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第68話 噂

「え……?」


 ボクが娼館で働いている、なんてよく分からない噂でボクがスキルを使えなくなるの?

 突然の話に戸惑うボクに、ジメイさんはためらいがちに聞いてくる。


「その前に聞きたいんだが……シルリアーヌちゃんの天職は『プリンセス』って事でいいか?」

「う……、そ、そうだけど……」


 真剣な表情のジメイさんに、おずおずと返す。

 ああ、バレちゃった。ボクの天職がプリンセスだってことは、ボクの知られたくない秘密ナンバー2だったのに……。もちろん、知られたくない秘密ナンバー1、男なのに女装していることは何があっても隠し通す所存だけど!


「あ、いや! もちろん誰にも言わねぇよ?! でもシルリアーヌちゃんの天職がプリンセスだって事が、多分いま広まっている噂で弱体化している原因だ」

「うん? よく分からないんだけど……」


 首をかしげる。

 リリアーヌが「のう、娼館というのがどういう場所か分からないのじゃが」と言っているけど、そこはみんなあえてスルー。だれも王女殿下に娼館の説明をする役目なんて引き受けたくないよ。


「あんまり聞かないが、こういった類の嫌がらせの話は無くはない。昔聞いた話を思い出しながら考えてみたら、すぐ分かったぜ」

「ど、どういう事なの?」

「おう、プリンセスって天職は、シルリアーヌちゃんがプリンセスらしくなり、みんなに認められることでその祝福は強くなる。ドラゴンを討伐したことでシルリアーヌちゃんは有名になったが、やっぱり一番話題になったのは本物の王女だと発表があった時だ。それからは天職の祝福も、今までに無く強くなってたんじゃないか?」

「た、たしかにそうだよ」


 こくりと頷き、ごくりとつばを飲み込む。

 確かに、その後は今まで使えなかった上位上段のスキルが使えるようになったし、身体の調子もいままで感じたことがないほど調子が良かった。


「だが、ここへきてどこからか噂が流れ始めた。シルリアーヌ、って名前の女が娼館で働いている、って噂だ」

「えっ、えええっ?! その話、ほんとうに噂になってるの?! 嘘だよ、そんな訳ないよ!!」


 ぶんぶんと首を振る。


「ああ、だけど娼館では実際に『シルリアーヌ』と名乗る女が働いている。見てみたが、多少似てなくもないって程度の偽物だった。オレたちは本物のシルリアーヌちゃんを知ってるから偽物だとすぐ分かったが、みんながみんなそうじゃない。本物のシルリアーヌ王女だと信じ込んじまうヤツだって少なからずいる」

「そ、そんなぁ?!」


 思わず悲鳴が上がる。

 娼館だって実際にそこで働いている人がいる訳だし、その人達を下に見るとかじゃない。だけど、ボクは男だし、そんな場所で働いていると思われるのは困る!


「ど、どうしてみんなそんな噂を信じちゃうのさ?!」

「それはだな、巷で言われている噂ではこうだ。『シルリアーヌ殿下は平民育ちだから、王宮でいびられて生活に困っている』とか『金で王族の地位を買うために莫大な借金をしていて、その返済に追われている』とかな。王位継承者となったはずのシルリアーヌちゃんがいまだに冒険者を続けているのも、シルリアーヌ殿下は金に困っている説を信じるヤツがいる根拠になっている」

「そんなっ?! た、たしかに王宮からお金を貰っている訳じゃないから、裕福って訳じゃないけど……。宿代もそれなりにかかってるし……」


 もごもごと金銭事情を訴えるボクの言葉に、「へぇ、そうなんだな」と腕を組むジメイさん。

 うう……どうしてボクは懐事情まで話す羽目になっているんだろう……。


「まぁただの噂だ、大した根拠なんてありゃしないよ。だが、その噂が広がることによってシルリアーヌちゃんの『プリンセスらしさ』に傷がついた。それよってプリンセスの天職の祝福も減少したんだろう」

「そ、そんなことで……」


 そんな根も葉もない噂で、天職の祝福が減ってスキルが使えなくなったりするの?


