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第43話 傲慢

「はぁ……はぁ……」


 ボクは疲れ果て、仰向けで倒れるように寝ころんでいた。

 すこし離れてリリアーヌやエステルさんも同じような状態。


 エステルさんがオークロードを倒した後、オーク達は大混乱となった。

 大部分が逃げ出してしまったけど、怒って向かって来るオークも結構いた。そんなオークをひたすら倒して倒して、やっとこの辺りのオークを一掃することが出来た。ボクもエステルさんももう限界だったし、リリアーヌにもかなり負担かけてしまった。最後の方は混戦になってしまっていて、リリアーヌはリンドヴルムでオークを殴りつけながら逃げ回る事になってしまっていたから。


「ふ、ふたりとも……大丈夫?」

「……これは……ちょっとキツイですね……」

「ぜぇ……ぜぇ……うぷっ……口を開くのもつらいのじゃ……」


 寝っ転がり息を整えながら、声を掛け合う。


「はぁはぁ……なんとかなりましたね。一時はどうなる事かと思いましたが……」

「そうじゃのぅ。……オークの分際でずいぶん手ごわかったのじゃ……」

「オークだと甘く見てたのがいけなかったよ。もう少し上手く立ち回れたはずなのに……」


 そう、今回の戦いは常に後手後手に回ってしまっていて、反省することしきりだ。

 結果的に何とかなったからいいようなものの、危ない場面はたくさんあった。


 昔より実力は付いているはずなのに、なかなか上手くいかない。

 冒険者って難しいなぁ、などと思っていると


「こりゃ!」

「いたっ」


 頭にコツンとなにかが当たり、顔を向けるとリリアーヌが手に持つリンドヴルムを頭に当てられていた。


「またなにやら自分を責めておるのではないか?」

「えっ?」

「お主の責任ではない。妾はお主の指示が妥当だと思ったからこそ従ったのじゃし、異論は出なかったじゃろ。これは妾たち全員の責任で、お主が気に病む必要はないのじゃ」

「そうですよ、私たちはパーティーです。1人が責任を負う必要はありません」

「リリアーヌ……、エスエルさん……」


 ボクの事を気遣ってくれる2人に、言葉に詰まる。

 胸の中でわだかまっていた物がすっと消え、代わりに胸に広がるのはあたたかい感情。


 そんなボクにリリアーヌは寝っ転がったまま自分の胸に手を当て、わざとらしく軽い口調で言った。


「というか、お主自分の事をパーティーのリーダーだと思っとりゃせんか? 妾は王女ぞ? 王族ぞ? リーダーは妾に決まっておるじゃろうが。誰の責任かと言えば、パーティーのリーダーたる妾の責任じゃろ?」

「……ついさっき全員の責任だって言ってたじゃないか」


 くすりと笑う。


 もう自分を責めるような感情は無い。

 でも、この素晴らしい人たちを危険な目には合わせたくない。


 強くなりたい。


 寝っ転がり空を見上げたまま、ただそう思った。


 そうしてしばらくは3人で寝ころんだままぽつぽつ話をしたりしてたけど


「そろそろオークロードの魔石だけでも取って帰らなきゃ」

「そうじゃのぅ、オークの魔石は多少もったいない気もするがのぅ……」


 ボクのつぶやきにリリアーヌも同意する。

 オークロードの魔石は依頼達成の証拠に必要だとして、オークの魔石は決して高くは無いけどあの数だ。もし全部取って帰ればかなりの金額になるだろうけど、あれを全部取って帰るとなると1日では終わらない。数日かかる作業になると思う。


 さすがにそれはちょっと……。


 そろそろ起きて魔石取って帰ろうかな、と思った時


「あら? オークロード討伐されちゃってるじゃない。ジゼル、あんたがオークごときにグズグズしているからよ!」


 聞き覚えのある声がして、がばりと上半身を起こす。

 同じく起き上がったリリアーヌ達とボクの視線の向こうにあったのは、長い赤い髪を持つドレスを着た貴族令嬢、ミランダだった。

 そしてそのミランダの手に持つ扇子でぱしりと叩かれたのは、粗末な貫頭衣を着せられたジゼルちゃん。重いウォーハンマーをふらふらになりながら引きずるジゼルちゃんは、あちこち怪我しているうえ、身に着けた貫頭衣はぼろ布同然でいろいろな所が見えてしまっていた。


「ジゼルちゃん……っ!」


 その姿を見た瞬間、ジゼルちゃんに駆け寄りヒーリングを唱えていた。


 みるみる癒えていくジゼルちゃんの傷。

 余計な事を言わないように言われているのか、ジゼルちゃんはなにも口にはしない。だけど、そっと抱きしめるとジゼルちゃんは倒れるようにこちらに体重をかけてくる。相変わらず棒のようなその手足を見ると心配になり、ジゼルちゃんの頭を撫でると視線を上げた彼女と目が合う。


