れになるのではなかろうか。それは困る、とても困る。それに激しい戦争から身も心も疲れて帰ってきたら、娘である王女から娼館の話をされる国王陛下もおかわいそうだ。
改めて席を囲んでみんなで考えるけど、とくに名案が閃くわけでもない。
「うーん、どうすればいいんだろうね?」
くるくると首を回しながら考えてみる。
そんなボクに、こともなげに言うリリアーヌ。
「要は噂が消えればよいのじゃろ? 王宮からそのような事実は無い、と発表すればいいじゃろ」
「噂が消えればいいのはその通りですが……そう上手くいくでしょうか?」
でもエステルさんは真剣な表情のまま。
「シルリアーヌ様にお聞きします。王宮は王国の状況や様々な施策について、王宮前の掲示板などに貼りだして発表しております。王都の市民はみなそれにちゃんと目を通しておりますか? シルリアーヌ様はご覧になっていますか?」
「え?」
その真剣な表情にまるで問い詰められているような気がして、びくりとする。
たしかに王都のいくつかの場所に王宮からの発表が貼り出されている。
それは知っているし、王都のみんなも知っていると思う。だけど……ちゃんと目を通しているか、新しい情報があるかこまめに確認しているかと言われれば……否だ。なぜかと言われれば、大抵そこに書かれているのは読んでも良く分からない税制の話や、気が滅入ってくる戦争の話ばかりだから。
「あ、あんまり……見てはない……かな?」
「そうでしょうとも」
仮にも王族を名乗る物がそれでいいのかと責められているような気がして、控えめに言うとエステルさんはさもありなんと頷いた。
「ほとんどの市民は王宮からの発表など見てはいません。シルリアーヌ様が王女であったという発表がすぐに広まったのは、すでにシルリアーヌ様が冒険者として有名になっていたため話題性があったためだと思います」
エステルさんはそこで言葉を切ると、みんなをぐるりと見回す。
「王宮でも新しい施策を発表しても一向に浸透せず、あちこちで混乱が起こっている事が問題となっています。そんな状態ですから、王宮から否定の発表をしても効果は限定的だと思われます。……もっとも、全く効果が無いとは申しませんが」
エステルさんがリリアーヌに申し訳なさそうな視線を送ると、自分の案を否定されたリリアーヌは、ぷぅと頬を膨らませた。
そんな様子のリリアーヌを見てぷっと笑うジゼルちゃん。
「……さすが偽王女なの。お姉さまのために、もっといい案を出すの」
「はぁ?! なにを言うのじゃジゼル! そう言うならお主がもっといい案をだしてみるのじゃ!」
「……わたしはいいの。奴隷だから」
「お主もう奴隷じゃないじゃろ?! 都合のよい時だけ奴隷を持ち出してくるでないわっ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いを始める二人。
まぁまぁ、と二人を宥めながら考える。
「う~ん……、じゃあ広まった噂を無くするのにはどうしたらいいんだろう……」
頭をかしげて自問自答してみる。
エステルさんも右手を口元にあてて考え込む。
「どうでしょう……。事実ではない、という話を広めるという方向性はいいと思います。しかしどんな手段で、と言われるとちょっと思いつきません」
「そうだよね……噂なんて広めようと思って広められるものじゃないよね」
くるくると頭を回して、うーんと唸る。
人の噂なんて、人の手を離れて勝手に広まっていくものだ。諜報を専門としている人とかならまだしも、ボクたちには意図的に噂を拡散させるノウハウなんて無い。
エステルさんとうんうん唸りながら考えていると、ジゼルちゃんに偽王女偽王女言われて機嫌悪そうなリリアーヌが会話に入って来た
「シルリアーヌがやればいいじゃろ。先程は冒険者の男を上手く手玉に取っておったではないか。シルリアーヌが手でも握って説明すれば、みんな首を縦に振るじゃろ」
ぶすっとした表情のリリアーヌは、とんでもない事を言う。
「な、なにを言ってるのさ! 手玉に取るなんて……ジメイさんは冒険者仲間だから良くしてくれているだけだよ?!」
「そうかのう……?」
「そうだよっ?! それ以外に何があるのさ?!」
リリアーヌに向かって、ばたばたと両手を振って否定する。
ボクは男だし、それ以上のなにかなんてある訳がないよ! そうに違いないよ!
でもそんなボクに、リリアーヌはにんまりと悪戯っぽい笑みで言う。
「いろいろあるじゃろ? そうじゃなぁ、お主がメイド服を着て鋼の戦斧亭で客引きでもすれば、鼻の下を伸ばした男共がわんさと集まって来るじゃろうなぁ?」
「い、いやだよっ?!」
いつも来てるドレスと普段着のワンピースだけでもう十分だよ!
これ以上恥ずかしい思いしたくないよ!
ぶんぶんと頭を振るけど、視界の端でジゼルちゃんの目がきらりと光った気がした。
「お、お姉さまのメイド服?! メイド服でわたしにご奉仕してくれるの?! み、見たい、見たいの!!」
「おお、ジゼルもそう思うじゃろ?」
急にテンション高めの声を上げたジゼルちゃんに、リリアーヌがにやりと笑いかける。
そしてリリアーヌは続けて何かを言おうとして、「んぅ?」と何かに気が付いたように首をひねる。
「……これはもしかして行けるのではないじゃろか」
なにやら楽しくて仕方ない事を思いついたとばかりに、くくくと笑うリリアーヌ。
「シルリアーヌ、お主はメイド服で鋼の戦斧亭で客引きと給仕をするのじゃ」
「だ、だから嫌だよ?!」
ふたたび、ぶんぶんと首を振る。
なんで2回言うのさ?!
「……いや、これは真面目な話じゃ」
そんなボクにリリアーヌは真剣な表情で……でもどこか笑いをこらえるような表情で言う。
「王位継承権を持つ王女が酒場で客引きをしておる、そんな事が噂になればみんな見に来るに違いないのじゃ。酒場の給仕と客なら比較的気安く話も出来るじゃろうし、そこでお主がいつもの調子で説明すればみな納得して考えを改めるじゃろ。たぶん」
「ええ~~っ?! そんな適当なぁっ?!」
面白がっていい加減な事言ってない?!
びっくりして声を上げるけど、その突飛な考えにしごく真面目な顔で頷くエステルさん。
「……いえ、案外いいアイデアかもしれません。先ほどのやり取りでも分かる通り、直接シルリアーヌ様とやり取りして話を聞けば、おそらく皆さん理解してくれると思います。問題なのはシルリアーヌ様と市民との会話が不足していた事なのですから、話題性で人を集めてそこで説明するのは案外理に適っています。娼館と違って大勢の人が気軽に様子を見に来るでしょうし、きちんと理解してもらえればすぐに正しい噂は広がるでしょう」
「ほれ、エステルもそう言っておるのじゃ!」
それ見たことか、と得意げなリリアーヌ。
「わたしもいいと思うの! メイド服でご奉仕するお姉さま見てみたいの!」
体の前で両手を組み合わせ、うっとりとした目で言うジゼルちゃん。
「ええええええええええ~~~~~~っ?!」
まさかの流れにそんな声しか出なかった。
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