第62話 気遣い
次の朝、町の賑やかな喧噪で目が覚めた。
眠い目をこすりながら宿の窓から通りを見下ろすと、朝早いのに普段の何倍もの人が目に入る。
「あ、そうか今日はパレードの日か……」
そう、今日は国王陛下自ら軍を率いて魔族討伐へ出陣する、御親征の出陣式がある日だ。
いまだ収まる気配を見せない魔族との戦争。
噂では状況は良くないというけど、その状況を打破するために国王陛下自ら王太子殿下や近衛騎士団長――エステルさんのお父さんだ――を率いて御親征に乗り出すのだという。
みんな、いつまでも終わらない戦争に恐怖や忌避の感情が無い訳じゃない。
だけど30年前の第五次人魔大戦とよばれる大戦争で隣国ブリテラが滅ぼされて以来、人間の治める国家はこのサントゥイユ王国ひとつしかない。戦争なんか嫌だと言ったところで何の解決にもならないし、逃げる場所も残されてはいない。
だからみんな、この状況を少しでも好転させるために乗り出した国王陛下を歓迎し、お祭り騒ぎで送り出すのだ。
真面目な顔で警備をしている衛兵、忙しそうに屋台の準備をしている商人、見学している観光客らしき人や、楽しそうに元気に走り回っている子供。
いつもならほほえましいと感じるんだろうけど、ボクの気は晴れない。
「ボクはここにいて、いいのかな……?」
今日は、リリアーヌもエステルさんも来ない。
王城である式典に参加するために、今日と明日は王城から抜け出すことは難しいみたい。
……だけど、ボクはここで町の人たちを眺めている。
どういう事情なのかは分からないけど、正当な王族ではないボクは式典に参加する必要は無いみたいで、参加の必要は無いと言われた。……なんだかちょっと意外だった。
町のみんなには王女殿下だから、なんて言われて避けられて、レックスには憎悪のこもった目で見られて。
だけど王族として、王女としてなにか仕事が与えられている訳でもない。
正当な王族ではないボクは部外者扱いをされて、いつもの宿の窓からぼんやり外を眺めている。
「ボクって、なんなんだろう……?」
そんな事を考えながら外を眺めていると、部屋のベッドの上でごそごそと音がした。
「……うみゅ、お姉さま、おはようなの」
「うん、おはよう、ジゼルちゃん」
ベッドの上でむくりと上半身を起こしたジゼルちゃんに、あいさつを返す。
「……お姉さま?」
ジゼルちゃんがシーツをぎゅっと抱きかかえて、首をかしげる。
その黒曜石のようなきれいな瞳で揺れるのは、不安そうな色。
ジゼルちゃんは正直あんまり頭の良い方じゃないけど、でも決して頭が悪いわけじゃないし鈍いわけでもない。町の人から距離を置かれて不安になっているボクを心配してくれている。ジゼルちゃんはボクより頭一つ分くらい小さいし、「お姉さま」なんて呼んでくれるからつい妹みたいに扱っちゃう。でもそんなジゼルちゃんに心配をかけちゃうなんて、お姉さま失格だね?
「くすっ、なんでもないよ」
立派な『お姉さま』になりたい、みたいな事を考えてしまったボク自身がおかしくて、笑みが漏れる。
するとジゼルちゃんは、ぱあっと笑顔を浮かべ、ボクの胸へ飛び込んでくる。
「ととっ……」
「よかったの! お姉さまは笑顔がいちばんなの!」
そんな笑顔のジゼルちゃんが眩しくて、こっちまで笑顔になる。
ジゼルちゃんの頭を撫でてあげていると、彼女は窓から通りを見下ろして「お祭りなの!」と声を上げた。
「そう、今日は国王陛下御親征のパレードだよ」
「国王陛下……お姉さまのお父さんなの? どんな人なの?」
「えっ?」
見上げて来るジゼルちゃんに、どきりとする。
国王陛下が、ボクの父様?
そういう事になるの? いやいや、国王陛下だよ? でもこれからは国王陛下の事を父様と呼ばないといけない、って事?
ボクにとっての父様は村にいた父様の事なんだけど……。
というか、このままボクが本当は王族じゃない事とか、実は男だという事とかを隠したままでいいんだろうか? ボクの事をこんなにも慕ってくれるジゼルちゃんに、隠し事をしていていいんだろうか?
