第65話 決闘
バジリスクを討伐した後、また馬車で三日揺られて王都に帰ってきた。
「ああ~~、疲れたのじゃ。おしりが痛いし、馬車での移動は疲れるのぅ……」
うなだれた様子でとぼとぼと歩くリリアーヌの姿に、笑いが漏れる。
「くすっ、そりゃ仕方ないよ。……そういや、このまえ国王陛下が乗るすごい立派な馬車を見たよ。ああいう豪華な馬車は、やっぱり乗り心地もいいの?」
馬車、という言葉からつい思い浮かんだことを聞くと、リリアーヌはふるふると首を振る。
「いや、そんなことは無いの。あんまり変わらないのじゃ」
「へぇ~~、そうなんだ?」
意外だな、そう思ったボクの言葉にエステルさんが続ける。
「王族の方が利用される馬車でも、普通の乗合馬車と基本的な構造自体はさほど変わりません。それに王族の方が利用される馬車にはさまざまな道具などが持ち込まれておりますし、護衛や侍女なども乗り合わせております。造りも頑丈ですから自然と重量も増えますので、普通の乗合馬車より乗り心地が悪い場合も多いです」
「へぇ~~」
ぜんぜん知らなかったや。
なにごとも聞いてみないと分からないもんだなぁ、と考えながらギルドの扉を開く。
約一週間ぶりの王都冒険者ギルドは、なんだかざわざわとしていた。
「……なんだろ?」
ギルド内に足を踏み入れ、集まっていた冒険者たちの間からひょこ、と首を出し様子を窺う。
するとギルド内に響く聞き覚えのある声。
「やっと帰って来たな、シルリアーヌ! 待ちくたびれたぞ!」
「……レックス?」
集まった冒険者たちの中心で、ボクに気付いて声を張り上げたのはレックスだった。
「オレと決闘しろ、シルリアーヌ! 今日こそお前の企みを打ち破り証明してやる。本当に強いのは誰なのか、そしてオレこそが次代の勇者だとな!」
「け、決闘っ?!」
レックスの口から飛び出したのは、ボクが考えてもいなかった決闘、という言葉。
「なんだなんだ、決闘か?」
「シルリアーヌ殿下とレックスが?」
「マジな決闘は久しぶりじゃねぇか?」
その台詞を聞いた周囲の冒険者たちも、ざわざわとし始めた。
広い敷地を持つ王都の冒険者ギルドには、訓練場の中に決闘場が設けられている。ギルドに言えば冒険者なら誰でも利用出来て、衝突した意見や利害の解決のために行われる物から今晩の酒代を賭けた訓練がてらの物まで、わりと利用されている印象だ。
……ボクとレックスが決闘? なんで?
「どうした、やるのかやらないのか! A級冒険者でパラディンのオレが妬ましいのだろう? 姑息な工作は出来てもオレと正面から戦う勇気はないのか?!」
そして、以前も言われた身に覚えの無いような事を言われる。どうして?
困惑に立ち尽くしていると、ボクの横にリリアーヌが進み出てくる。
うんざりとした表情でため息をつくリリアーヌ。
「またあの男がイチャモン付けて来ておるのか? いい加減にして欲しいのじゃが……」
「そうですね、私はあのレックスという男に詳しくはありませんが、自尊心の高い男のようですね。シルリアーヌ様が冒険者として名を上げている事実を受け止められないのでしょう、ですからああやって難癖をつけて来るのです」
「うう~~ん……」
ちょっと怒ったような表情のエステルさんも、いつになく辛辣だ。
確かにレックスはボクがシリルとして『勇者の聖剣』にいた頃から、そういう所のある人だったとは思う。もうちょっと謙虚になって鍛練に励めばもっと強くなれるんじゃないかなぁ、とは以前から思っていた。実際本人に言ってみたこともあるけど、聞き入れてはもらえなかった。
どうしたらいいんだろう?
