閑話 鋼の戦斧亭にて5
ここは王都の冒険者ギルド近くにある酒場、鋼の戦斧亭。
今日も一仕事終えた冒険者たちが集まり、ぐだぐだとしょうもない話に花を咲かせる、男たちの憩いの場所。
鋼の戦斧亭は今日も満員御礼。
酒や食事に舌鼓をうつ冒険者たちの間を、店主が忙しそうに走り回る。
「なぁ、最近なんか魔物少なくね?」
「だよな? 狩りに行ってもあんまり狩れないよな。オレ、今ちょっと金がやばいんだけど」
「そりゃ、お前の金遣いが荒いからだろ」
「違いねぇ、ダハハハハハ!」
あちこちで交わされる、たわいもない話。
だが、こういう場所で交わされる話の中に貴重な情報が混じっている事もある。
「なぁ、聞いた話なんだけどよ。魔物達が大量にどっかに移動して行ってたらしいぜ」
「魔物が、一斉に移動? はぁ? そんな事あんのか?」
「いや、聞いた話だからよく知らねぇけどよ……」
「あーー、オレもなんかそんな話聞いた気がするわ、確か」
「マジで?! マジな話なの?」
「いやぁ、分かんねぇけどよ……」
「聞いたか? 『蛮理弌終』が王都に帰って来てるらしいぜ」
「蛮理弌終?! あのS級冒険者の蛮理弌終か!」
「へぇ? あのオッサン戻って来てるのか」
「オッサンっておまっ……! S級冒険者だぞ?!」
「確かにあのひとS級冒険者だけど、話してるとわりと普通のオッサンだしなぁ……」
ざわざわと、あちらこちらで色々な話が出ては消える。
そんな中、1人の冒険者が深刻な表情で酒を傾けていた。
その男に、向かいでエールを傾けていた男が声をかける。
「どうしたよ、今日はえらく深刻な顔してんな。金欠か?」
「違う、そうじゃない。……いや、違わないか? 金は無いからな」
「そういやお前、この前言ってたもう娼館いかない、っての守ってるか? 行ってねぇなら、少しは金貯まったろ?」
「………………」
「はぁ? もしかして、まだ行ってんのか? お前、いいかげんにしろよ? マジで破産するぞ?!」
「あぁ、いや、まぁそうなんだが……」
詰められた男は苦笑いを返したあと、表情を深刻なものに戻す。
「で、娼館でな? 信じられない話を聞いたんだよ」
「あぁん? 新人の娼婦の情報なら興味ねぇぞ?」
「そうか? その新人の娼婦の名前が『シルリアーヌ』でもか?」
「はぁ?!」
向かいの男が、ぎょっとしてドンとエールを置く。
「シルリアーヌちゃん……いや、王女殿下か。シルリアーヌ王女殿下が娼館で? そんな訳ねぇだろ!」
「いやぁ、オレもそう思うけどよ。オレの行ってる娼館にシルリアーヌ、って新人の娼婦が入ってきたのは事実だぜ? しかも秘かに話題になってるらしくてよ、結構客入ってるらしいわ」
「明らかに偽物だろ。っていうか、ソレ大丈夫なのかよ。王女殿下だぜ?」
顔をしかめる、向かいの男。
「そもそも、王女殿下が金に困ってる訳ねぇだろ」
「いや、普通に考えたらそうだろうけどよ……。実際に行った奴らの間で言われてるのがよ、平民育ちのシルリアーヌ王女殿下は後ろ盾となる貴族がいないせいで金を回してもらえないとか。そのせいで王宮に部屋を貰えないし、冒険者家業を続けるしかない、とかなんとか……」
「あぁ~~? そんな事あるかぁ?」
男の言葉に、向かいの男が首をひねる。
とはいえ、冒険者の間でも不思議に思われてはいたのだ。正式に王位継承者であることが王宮より発表されたシルリアーヌ王女殿下、その人がどうしてまだ冒険者などという危険な仕事を続けているのか? 平均より多少割高とはいえ、普通の冒険者が泊るような宿にどうして未だに留まり続けているのか?
