第59話 朝
次の日、部屋に差し込む朝日で目が覚めた。
「ううん……」
ぼんやりとした頭が徐々に覚醒していく。
そうだ、昨日はみんなとグリフォンの討伐に行って、王都に戻ってきたら遅い時間だったからギルドへ報告だけ済ませて、すぐ帰って寝たんだった。
ふるふると頭を振って目を覚まそうとしていると、腕に伝わる柔らかい感触。
「むにゃむにゃ…………お姉さま……大好きなの…………」
横を見ると、ボクの腕を抱えて眠るジゼルちゃんの姿。
そんなジゼルちゃんが身に着けているのは、ぶかぶかのシャツ一枚だけ。田舎の村に育ち最近は奴隷としてひどい扱いを受けていたジゼルちゃんは、何枚も服を着たり下着を着けたりするのに慣れていない。だから今のジゼルちゃんは下着なんて身に着けておらず、本当にシャツ一枚以外にはなにも身に着けていない。
「あう……」
ジゼルちゃんは結局、ボクの部屋で生活している。
だからこういった光景は毎日繰り返されているんだけど……慣れない。全然慣れないよ!
「ううん……」
ジゼルちゃんが身じろぎする。
ジゼルちゃんは今まであまり食べさせてもらっていなかったから、同年代の女の子と比べて痩せている方だと思う。でも、それでも女の子だから体は柔らかいし、抱え込んだボクの腕にはジゼルちゃんの控えめだけどやわらかい感触が伝わってくる。
そして、彼女が動くたびにシーツやシャツがはだけて、色々女の子として見えちゃいけない部分が見えそうになる。
「あうあうあう……」
何かを言いたいけど言葉にならず、ぱくぱくと口を動かす。
そして、どんどん顔が赤くなってくるのを感じる。
「うわあっ?! だめだよジゼルちゃん! 女の子なんだからあっ?!」
がばあっと身を起こし、ジゼルちゃんのシャツやシーツを直してあげる。
ちょっと残念な気持ちがよぎったけど……、だめだめ、ボクのバカ!
「むにゃ……お姉さま、おはようなの…………」
ひとりでそんな事をしていると、ジゼルちゃんが目を覚ます。
「ほっ……おはよう、ジゼルちゃん」
むくりと体を起こしたジゼルちゃんを見て、ほっと息を吐く。
「朝おきてお姉さまの顔を見られるなんて、とってもとっても嬉しいの。しあわせなの」
「うん、ボクもジゼルちゃんの楽しそうな顔が見れて嬉しいよ」
ジゼルちゃんは、事あるごとにそんな事を言う。
そう言ってくれるのは嬉しいやら恥ずかしいやらだけど、初めて会った時のジゼルちゃんの悲惨な状況を思うと、本当に良かったって思うよ。
「ジゼルちゃん、起きたらパメラちゃんにお湯とタライ貰ってきて?」
「はいなの! もらってくるの!」
そう言うと、ジゼルちゃんはしゅたっと手を上げたあと、部屋を出て一階へと降りていく。
ボクたちは昨日依頼をこなしたあと、帰ってきてそのまま寝てしまった。いつもならお湯で体を拭いてから寝るんだけど、昨日は帰ってきたのが夜遅かったからそのまま寝ちゃったんだ。酒場があるからここ『鋼の戦斧亭』主人のロドリゴさんは起きていたけど、娘さんのパメラちゃんはもう寝ちゃってたから忙しいかなと思って。
うん? お風呂? お風呂は……高いからね。
「も、もらってきた……の」
お湯の入った大きなタライと数枚のタオルをかかえて、よたよたとジゼルちゃんが戻ってくる。
「ありがと、持てる? 大丈夫?」
「だ、大丈夫……なの! ひとりで出来る……の!」
どすんとタライが床に置かれる。
「ありがと、ジゼルちゃん。ご苦労様」
「えへへへへ、がんばったの」
頭を撫でてあげると、ふにゃっとした笑顔になるジゼルちゃん
かわいいなぁ。
ジゼルちゃんの笑顔を守れて良かった。本当にそう思う。
思うん……だけど…………。
「じゃあ、身体きれいにするの!」
着ていたシャツをばさっと脱ぎ捨てるジゼルちゃん。
そして「あったかいの!」と言いながら、タライのお湯に足を突っ込んだ。しばらくちゃぷちゃぷとタライの中で足踏みしたり体にお湯をかけたりしていたけど、気が済むとくるりとこちらに向き直るジゼルちゃん。
「お姉さま、身体ふいてほしいの!」
全裸のジゼルちゃんは、笑顔でそう言った。
