第61話 憎悪
ボクたちは、受けた依頼を終わらせてギルドに報告に来ていた。
受けていたのは、山岳地帯に生える珍しい薬草の採取。生息する魔物は強い事は強いけど、ものすごく強力って程じゃなかった。だけど目的の薬草がちょっと珍しいというか見つけにくい物だったから、あんまりみんな受けたがらない依頼だったみたい。
ボクは薬草に関しては村のオババにいろいろ教わったから、結構詳しい方なんじゃないかと思うけど。
受付のコレットさんに採取した薬草と魔物の討伐照明の魔石を提出しているリリアーヌとエステルさんを、見るともなしに見る。
「はぁ……」
今日何度目だろう、ため息が漏れる。
そんなボクを心配してジゼルちゃんが、ボクの顔を覗き込んでくる。
「……お姉さま、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
そんなジゼルちゃんに笑いかけ、頭を撫でてあげる。
このところ、どうも調子が出ない。
……とはいっても、身体の調子はすこぶる良い。
天職の祝福も、かつてないほど高まっているのを感じる。上位上段の精霊術や神聖術も使えるようになって、魔物の討伐はとても楽に終えることが出来た。
だけど、気持ちの方が付いてこない。
王女だという事が町中に広まって、みんなボクに一歩引いて話をするようになってしまった。王族と平民、という身分差を考えればそれは当たり前のことなのだと頭では理解出来る。出来るけどボクはリリアーヌみたいな本当の王族じゃない、なんだか話の流れでなんとなく王族だと認められてしまった、まがい物だ。そんなに畏まった対応をされるような人間じゃないし、ボクの気持ちの方だってついてこない。
「はぁ……」
「終わったぞ……なんじゃ、まだ気にしておるのか?」
受付での報告と報酬受け取りの手続きを終えたリリアーヌが声をかけてくれる。
「妾にはお主の気持ちは分かるとは言えぬが……そんなものは慣れじゃろ、慣れ」
「そうですね……メイドと護衛を兼ねる私といたしましては、王族に一般市民が気安く話しかけたり触れたり出来る事の方がどうかと思いますから、慣れていただくしかない様な気はいたします」
でも、その言葉は今の現状を仕方ないと考える言葉だった。
「う~~ん、そっかな。確かに、ボク自身わがまま言ってるとは思うんだけどね」
生粋の王族であるリリアーヌと護衛を兼ねる貴族のエステルさんでは、ボクとは感じ方も違う。
なにもかもを自分の思い通りにすることなんて出来ない以上、ボクが我慢するしかない事なのも分かってはいる。
難しいなぁ。
そんな事を考えていると、ギルドの入り口の扉がバァンと荒々しく押し開けられる。
「シルリアーヌ! シルリアーヌはいるかッ?!」
「え?」
ボク?
振り向くと、そこにいたのは怒りの形相を浮かべるレックスだった。
「見つけたぞ、この卑怯者めが!!」
その場にいた冒険者たちを突き飛ばすように押しのけながら、こちらへ向かって来るレックス。
「よくもパラディンであるこのオレを虚仮にしてくれたな! オレが妬ましいなら直接挑んでくればいいだろう! 妙な噂をばら撒いたりミランダのような半端者を狙ったりせずにな!!」
その瞳に浮かぶのは、明確な憎悪。
ボクがシリルとして『勇者の聖剣』に居た頃から、機嫌の悪い事の多い人ではあったと思う。叩かれたり蹴られたりした事もあったし、正直難しい所のある人だ。
だけど、その感情は薄く広く周囲全体に向けられていて、ボク自身に明確な憎悪を向けられたことは無かったと思う。
そのレックスに、正面からぶつけられる憎しみの感情。
ボクが思わず身を竦めると、そんなボクをかばう様にリリアーヌとエスエルさんが間に割って入る。
「いきなりなんじゃ、お主?!」
「そうです、王女殿下に無礼です! それ以上近づかないで下さい!」
「ああァ?!」
だけど、レックスは青筋を立ててそれに怒鳴り返した。
「ふざけんなッ、そっちから手を出してきたんだろうがッ! 噂をばら撒いてオレのパラディンの天職を貶め、ミランダを罠で嵌めて殺しやがった! パラディンでA級冒険者のオレが妬ましいんだろうが!!」
「えっ?! ち、違うよっ、そんな事してないよっ?! 確かにミランダ達の事は残念だったけど……」
首を横にぶんぶんと振る。
思い出すのは、目の前でオークキングに殺されたミランダの事。
たしかにシリルの時からいろいろと酷い事をされたし、ジゼルちゃんへの仕打ちも許せるものじゃなかった。だけど死ねばいいなんて思った事はないし、ボクから罠にはめて殺すとかとんでもないよ!