「えっと……」
ボクが返答に困り言葉に詰まっている間に、ジゼルちゃんの興味は国王陛下から通りに並ぶ屋台の方へと移っていた。窓から身を乗り出して、目をキラキラさせて色々な屋台を興味津々で見つめるジゼルちゃん。
「お姉さま、屋台へ行ってみたいの!」
そのきらきらした瞳で、振り返り言う。
ジゼルちゃんが育った村には屋台とか無かったみたいだし、王都に出てきてからは奴隷だったからだれも屋台で何か買ってくれたりはしなかったみたい。そんなジゼルちゃんは、今ではすっかり屋台を見て歩いて食べ歩きをするのが大好きになってしまっていた。
ジゼルちゃんがそんな、当たり前の日常を楽しんでくれている事がとても嬉しい。
「うん、そうだね。あとで色々見て回ってみようか。パレードもあるみたいだしね」
◇◇◇◇◇
外に出ると決めてはみたんだけど、このところ人目がどうも気になっちゃって少し腰が引ける。
だから、荷物の中からフードの付いたコートを取り出した。依頼で遠出する時とかに雨露をしのぐためのコートで、防御力とかは無いただのコートだ。
鋼の戦斧亭で朝食を食べて、そのコートを身に着けてから外に出る。
そこに広がる人の数は、朝に窓から見下ろした時と比べて倍くらいにはなっていた。
「うわぁ!」
思わず声が出る。
目深に被ったフードの下から見えるのは、人、人、人……のどこまでも続く人の海だった。
王都に出てきてからしばらく経つけど、それまでは見たことのない人の数。王都だけではなくて周辺からも集まって来ているんだろうか、どこにこれだけの人がいたのかと思えるほどの人だかり。その集まった人たちを見ると、そのお祭り騒ぎのような熱気にあてられて、こっちまで気分が高揚してくる。
「……うう、人が多いの。邪魔」
だけど、ジゼルちゃんは嫌そうに呟き、ボクのコートの裾を握りしめる。
こんな様子を見てはっとさせられる。
ボクは人がたくさん集まって楽しそうにしているのを見ると嬉しくなってくるけど、そうじゃない人だっている。天職のせいで悲しい思いをしたうえ奴隷に落とされる、という体験をしたジゼルちゃんがそうだ。
「ごめんねジゼルちゃん、気付かなくって。人のいない方へ行く?」
ジゼルちゃんを軽く抱き寄せるようにしながら言うと、彼女は何かに気付いたようにハッとするとこっちを見上げる。
「ち、ちがうの! べつに嫌じゃないの! お姉さまといっしょなら大丈夫なの!」
取り繕うようにそう言うと、屋台のある方へボクの腕をぐいぐい引っ張っていく。
「お姉さま、わたしねわたしね、ワッフルが食べたいの!」
コートを引っ張るその力に流されるように、一軒の屋台に近づいていく。
その屋台に並んでいるのは、ジゼルちゃんが言うとおり沢山のワッフル。香ばしい匂いが漂っていて、さっき朝ご飯を食べたばっかりなのにお腹がすいてくるような気がする。
その屋台におっかなびっくり、という感じで近づいていくジゼルちゃん。
ジゼルちゃんは奴隷にされていたという事もあって、人が苦手だ。ボクに対してはすごく色々話してくれるし、リリアーヌたちにも少しは慣れてきたと思う。だけど、それ以外の人とはほとんど喋らないし、買い物のときなんかもボクの後ろに隠れていることが多い。
「あ、わわ……ワ、ワッフルください! ……なの」
でも今、そんなジゼルちゃんが自分から人に話しかけて、買い物をしている。
そう、気を遣われているんだ、ボクは。
「ワッフル買えたの、お姉さま!」
戦利品を抱えて、嬉しそうにとてて、と小走りで走ってくるジゼルちゃん。
その姿を見て感じるのは、感謝の気持ち。
ボクは確かに最近ちょっと悲しい気持ちになっていたけど、こんなにもいろんな人に優しくしてもらっている事への感謝の気持ち。
だから、彼女の手からあつあつのワッフルを受け取って、こう口にした。
「ありがとうね、ジゼルちゃん」
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