 ショックを受けているボクの横で、エステルさんが「なるほど……」と呟く。


「市井の噂には興味がありませんでしたから、見落としていました。ジメイさん、でしたか? お聞きしたいのですが、その噂とやらはどれほど広がっているのですか?」


 エステルさんの言葉に、「そうだな……」と首をひねるジメイさん。


「オレと仲いい奴らは、シルリアーヌちゃん本人と話した事あるヤツも多いからそうでもないな。でも冒険者でも信じてる奴らは多いし、冒険者とあんまり縁のない市民や下町の人間の間ではもっと信じてる奴が多い」

「そうですか……もうひとつお聞きしたいのですが、こういった醜聞は市井の間では多いのですか? 天職の祝福に影響するほど噂が急激に拡散されるものなのですか?」

「そうだな……、そう言われればちょっと急に広まりすぎな気もするな……。えっ?! もしかして誰かが噂を広げてる、って言いたいのか?!」


 ぎょっとしてエステルさんを見返すジメイさん。

 エステルさんは答えずに真剣な顔で何かを考えていたけど、その表情はジメイさんの言葉を肯定しているように見えた。


 うーん、そうなのかな?

 ちょっと考えに飛躍があるような気がするんだけど……。


「エステルさん、それはちょっと考えすぎじゃない?」

「甘いです、甘すぎです。シルリアーヌ様ほど急に名を上げ注目を浴びれば、それに嫉妬し足を引っ張ろうとする輩は必ず出てきます。そう、あのレックスのように……」

「レックスがその噂を広げているっていうの? さすがにそれは何の根拠も無いじゃない。それに、あのレックスがそんな迂遠な嫌がらせをして来るかな……?」


 たいした証拠も無く人を疑うのは、良くないと思うんだ。

 それに、ボクの知るレックスならもっと直接的な嫌がらせをして来るような気がするんだけど……。


 ボクがそう言うと、呆れたような表情をするエステルさん。


「あの男のシルリアーヌ様への無礼な態度、そして先程の言動を考えれば、そこに結びつけて考えるのは極めて自然だと思いますが……。まぁいいでしょう、そこまで噂が広がってしまえば、出所がどこかはさほど問題ではありません」


 「シルリアーヌ様らしいですね」と優しい表情でエステルさんは言った。


 そこで「娼館とはなにか」問題を棚上げしたらしいリリアーヌが、口をはさんでくる。


「のう、良く分からぬのじゃが……どうしてそこまで根も葉もない噂が広がったのじゃ? シルリアーヌ本人に確認してみれば済む話じゃろうに」


 首をひねるリリアーヌの言葉に、ジメイさんが「あ~~……」と頭をがしがしと描く。


「そりゃ、あれだよ。オレが言えた話じゃないが、みんなシルリアーヌちゃんが王族だと聞かされて声をかけられなかったからな。ただ挨拶をするだけでも、どんな言葉遣いをすればいいのかで緊張するのに……まさか王女殿下に『あなたは娼館で働いていますか?』なんて聞けるわけないじゃないか」

「まぁ、そう言われればそうだね……」


 申し訳なさそうなジメイさんの言葉に、ちょっと寂しいけど頷いてしまう。

 ボクはリリアーヌに最初から仲良くしてもらえたけど、それを抜きにして考えたら確かにそれはそうだ。


「なるほど……間が悪いと言いましょうか、シルリアーヌ様と市井の方々の間に溝が出来ていたことが、噂の拡散を助長したという事ですね。それでおかしな噂が市井の間で拡散しシルリアーヌ様の『プリンセスらしさ』に傷が付き、天職の祝福が減少した……」


 納得したような表情でエステルさんが頷く。


「しかも私やリリアーヌ様は市井の噂などには疎い。どこまで計算しての事か分かりませんが、よく出来た手です」

「妾の妹に卑劣な手段を使うなど、許せんのじゃ!」


 悔しそうなエステルさんと憤慨するリリアーヌを見ながら、ボクはどうも気になっていたことをジメイさんに尋ねてみることにした。


「ねぇ、ジメイさん。娼館で働いている偽物のことを『見てみた』って言ってたよね?」

「え?」


 ジメイさんの身体が、びくりと跳ねる。


「娼館で働いている偽物のシルリアーヌさんの所へ行って来たの? 行く前は偽物だと知らなかったわけでしょ?」


 ボクはなにを聞いているんだろう?


 娼館みたいな場所にボクがいて、そんなボク目当てに誰かがやって来る。ありえないし正直そんなこと考えたくも無いけど、想像してみるとどんどん顔が赤くなってくるのを感じる。それにボクの事を知っている人は『偽物だとすぐ分かった』って言ってたけど、それってみんな実際にその娼館に行ってるって事?


 もしかして結構な人が、そこにボクがいる事を期待して足を運んでいるって事?


「そこで、も……もしほんとうにボクがいたら、そこで何をするつもりだったの……?」


 睨みつけるように言うとジメイさんは、がばあっと直角に頭を下げた。


「申し訳ございませんでした!!」

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。



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