 ジゼルちゃんは何も喋らない。

 だけどその表情は安心したようにほっと緩められ、彼女の黒い瞳はまっすぐにボクを見つめていた。


「ちっ」


 そんなボクとジゼルちゃんを見たミランダは、顔をしかめて舌打ちをひとつ。


「まぁいいわ、ポーション代が浮いたと思う事にするわ。それよりシルリアーヌさん、あなた私の招待状受け取りまして?」


 手に持つ扇子でボクの方を差してくるミランダ。

 ボクはジゼルちゃんを抱きしめたまま、頷き返す。そして気になっていたことを聞いてみることにした。


「うん、見たよ。……どうしてボクをお屋敷のパーティーなんかに招待するの?」

「理由? 平民のあなたにも貴族の華やかなパーティーを見て欲しい、という青い血を持つ者としての心遣いですわ」


 しれっと言うミランダ。

 もしエステルさんの言うような事を考えていたとしても、それを素直に言う訳ないよね……。


 そんな事を考えていると、リリアーヌが口をはさんでくる。


「嘘をつくでないわ。ジゼルを貶めていることをシルリアーヌに見せつけ、シルリアーヌを陥れるつもりであろう?」

「リリアーヌ殿下、ごきげんよう。殿下にそんなことを言われるなんて、心外ですわ。シルリアーヌさんが気にかけていたジゼルが貴族のパーティーで紹介されるのですよ、それは光栄な事ではないですか?」


 どこまで本気なのか、薄笑いを浮かべそんな事を言うミランダ。

 ボクだって、そのパーティーでジゼルちゃんが頑張って戦ってくれた仲間だと紹介されるのなら、文句なんてない。良かったね、と言葉をかけてあげたい。だけど今ボクの腕の中で消耗しきって体重を預けてくるジゼルちゃんを見ていると、嫌な予感しかしない。


「それよりシルリアーヌさん、分かっているのかしら?」

「え?」

「貴族が平民に招待状を出して、あなたは受け取ったわ。ならばあなたは出席しなければならない、拒否するなんて許されないわよ?」


 どきり、とした。

 正直ボクは、行かない方が良さそうなら無視すればいいと思っていた。


「貴族が平民を招待することなどないわ。わざわざ貴族令嬢の私が招待してあげたというのに、それを無視するという事は貴族の誇りと対面に傷をつけるという事よ。それは許されないわ、絶対に」


 ミランダが、にやりとした笑みを浮かべる。


 ……たしかに、貴族の招待状という物に絶対に参加しないといけないという強制力があるわけではない。だけど普通平民が貴族から招待されて断るなんていう選択肢は無いし、もし断ったとしたら貴族の権力を利用して様々な嫌がらせや圧力が加えられるかもしれない。

 そして、口をつぐむリリアーヌとエステルさんの苦い顔はそれを否定していなかった。


「ふふっ、あとは、そうね……」


 言葉を失ったボク達に気を良くしたのか、ミランダは笑みを浮かべ周囲をぐるりと見回した。


「そこのオークロードの魔石を貰っていこうかしら?」

「えっ?!」

「なあっ、お主は 何を言っているのじゃ! 妾たちがどれほどの苦労をして倒したと思っておるのじゃっ!」


 突然オークロードの魔石を渡すよう言ってくるミランダに、リリアーヌが激昂して声を上げた。

 魔石はギルドに持っていくと討伐証明になるから、魔石を渡すという事は討伐の名誉と報酬を相手に譲る、という事と同義だ。ボク達がオークロードを倒すのにどれだけ苦労をしたか……、という事を考えるととても受け入れられる事じゃなかった。


「そうだよ、本当に大変だったんだよ。それを渡す、っていうのはちょっと無理だよ……」


 ボクも抗議の声を上げるけど、そんなボク達にミランダはにやりと嫌な笑みを浮かべる。


「魔石を渡せば、私の気が変わるかもしれないわよ?」

「え?」

「気が変わって優しくなった私は、ジゼルに対しても優しくなるかもしれないわ。食事が豪勢になるかもね? 寝床が綺麗になるかもね? 今度のパーティーでの紹介の仕方も変わって来るかもね?」


 愕然とした。


 酷い扱いを受けているジゼルちゃんの扱いが変わる……かもしれないからオークロード討伐の手柄を譲れといっているのだ。

 根拠なんてなんにもない、もしかしたら気が変わるかも程度の話だけど、そのためにみんなで頑張って倒したオークロード討伐の成果を渡せと。


「ひどい……! どうしてそんな事言うの?」

「そうじゃ! 相手のやさしさに付け込んで平民の手柄を奪う事が、貴族のやる事か!」


 ボクとリリアーヌが、思わず声を上げる。


 だけどミランダはどこ吹く風で、ボクにその嫌な感じのする笑みを向ける。


「さぁ、どうするの? お金に困っている訳でもないし、私は正直どっちでも構わないのよ?」

「……くっ」


 腕の中のジゼルちゃんをきゅっと抱きしめる。

 視線を落とすと、ジゼルちゃんと目が合った。ボク達とミランダの話は良く分かってないかもしれないけど、場の雰囲気は感じ取っているんだろう。その瞳は心配そうにボクを見上げていた。


 ……自分の方がよっぽど辛い境遇だろうに、優しい子だ、と思う。


 リリアーヌとエステルさんを見ると、彼女たちもこっちを見つめていた。

 辛そうな顔でこくりと頷いた二人からは、ボクに任せる、という雰囲気を感じる。


 もういちど腕の中のジゼルちゃんを見下ろし、そして決断した。


「…………分かった、持って行っていいよ」

「あはははははははっ!」


 顔を伏せ魔石を渡すことを伝えると、ミランダはそれは楽しそうに笑い声をあげた。


「オーク大量発生が原因の物流の停滞で困っていた貴族家も多いから、今度のパーティーに良い土産話が出来たわ!」


 そしてミランダはジゼルちゃんにオークロードの魔石を取らせると、ジゼルちゃんを連れて帰って行った。

 帰り際にわざとらしく「パーティー、お待ちしておりますわ」なんて言い残して。


 ボク達は、ミランダとジゼルちゃんが去って行った方向をしばらく無言で眺めていた。

 お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。

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