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閑話 ジゼル2

 死ね。


 死ね。


 死ね。


 それしか考えられない。

 ここはパーティー『勇者の聖剣』のオスニエルという畜生が泊っている高級宿の一室。無駄にお金がかかっているのが腹立たしい豪勢なベッドの上で、わたしは乱れた服を直していた。


「……ふぅ、奴隷という物もなかなか良いものだな」


 ベッドに腰かけ、脱いでいた服を着ているのはオスニエル。


 わたしの育った村では欲望のままに生きる自分勝手な奴を『ゴブリン野郎』だなんて呼んでいたけど、オスニエルはまさに『ゴブリン野郎』だった。本当はこのゴブリン野郎を突き飛ばして逃げ出したいけど、首に付けられた忌々しいこの黒い首輪のせいでそれは叶わない。魔導具である首輪の能力で、わたしは『勇者の聖剣』メンバーの命令に強制的に従わされている。


 わたしは何度もオスニエルに辱められている。オスニエルも最初は慣れていないようだったけど、慣れてくると毎日毎日何度もわたしは辱められた。今はどこかに行っていてここにはいないけれど、リーダーのレックスも似たようなものだ。 


 きもちわるい。


 きたない。


 けがらわしい。


 ――そして、とても惨めだった。


 「泣くな」と命令されているから涙は出ない。

 だけど、わたしは泣いていた。毎日毎日泣いてばかりだった。


 そんな時、いつも思い出すのはあの銀髪の綺麗な女の人。

 シルリアーヌと呼ばれていた、高そうなドレスを着た女の人。わたしは初めて見たとき貴族の方かと思ったんだけど、ミランダは平民だと言っていた。本当かな? わたしはいつも偉そうで酷い事をするミランダなんかより、よっぽど高貴な感じがした。


 そして、あの人はわたしの傷を治してくれて、やさしく抱きしめてくれる。


 お母さんのような暖かさと、お父さんのような頼りがいを感じる人。

 わたしは心の中で『お姉さま』だなんて呼んでるけど、あんな人がお姉ちゃんだったら良かったな、なんて思う。


 あの人、お姉さまに抱きしめられて頭を撫でてもらった時、乾いていた心が温かくなった。

 お姉さまは、この昏い酷い世界に灯る、ただひとつの光。いつも心を殺して生きているわたしが、お姉さまに会えた時だけ自分の心を取り戻すことが出来る。


 そのとき、部屋の扉が開いてミランダが入ってきた。


「邪魔するわよ。……オスニエル、またやってるの? お盛んだこと」


 嘲笑するように笑うミランダの前で、オスニエルは慌てて衣服を整える。


「ち、違うんだミランダ。いや、違わないが……これは何というか……」


 慌てて弁解するオスニエルにミランダはどうでもいい、と言うようにぱたぱたと手を振るとソファーに腰かけた。冷たくされて落ち込むオスニエルを見ていると、少しだけど気持ちがすっとする。


「そんな事より、あしたは例のパーティーよ。忘れないでよ?」


 横柄な態度で言うミランダに、オスニエルは「忘れるものか」と、わたしの嫌いな気持ち悪い笑みで答える。


「ついにあのシルリアーヌがわたしの物になるのだな? ああ、今から楽しみだ! この汚い奴隷でもこれほどの快楽! あの美しい娘はどのように鳴いてくれるのだろう!」

「あなたの物じゃないけどね。まぁでも協力してくれたお礼に、私の使ってない時なら自由に使ってくれてもいいわ」


 気持ち悪い笑顔を浮かべるふたりに、心の奥がぎゅうっと締め付けられる。


 ふたりはこの前から、お姉さまを自分たちの物にするためにいろいろ企んでいた。わたしは頭が良くないからあんまり詳しいことは分かってないんだけど、明日のパーティーで計画を実行するらしい。


 お姉さまがこのふたりに酷い事をされるかもしれない、と思うと居ても立ってもいられない気持ちになる。

 だけどわたしには何もできない。


 お姉さまが無事でいられるよう祈るしなかった。



◇◇◇◇◇



 次の日、わたしはミランダの屋敷のパーティーに連れて行かれていた。

 ミランダの屋敷は、田舎の村育ちのわたしには想像もできない様な豪華なお屋敷だ。だけど、わたしはこの豪華な屋敷が嫌い。見上げるような立派な建物は、まるでお高くとまって他人を見下すミランダみたい。


 一緒に行ったのはミランダ、オスニエル、それからオータブという神聖教会の司祭。

 このオータブという司祭、はじめて会ったけどわたしの胸元やおしりをいやらしい目でじろじろ見る、オスニエルやレックスと同じゴブリン野郎だった。


 わたしはこの3人の後ろを、下を向き体を小さくして付いていく。

 着ているのは、いつもの粗末な布切れ一枚。オスニエルは「もうちょっとちゃんとしたものを着せたらどうだ?」なんて言うんだけど、ミランダは反対みたいで「奴隷なんて布一枚でじゅうぶんよ」なんて言う。


 なのに


「まったく、ジゼルはいつも粗末で汚い身なりで恥ずかしいですわ。きちんとした格好をさせてあげたいのですが、暴れまわって手が付けられませんから、身なりを整えることもままなりませんわ」