奴隷生活の間に羞恥心というものを失ってしまったのか、それともボクに気を許してくれているのか。どちらかは分からないけど、上も下もあけっぴろげで隠そうとするそぶりは皆無だった。
ううう~~~~。
どこに目をやればいいのか分からないよ……。ジゼルちゃんが楽しそうなのはいいんだけど、毎日毎日女の子のハダカを見せられるのはいろんな意味で辛い……。ボクはこれでも健全な男なんだけど……。
「うう……分かったよ。身体ふくから向こう向いててね」
「はいなの! お姉さまに身体ふいてもらうの大好きなの!」
向こうを向くように言うと、くるりと背を向けるジゼルちゃん。
「んふふ~~ふふ~~んふ~~」
そんなジゼルちゃんの背中をお湯で濡らしたタオルで拭いてあげると、彼女は鼻歌を歌いながら身体をゆらゆらと揺らす。ジゼルちゃんは自分で言った通り、体を拭いてあげるときはいつもに増して嬉しそうだ。
今まで大変な思いをしてきたジゼルちゃんが嬉しそうでボクも嬉しいよ。
嬉しいけどね。
ゆらゆらと揺れるジゼルちゃんの背中を見る。
ジゼルちゃんの肌は、農作業や冒険者生活が多かったからとても健康的な色をしている。出会った時は十分な食事をさせてもらっていなかったせいで棒のように細かったけど、今は好きなものを食べさせてあげているので、女の子らしい柔らかさや膨らみなんかも見て取れるようになっている。
だから、無防備にそんな素肌をさらされても困るんだけど……。
それに、一通りふいてあげると次に来るのはあれなんだよねぇ……。
しばらく背中を拭いてあげていると、ジゼルちゃんがくるりと振り向いた。
「こんどはわたしがお姉さまの背中をふいてあげるの!」
「う……」
来た! この時間が!
「い、いや、ボクはいいよ……。あとで一人でふくから……」
ジゼルちゃんはボクが体をふいてあげた後、必ずこう言って来る。
ボクは女の子の格好をしているけど、本当は男だ。
だれにも疑われたことが無いのがちょっぴり不満だけど男だ。
そんなボクだけど、さすがに裸になれば分かる人には分かるんじゃないかと思う。骨格だって違うだろうし、胸だって膨らんでない。
だから断ろうとするんだけど、ジゼルちゃんはずいっと身を乗りだして来て声を上げた。
「だめなの! ちゃんと身体ふかないといけないの! ひとりだとふけない所もあるし、お姉さまにはいつもキレイにしておいて欲しいの!」
目を見開いて、まくしたてるように言うジゼルちゃん。
た、たしかに背中なんて自分では手が届きにくいし、人にふいてもらった方がいいかもしれない……。
「わ、わかったよ……。お、お願いするから……」
「やったの! お姉さまのハダカ!」
……ジゼルちゃん、キミ、本当にボクに清潔になって欲しいから言ってるんだよね?
なんだか釈然としない気持ちを抱きながら、着ていたドレスを上だけはだけて背中を向ける。
さすがに下を脱いだらバレると思うしね。それに、上半身も前を見られたら胸が無いからバレると思うから、タオルで胸元を隠すのも忘れない。
これなら大丈夫……かな?
「おほおぉぉっ!!」
ジゼルちゃんが変な声を上げる。
「ああああああああっ、お姉さまのハダカハダカハダカ?! キレイキレイキレイキレイ?! ああっ、肌がすべすべでまっ白で美しくて、わたしなんかとは違ってなんか女神様みたい、そう、頭のオカシイ女神なんかじゃなくてお姉さまこそが女神! 至高! 教会の連中は悔い改めるべき! おふうっ、匂いかいでいいですか? さわっていいですか? なでていいですか? 頬ずりしていいですか? 舐めてもいいですか? 唾つけていいですか? くんかくんか、はふはふはふはふッ…………」
ちょっとついていけないテンションで声を上げていたジゼルちゃんの動きがぴたりと止まり、その鼻から鼻血がつうっ、と滴り落ちる。
「きゅう…………」
そしてぱたりと倒れるジゼルちゃん。
はぁ、と息を吐く。
実はこんなやりとりが毎日繰り返されているんだよね……。
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