「嘘つきやがっても無駄だ! シルリアーヌ、お前がミランダを嵌めて殺したと、ちゃんと情報が入ってるんだからな! オレに対しても同じだ!」
「はぁ?! なんじゃそれは?!」
リリアーヌが声を上げる。
ボクもそんな事はしてないと弁解するけど、レックスは聞く耳を持たない。
「そんな戯言にオレが騙されると思ったら大間違いだ! さぁ、本当のことを言え!!」
ボクが彼のおかしな噂をばら撒いたり、ミランダを罠にはめて殺したことはレックスの中では真実となっているみたいで、いくら違うと言っても通じない。ボクはやってない、嘘だオレは知ってるんだからな、の繰り返し。
言葉は通じているはずなのに、話が通じる気がしない。
ギルドのカウンターの前で始まったボク達とレックスのやりとりに、なんだなんだと冒険者たちが集まってくる。
「シルリアーヌ王女殿下だ」「まーたレックスが揉め事起こしてんのかよ」なんて、言葉を交わし合う冒険者たち。ボクに同情的な声が多いような気がするけど、遠巻きに見ているだけで口を出したりはしてこない。
そんな時、レックスが一際声を張り上げて叫んだ。
「そもそもお前が王女ってのがおかしいんじゃねぇか! 前までは平民だったはずだ、それが急に王族? おかしいだろ、そんな訳あるか! お前がなにか裏で手を回しやがったに違いない、オマエらもそう思うだろう?!」
周りの冒険者たちに訴えかけるように、両手を広げて叫ぶレックス。
すると、それまでボクに同情的な視線を送っていた冒険者たちが、すっと目を逸らした。
「え……?」
どきり、とする。
目の前でレックスが言う、ボクが王族の地位を手に入れるためになにか手を回した、というのはみんな思っている事なんだろうか?
「ほら、なんとか言ってみろ! どんなカラクリだ、何か汚ねぇ手を使わねぇと王族の地位なんて手に入る訳ないじゃねぇか!!」
「え、そ、それは…………」
レックスの強い言葉に、思わず後ずさる。
ボクが王女として認められるために、何かしたなんていうことは無い。というか、王女の話はボクにとっても降って湧いた話で、どうしてそうなったのか全く分からないというのが正直なところ。
だからどうしてこうなったのか、きちんとした説明なんて出来ない。自分でもどうしてか分からないけどこうなった、みたいな自分でも信じられない説明を人にしたところで、信じてはもらえないだろう。
だから、ボクはなんと言っていいのか分からなかった。
「そらみろ! 人には言えないような手段でその地位を手に入れやがったんだなァ?! そしてその地位を利用して自分に有利な噂をばら撒き、オレを陥れようとしたんだな!」
どんどんヒートアップするレックスに比例して、周囲の冒険者たちのざわめきも強くなってくる。
あちこちで聞こえて来る、「え、まじかよ」みたいな声。
その声に抗うように、エステルさんとリリアーヌも声を上げる。
「そこまでです! 王女殿下に対するそれ以上の暴言は、冒険者間の軽口だとしても見過ごせません!」
「そうじゃ! それにシルリアーヌの突然の発表については王室にも責任がある、シルリアーヌの責任ではないのじゃ!」
「あァ?! 守銭奴の貴族サマ王族サマは黙っていろ!!」
だけどレックスは聞く耳を持たない。
「そっちがその気なら、こっちにも考えがある! お前の卑劣な罠を逆手にとり、ここから逆転する作戦があるからな! 後で吠え面かくなよ?!」
自分の言いたいことだけを言って、踵を返すレックス。
そしてバァンと大きな音を立てて、ギルドから出ていった。
「…………」
そして、ギルド内はなんともいえない空気に満たされた。
以前なら何かあっても「まぁ気にするな」なんて声をかけてくれる人もいたけど、今はそんな人はいない。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう……。
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なんの反応も無いのが一番かなしいので……。