「ははは、所詮は下賤な犯罪奴隷ということですか。それにしても、奴隷の境遇にまで心を砕かれるミランダ嬢はお優しい」

「ふふふ、ありがとうございます」


 他の貴族の前で、わざわざわたしの服が粗末な事を話題に挙げる。

 別の服なんていくらでもあるのにわざわざ粗末な服を着せているくせに、それを心配するような言葉を吐く。そしてそれを聞いた貴族たちは、お優しい、なんて声をかける。


 反吐が出る。


 なんて醜い。


「こちらのジゼル、天職はバーサーカーなんですのよ。魔導具の拘束を外れると、凶暴化して暴走し周囲を破壊し尽くします。ジゼルはこのバーサーカーの力で自分の故郷を滅ぼしたそうですよ」


 そしてわたしの天職の話と村の事を話題に出す、いつもの流れ。


 あの村の事は考えたくない。

 思い出すのは村のみんなの顔と、あの時感じた世界への、自分自身への絶望と憎悪。


 そのことをミランダに言われると叫び声を上げて暴れだしたい衝動に駆られるけど、わたしの身体は動かない。


 その後も続く、ミランダと他の貴族達との茶番の様なやり取り。

 わたしがどれほど凶暴で野蛮で粗野なのかをミランダがわざとらしく語り、貴族たちがそんなミランダを褒め称える。


 死んじゃえ。


 みんなみんな、死んじゃえばいい。


 まるでゴブリンの様な醜い声にわたしが耐えていると、会場に綺麗な良く通る声が響いた。


「ジゼルちゃんを悪く言わないでよ!」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。


 そこにいたのは、シルリアーヌお姉さま。

 醜い貴族たちのなかにあって、輝くような銀髪をなびかせて怒りの表情を浮かべるお姉さまは、とても美しく見えた。


 だけど、ミランダやオスニエルはお姉さまを陥れるための作戦を練っていた。

 来ないで、逃げて、という気持ちと来てくれて嬉しい、という気持ちがせめぎあう。ミランダ達が何か企んでいるって、大声で叫びたいけどわたしの身体はうごかない。ミランダ達に逆らうな、と命令されているから。


 わたしが張り裂けそうな気持ちで見守っている中、お姉さまはミランダ達を問い詰める。

 何が始まったのかと、ざわざわとし始める会場。

 だけど、ミランダ達は余裕の表情を崩さない。


「みなさま聞きまして? こちらのシルリアーヌさんは平民の身分でありながら貴族の私に言いがかりをつけ、私の名誉を貶めました。これは許されないと思いませんか?」


 ミランダが自信満々の表情でお姉さまが平民だと訴えると、まわりの貴族達はそうだそうだと声を上げる。

 わたしはお姉さまが単なる平民だなんて思えないけど、貴族たちはお姉さまが平民だということが許せないみたいで、とたんにお姉さまを非難するような雰囲気になってしまう。


 やめて! シルリアーヌお姉さまをひどく言わないで!


 でもそんな中、ミランダはオスニエルとオータブ司祭と言葉を交わすと、声を上げた。


「神明裁判を要求します!」


 神明裁判?

 わたしは何のことか全くわからなったけど、他の人はみんな分かったみたいでざわざわとし始める。


 お姉さまが動揺しているから、これはまずいことなのだろうか?

 話を聞いているとミランダがお姉さまに精霊術を放って、お姉さまが無罪なら怪我を負わない、怪我を折ったら有罪だ、という。なにそれ、頭おかしいんじゃないの? 精霊術を人に放って、怪我しない訳ないじゃない。

 

 意味わからないと思うけど、でもそれが神明裁判ってやつみたいでそのまま話が進んでいく。


「あなたが潔白であれば女神様はお守りくださるわ? でもどうしても神明裁判は受けたくない、と言うのであればこの覊束の円環を付けて、私の物になりなさい。そうすれば私所有の奴隷がすこし粗相をしただけ、という事で許してあげますわ」


 そして、可笑しくてたまらない、という表情でミランダがお姉さまに言う。

 しかも、神明裁判を受けて火傷をしたとしても、お姉さまはこの忌々しい首輪――羈束の円環を付けられてミランダの物にするのだと。なにそれ、意味わからない。どっちにしろ、お姉さまはミランダにこの首輪を付けられてしまうじゃない。


「パーティーに来てくださったみなさんも、お騒がせして申し訳ありません。このシルリアーヌさんに覊束の円環を付けたら、来賓のみなさまの()()に回させますわ。お騒がせしたお詫びです、シルリアーヌさんに何をされても構いません、存分に気のすむまで可愛がってあげてくださいな」


 しかも、ミランダがお姉さまを貴族たちの接待に回すと言ったとたん、貴族たちは嬉しそうな声を上げた。

 接待だなんて言っているけど、わたしにしているような酷い事をお姉さまにもするつもりだとすぐ分かった。


 許せない。

 あの綺麗で優しいお姉さままで、酷い事をして穢すつもりなのかと、怒りが込み上げてくる。本当に、こいつらは醜く、汚らわしく、最悪だ。


 そんな空気の中、何かに耐えるように俯いてしまうお姉さま。


 逃げて、と叫びたかった。


 お姉さまがあいつらの好きにされるのは耐えられない。


 助けて、と叫びたかった。


 本当はわたしをここから助け出して欲しい。


 わたしの心はぐちゃぐちゃだ。

 お姉さまが顔を上げる。その綺麗な青紫色の瞳はまっすぐに前を見つめ、ぴんと伸ばされる背筋。

 

 その時、お姉さまを取り巻く空気が一瞬で変わるのを感じた。

 暖かな日だまりの様な空気から、清涼な森の様な空気へ。

 その銀色の髪はきらきらと輝き、まるでお姉さまが光を放っているかのよう。


 そしてお姉さまは凛とした声で告げた。


「第七王女シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユとして命じます。ジゼルちゃんを引き渡して」

 お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。


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