「すこし前なら、普通に本人に聞きゃ済む話だったんだがなぁ……」
「王女殿下だもんな? さすがに、気軽に声なんてかけられねぇよ……」
シルリアーヌのファンの冒険者は多かったが、彼女が王女殿下である事が判明してからは、みな気後れして声をかけることを躊躇っていた。シルリアーヌの性格はもちろん承知しているので、無礼だと叱責されたりすることなんて無いことは理解してはいる。
しかし、とはいえあちらは王位継承者の王女殿下で、こちらは冒険者などという荒っぽい仕事をしている根無し草。その身分の差がシルリアーヌと彼らの間に、確かな溝を作っていた。
「噂じゃよ、王宮で他の王族や貴族連中にいびられているとか、金で王族の地位を買ったせいで莫大な借金を背負っている、なんて言われてるぜ」?!
「いやぁ、あのシルリアーヌ王女殿下に限って、金で地位を買うなんて真似はしねぇだろ」
「オレもそう思うけどよぉ……」
首をひねる二人の男。
その二人に、隣のテーブルで飲んでいた男が声をかけた。
「お? あの偽物シルリアーヌちゃんの話か? 行って来たぜ、オレ」
「え?! マジか?!」
「行ったのか! お前?!」
がたりと腰を浮かす二人の男に、隣の男は「おうよ」と答える。
「で、どうだった? どうだった?」
「まぁ、けっこう可愛い子だったけど、明らかに偽物だな。本物は綺麗な銀髪だけど、明らかに何かで染めたみてぇな汚ねぇ灰色の髪だったわ。顔つきも似てない事はねぇが……まぁ、遠目で見たら間違えることもあるかな、って程度だな」
「はぁーーっ、やっぱそうか」
「ほっ……。良かった、なんか安心したわ」
安心した様な表情を浮かべ、腰を下ろす二人の男。
良かった、借金を背負って身体を売る王女なんていなかったのだ。
しかしそんな二人に、隣の男は「だがよ」と続ける。
「オレたち鋼の戦斧亭の常連は本物のシルリアーヌちゃんと顔を合わせてるから、偽物だって分かる。けど、そうじゃない奴らからしたら、聞いた事のあるシルリアーヌちゃんの特徴と合致する偽物を本物だって思いこんじまうらしい」
「え?」
「そんな事ってあるか?」
「ある。実際、偽物は王女殿下とヤれるってんで、かなり評判になってる。まぁ奴らも本気で王女殿下だと思ってる訳じゃないかもしれねぇが、否定するほどの根拠もねぇから本物だって噂になっちまってる」
「そんな……」
愕然とする二人の男。
「もちろん、偽物は王女殿下だって自分で言ってる訳じゃねぇ。それを自称しちまうと王族詐称の罪で衛兵にしょっぴかれるからな。それとなく、そうだと匂わせる事を言っているだけだ。名前だってたまたま同じだけだと言い張りゃ、言い逃れだって出来なくはねぇ」
隣の男はそこで言葉を区切り、エールをぐいと喉へと流し込む。
「それに、たかが場末のいち娼婦の話だ。王宮も冒険者ギルドもまともに取り合うつもりはないみてぇで、今の所動く気配は無いな」
彼らもシルリアーヌファンを自称する男たち。自分の推している存在の偽物が現れ、しかもそれが娼館で人気になっている、というのは彼らにとって簡単には受け入れがたい事実。
なにか良くない流れになっているのではないか、そんな気がしてならなかった。
「……それより、気になる事がある」
逡巡したあと、真剣な表情で重い口を開く男。
「……良かったのか?」
男の言葉を聞いた隣の男は、同じく真面目な表情で頷く。
「シルリアーヌちゃんとヤってるみたいで、正直興奮した」
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