だけどボクがそんな事を考えている間にも、周囲の喧騒は大きくなっていった。
「おい、決闘するらしいぜ!」
「おおっ、いいじゃねぇか、暇してたんだ!」
「シルリアーヌ殿下とレックスかぁ~~、実際どっちが強いんかね?」
「そりゃシルリアーヌ殿下だろう、最近どんどん強くなってるらしいぜ?」
「いやぁ、でもそうは言ってもレックスは強いぜ。ムカつく奴だけどな」
「オイ! だれか賭けやらねぇか、賭け!」
喧騒が喧騒を呼び、どんどんと盛り上がっていく冒険者たち。
「どうしたシルリアーヌ、怖気ついたか?! 汚い手段で地位と名声を手に入れた売女らしいな!!」
そして、レックスの罵声はどんどん口汚くなっていった。
ボクがいまだ困惑に捕らわれていると、背後で聞こえるぼそりと低い声。
「……お姉さま、あいつ殺していい?」
ぞわりとして振り返ると、ジゼルちゃんが怒りのこもった半眼でレックスを睨みつけていた。
「……あいつお姉さまを侮辱したの。死ぬべき」
ジゼルちゃんは引きずっていたウォーハンマーを、ぎりりと握りしめる。
その瞬間ジゼルちゃんの身体から立ち昇る、白い光。ボクの作った魔導具、覚醒の円環から発せられる、白い光。
「バ、バーサーカー? だ、だめだよ、ジゼルちゃんっ?!」
慌ててジゼルちゃんに覆いかぶさる。
こんな所でバーサーカーの天職を発動したら、どうなるか分からないよ?!
「お姉さま、止めないで欲しいの。あいつを殺してわたしも死ぬの」
「だだだ、だめに決まってるじゃない?! やめてよ!」
ウォーハンマーからジゼルちゃんの手を離させようとするけど、バーサーカーの天職を発動しかけている彼女の力はまるでオーガか何かのようで、びくともしない。
うわーーーーん?! どうしたらいいの?
内心頭を抱えていると、ぽつりと言葉を発するリリアーヌ。
「……それもいいかもしれんのぅ」
「うええええっ?! な、なに言ってるのさ、リリアーヌ?!」
ジゼルちゃんの言葉に、まさかの同意?!
「安心せい、さすがに殺しは不味いじゃろ。じゃがのぅ、妾も正直腹が立っておる、あやつの言動にの。決闘と言うなら決闘して、完膚なきまでに叩き伏せて力の差を見せつけてやるべきじゃ」
その言葉にエステルさんも頷く。
「私もそれに賛成です。身の程を知らない愚か者に、はっきりとした力の差というものを分からせてやるべきです。あの男の力量は正直あまり詳しくありませんが、今のシルリアーヌ様があの程度の男に後れを取るとは思えません」
エステルさんも容赦ない。
レックスは確かにちょっと困った人だけど、いい所も……無いことも……ないし?
「うう~~ん……。レックスは結構強いんだよ? ボクが勝てる保証はぜんぜん無いんだよ?」
いつの間にか、ボク以外はみんな決闘賛成派になってしまった。
リリアーヌもエステルさんも戦えばボクが勝てるみたいに言うけど、そんな事はないんじゃないかと思う。レックスはあれでA級冒険者だし、パラディンの天職持ちだ。弱いわけないよ。
まぁ、でもよく考えてみたら何かを賭けている訳じゃないし、負けたら何かをしないといけない訳でもない。
どっちが強いのか戦って決める、ってだけの話だし、胸を借りるつもりでやってもいいのかも。
「……分かった、やるよ」
言うと、周囲がわあっと盛り上がる。
「おおおおおっ、キターーーーッ!」
「シルリアーヌ殿下とレックス、注目のカードだ!」
「王都で最強の冒険者を決める一戦だぜ!」
歓声を上げる冒険者たちの中心で、レックスがにやりと口角を吊り上げた。
「売女にしてはいい覚悟だ。身の程を分からせてやる」
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