第64話 兆候
その日は、リリアーヌ、エステルさん、ジゼルちゃんのいつものメンバーで遠出の依頼に来ていた。
馬車で丸三日ってところだから、ものすごく遠いって訳じゃないけど冒険者の受ける依頼としては遠い方だと思う。
来ているのは、王都から北西にある山岳地帯。鉄や金なんかが採れる鉱山地帯でもあり、さらに西の方には製鉄や鍛冶で有名な工業都市もあったりする。
依頼は、その山岳地帯にバジリスクが大量に現れて鉱夫の人たちを襲っているから討伐して欲しい、という内容だ。
バジリスク――、強力な毒を持つトカゲの魔物だ。
毒を吐くうえにその体液に含まれる毒はとても強くて、術士のいない剣主体のパーティーだと討伐が難しい魔物とされている。だからボクとリリアーヌがいるせいで術も得意なボクたちに声がかかったんだ。
「ああーーっ! 疲れたのじゃーーっ!」
リリアーヌが、いらいらとした声をあげる。
彼女のこんな声を聞くのは今日何度目だろう。エステルさんが、くすりと笑みを漏らす。
「リリアーヌ様、ギルドで聞いた地点まであと少しです。もう少し辛抱してください……」
「うう……その言葉を聞くのも何度目じゃ?」
リリアーヌがエステルさんに恨めし気な視線を向ける。
そう、ここは山岳地帯。
鉱山でもあるから山道にはごつごつとした岩が露出し、酷く歩きにくい。道も広くなったり狭くなったりするうえ、急な坂道を上がったり下ったりと、とにかく体力を消耗する。
ぶつぶつと文句を言うリリアーヌに、ジゼルちゃんがじとっとした視線を向ける。
「……偽王女、疲れた疲れたうるさいの」
「なあっ?! ジゼル、シルリアーヌにおぶられているお主だけには言われたくないのじゃっ!」
「あはは……」
そう、早々に体力を使い果たしたジゼルちゃんは、ボクの背中に背負われている。
バーサーカーの天職を発動するのは余計体力を消耗する可能性があるし、おそらく戦闘は術が中心になるからボクやジゼルちゃんがとっさに動けなくてもそれほど支障はないだろう、という判断だ。
「くんくん……、お姉さまの背中、やわらかくていい匂いがするの。とってもあったかくて気持ちいいの」
「なんか腹立つのぅ?! いいから黙って背負われておれ!」
リラックスした声で言うジゼルちゃんに、リリアーヌがくわっと目を見開いて叫んだ。
「あはは……ふたりとも、仲良くね?」
ふたりにそんな声をかけていると、先頭を歩いていたエステルさんが停止するようこちらを手で制した。
「……いました、バジリスクです。ギルドで聞いていたより数が多いですね」
言いながら岩陰に身を隠すエステルさん。
それに続きながら、ちらと視線を送ると確かに十体以上のバジリスクが向こうでウロウロしていた。2メートル近くはある緑色の巨大なトカゲで、頭の上にまるで冠みたいなトサカがあるのが特徴だ。
「……いっぱいいるの」
「そうだね、バジリスクは毒を吐くからね、囲まれるとちょっと危険かも」
背中のジゼルちゃんを地面に下ろしながら、みんなと相談する。
「やはり、ここは妾たちの精霊術でドーンと先制攻撃じゃろ!」
「そうですね、セオリー通りですが有効でしょう。リリアーヌ様は精霊力があまり多くはありませんから、ここはシルリアーヌ様にお願いするのがよいかと思いますが」
「うん、分かってる」
こちらに視線を向けるエステルさんに、頷いて返す。
リリアーヌは創炎たるリンドヴルムのおかげで上位精霊術まで使えるけど、天職はメイジだから精霊力はそう多くはない。ここはボクが精霊術を使うのが最適だろう。
どうせだったら、せっかく使えるようになった上位上段の精霊術を使っちゃおうか。
「……ん?」
そう思い手をかざしたけど……なんだか、おかしい。
確かにあった物が、手の中から零れ落ちたような感覚。
そこにあったはずの感覚が、知らない間に感じられなくなっているような……?
