第63話 気遣い2
手の中には、メープルシロップのかかった美味しそうなワッフル。
さくりとかじると、口の中に広がるのはメープルシロップの甘みとワッフルの香ばしい味わい。
「おいしいの!」
「うん、そうだね。美味しい」
ボクとジゼルちゃんは通りのはしに設置されたベンチに腰掛け、ふたりでワッフルを頬張っていた。
「お姉さまといっしょなら、なんでも美味しいし、楽しい! 楽しいの!」
「そう? ボクの方こそありがとう、心配かけてごめんね」
ボクの肩に頭をのせて、こちらに体重を預けて来るジゼルちゃん。
その頭を撫でてあげて心配をかけたことを謝ると、ジゼルちゃんはふるふると頭を振る。
「いいの、わたしにとってお姉さまがすべてなの。お姉さまが笑顔ならそれでいいの」
「ジゼルちゃん……」
こちらを見上げ笑顔で言うジゼルちゃんに、胸が暖かくなる。
そんなことを考えているとき、周囲でわあっと声が上がる。
「パレードが来たぞ!」
「国王陛下がいらっしゃった!」
「騎士団だ、スゲェ! 近衛騎士団もいるぞ!」
周りにいた人達が、一本向こうの大通りの方へと走っていく。
そんな光景につられて視線を向けると、建物の間からその様子はこちらからでも見えた。
先頭に立ちひときわ目立っているのは、白銀の鎧と真っ赤なマントが特徴の近衛騎士団。王族の方々の身をお守りする重役を任せられた、騎士の中の騎士だ。そしてその次に王室直属の騎士団が続く。ここからは見えないが、その後ろに各貴族から派遣された騎士団、徴兵された兵士、そして金で雇われた冒険者と続くはずだ。
でも、ひときわ目立つのは――
「おおおっ、国王陛下だ!!」
「きゃあっ! 王太子殿下もいらっしゃるわ!」
「国王陛下万歳!」
「国王陛下! 魔族をやっつけてください!」
列の先頭から少し後ろの、まるで家が動いているんじゃないかと思うほどに巨大な馬車。
そして、その豪華な車体の上に設置された簡易的なステージに立つ、三人の人物。
一番前に立ち、周囲に目を走らせる白銀の鎧をまとう壮年の騎士様は近衛騎士団長かな。茶色の髪をもつ屈強な騎士様……エステルさんのお父さんなんだけど、あんまり似てないね?
その少し後ろで手を振っているのが、金髪碧眼の美青年。王太子ウィリアム・ド・プロヴァンス=サントゥイユ殿下だ。とても優しそうないかにも王子様といった外見のうえ、国王陛下の執務をすでにかなりの割合で代行していらっしゃる、文武両道の若き俊英だ。
でも、一番目を引くのはその後ろで同じように手を振っている方。
王太子殿下がそのまま年齢を重ねたような外見で、豪奢なマントと頭上に戴く王冠。国王陛下フィリップ7世、フィリップ・ド・プロヴァンス=サントゥイユ陛下だ。
先王陛下は勇猛な武人だったらしいけど、今生陛下は戦場で武勇を振るうタイプではない。だけど内政や調整能力に長けた方で、魔族との長い戦争に国内は多少疲弊はしているけど、致命的な破綻は今のところ訪れていない。これは今生陛下が国民の暮らしに目を配ってくださるおかげだと、王都のみんなは思っている。
「国王陛下か……」
周りのみんなは間近で見る国王陛下の姿に熱狂しているけど、ボクはひとつ離れた通りから、現れたり隠れたりするその姿をぼんやりと見つめていた。ジゼルちゃんは人がたくさんいる場所は苦手だろうし、なによりボク自身駆け寄るような気分になれなかった。
「父様……なのかな?」
ジゼルちゃんに言われて気が付いたけど、ボクはもし国王陛下にお会いしたら『お父様』とか呼ばないといけないのかな? というか、ボクが国王陛下にお会いすることなんてあるのかな?
王女シルリアーヌを名乗るのは自分で選んだ事だけど、まだどこか現実感が無く、ふわふわとした感覚が消えない。
周囲のみんなでボクを騙して担ぎ上げているんじゃないか、みたいな感覚。そんな事はあるわけないんだけど。
そんな事を考えていると、国王陛下の方をじっと見つめていたジゼルちゃんがぽつりと言った。
「……わたしは貴族も王族も、みんなキライ。わたしの村が襲われた時、わたしが奴隷になって酷い事をされてた時、貴族も王族もなにもしてくれなかったの。……キライ、みんなキライ。わたしに手を差し伸べてくれたのは、お姉さまだけなの」
「ジゼルちゃん……」
その黒曜石の様な瞳には、最近はあまり見なくなった昏い光が宿っているように見えた。
ボクは正直、貴族や王族がみんなヒドイ人、ってことはないと思う。
確かにミランダみたいな人もいるし、ジゼルちゃんや以前戦った盗賊のランヅみたいにヒドイ目にあわされた人だっている。だけどリリアーヌやエステルさんみたいに良い人だっている。『貴族』だから、という地位や身分で人を判断するのは間違っていると思う。
だけど悲しい事は無くならないし、ジゼルちゃんの村みたいに魔物に襲われる村はそう珍しい話じゃない。国王陛下だって領主様だって何も考えていない訳じゃないとは思うけど、そういった悲しい事件をなくすことは難しいんだろう。
ジゼルちゃんがこちらを見上げる。
そのきれいな瞳は、不安そうな色に揺れていた。
「……お姉さまも、リリアーヌみたいにお城に帰っちゃうの? 会えなくなっちゃうの?」
「あ……」
その瞬間、理解した。
ジゼルちゃんは、その事がずっと気になっていたんだ、という事に。
ジゼルちゃんの頭をなでてあげる。
……ボクがこれからどうなるのか、正直ボク自身分からない。だけど、ジゼルちゃんを安心させるためとはいえ適当な事を言いたくないから、正直に言うことにした。
「ごめん、正直よく分からない。だけど、たとえそうなったとしても、ボクはジゼルちゃんを連れて行くよ。侍女か護衛か、ちょっと分からないけど、ボクの近くにいてもらうよ」
「ほんと?!」
ぱあっと笑顔になるジゼルちゃん。
本当は、ボクが男だとか本当の王女じゃないとかの話まで正直に話すべきなのかもしれない。だけどやっぱり出来れば言いたくないって気持ちもあるし、ボクの勝手な判断で話してしまっていいのかという疑問もある。
「うん、約束するよ」
だから、ずっといっしょ、それだけは約束したいと思った。
「お姉さま、大好き! 大好きなの!」
抱きついてくるジゼルちゃんを受け止めながら、ほんとこれからどうなるんだろう、と考えていた。
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