「どうしたのじゃ?」
「ううん、なんでもないよ」
首を傾げるリリアーヌに、首を振って返す。
気のせいだ、そう思い唱えた。
「|炎の大王その滅却せし業炎!!」
だけど――
「どうしてっ?!」
なにも、なにも起こらない。
ボクの視界には、たくさんのバジリスクと自分の手の甲が映っているだけだった。
「な、なにをやっておるのじゃっ?!」
「だ、だって?!」
切迫した声をあげるリリアーヌに、言い訳めいた言葉が口から飛びだす。
この前は確かに使えたはずの上位上段精霊術が、使えない。
使える気がしない。
どうしてっ?!
「不味いです、来ますッ! 何でもいいです、他の術をっ!」
エステルさんの声に押されて視線を前に向けると、こちらに気が付いたバジリスクがこちらに迫っていた。
2メートル近い巨体からは信じられないくらいのスピードで走ってくるバジリスク。小さな普通のトカゲでもすごい速さで走るんだ。巨大な魔物のバジリスクは、それを超える速度で走ることが出来る。
「くぅっ……ならっ、焼尽せよ炎の輪舞!!」
上位下段の精霊術、ファイアストーム。
唱えると、今度はちゃんと炎の嵐が出現する。
渦巻く灼熱の竜巻が、荒々しく何体ものバジリスクを飲み込んでゆく。だけど――
「前はもうちょっと威力強かったような……」
そう、なんだか以前使った時より威力が落ちているような気がする。
こちらに迫るバジリスクを全て迎撃出来ていない。ファイアストームから逃れた何体ものバジリスクが、速度を落とさないままこちらに走ってくる。
緑の巨体は、すぐそこまで迫っていた。
「仕方ないのぅ! ここは妾の出番じゃな?!」
どこか嬉しそうな声で創炎たるリンドヴルムを振り上げるリリアーヌ。
リンドヴルムの先端に掲げられた宝珠が光を放つ。
「喰らうのじゃっ!! |炎の大王その滅却せし業炎!!」
リリアーヌが唱えると、目の前に現れたのは凄まじいまでの閃光と、耳をつんざく爆音。
連鎖的に発生した爆発と暴力的なまでに上昇した熱度に、生き残っていたバジリスクはすべて飲み込まれる。断末魔の悲鳴が響き爆風が吹き荒れ、それが晴れた時そこには高温によって結晶化した岩肌以外なにも残ってはいなかった。
「……さすが上位上段の精霊術ですね。すさまじいまでの威力です」
「うははははははっ! そうじゃろう、そうじゃろう! さすが妾じゃなぁ!!」
ほぅと感心のため息をもらしたエステルさんに、胸を張りふんぞり返るリリアーヌ。
……リリアーヌのレイ・バーン・ネメシスは普通に発動した。
ということは、さっきのはやっぱりボクの問題なのかな? どうしてボクは使えなくなっていたんだろう?
心の中に生まれたもやもやに蓋をして、リリアーヌに「ごめんね」と声をかける。
「なぁに、構わぬのじゃ。なんせ妾はシルリアーヌの『姉』じゃからなぁ? 困っている妹を助けるのも姉の役目じゃからのぅ!」
「さす妾!」と胸を張るリリアーヌに、じとっとした視線を向けるジゼルちゃん。
「……偽王女、うざい。お姉さまはちょっと調子が悪かっただけなの。調子に乗るななの」
「うははははははっ! 負け犬の遠吠えも気持ちが良いのぅ!」
睨みあう二人を宥めながら、ボクは言葉に出来ない不安を感じていた。
お読みいただいて、ありがとうございます。
少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。
つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。
なんの反応も無いのが一番かなしいので……。




