第42話 オークロード2
「無茶なこと言うのぅ!」
リリアーヌにボクの考えを言うと、リリアーヌは驚きながらも白い歯を見せて笑った。
「だってもう、多少こっちに被害が出ても精霊術で一気に殲滅するしか手が無いよ!」
ボクが言ったことは、とても単純。
オークの撃つ火球や矢の迎撃をいったん中断しても、上位精霊術をふたり同時に放ちオークたちを吹き飛ばす。たぶんボクのサンクチュアリは持たないだろうから、こっちも被害を受けるだろうけど。
でも、なんの考えも無いって訳じゃない。
むかし、村のオババから聞いた事がある。術は同規模の物をふたつ同時に放ち掛け合わせると、その威力が倍増するって。
「エステルさんもいいですか? 術の衝撃でこっちも吹き飛ばされるかもしれませんが、オークたちはもっと混乱しているはず。その混乱に乗じて、一気にオークロードを討ち取ります」
「分かりました。確かに、オークロードさえ倒してしまえば所詮オーク。組織だった動きは出来ないでしょう」
頷くエステルさんに、こちらも頷き返す。
そう、オークが曲がりなりにも術隊と弓隊を編成し軍のような動きをしているのはオークロードがいるからだ。オークロードさえ倒してしまえば組織だった動きは出来なくなるだろうし、正面切っての一対一ならオークロード程度なら問題ないはずだ。
「いくよ、リリアーヌ!」
「任せるのじゃ!」
リリアーヌに声をかけると、創炎たるリンドヴルムから放たれるファイアボールが中断される。
オークから放たれた火球が、いくつかボクのサンクチュアリに当たり爆発する。腕にずんと衝撃が伝わるけど、まだ大丈夫っ……!
「喰らうのじゃっ! 焼尽せよ炎の輪舞!」
「行けえっ! 滅裂せよ嵐の乱舞!」
リリアーヌとボクが唱えると、現れるのは渦巻く炎と荒狂う嵐。
同じ場所に出現したふたつの超常現象は、吹き荒れる風が炎を拡散し、荒狂う炎は風に乗り勢い付いてゆく。
そして現出するのは見たこともない、巨大な炎の柱。
まるで生きているかのように渦巻く火焔が、オークたちを飲み込み燃やし尽くし風で巻き上げてゆく。
「ブビイイイィィィィッ?!」
「ブビブヒヒイイィッッ?!」
「プヒプヒー-----ンッ?!」
炎の柱に飲み込まれたオークは一瞬で絶命し、しかも炎の柱は 飲み込んだオークの命を養分にするかのようにその範囲を広げてゆく。その場には巻き込まれて死ぬオークと、逃げ出すオークしかいなかった。
「シルリアーヌ様! 大丈夫ですか?!」
「ぐうううっ、そ、想像以上だよ! 術が持たないっっ!」
展開したサンクチュアリが炎の柱の余波に曝され、軋みを上げる。
ボクの腕へもびりびりと圧力がかかっていて、追加で神聖力を注ぎ込むけど焼け石に水、押さえきれない!
「ごめん、破られるっ!」
パキイィンという甲高い音を立て、展開された光の壁が砕け散る。
同時に衝撃波が流れ込み、吹き飛ばされるボク達。
「うわあああっ!」
「わわわわわあー-っ!」
「きゃああっ!」
吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられる。
「くうっ……」
ずるずると崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。
かなり強く叩きつけられたらしく、身体のあちこちがズキズキと痛む。でもなんとか顔を上げるとそこにあったのは、黒焦げになったオークの死体死体死体……。そして、その向こう側で錯乱ぎみに周囲に何事か叫んでいるオークロードの姿だった。
まずい……っ!
朦朧としていた頭が一瞬で覚醒する。
このまま相手に時間を与えれば、態勢を整えられる。オークロードを倒すのは今しかない!
「癒し給え神の慈愛! ……リリアーヌ、エステルさん、行けそう?」
ヒーリングを薄く三人にかけ、地面に手をつきゆっくりと体を起こす。
「ほんとは1人ずつかけてあげたいけど……神聖力に余裕が無いんだ」
「私は大丈夫です。リリアーヌ様はどうですか?」
「妾もなんとか……。精霊力はカラッポじゃが、リンドヴルムは使えるのじゃ」
同じくゆっくりと起き上がる2人に頷き返す。
「ボクがまだ生き残っているオーク達を倒していくから、エステルさんはまっすぐにオークロードまで駆け抜けて欲しい」
「かまいませんが……シルリアーヌ様は大丈夫ですか?」
「分からない、分からないけど、数の多いオークを相手にするのは剣と術の両方を使えるボクがいいと思うんだ。その間にエステルさんはオークロードを打ち取って欲しい。リリアーヌはエステルさんの後ろから付いて行って、リンドヴルムを使ってエステルさんの進路を切り開いて欲しい」
「うむ、分かったのじゃ」
「ありがとう。剣の使えないリリアーヌがエステルさんに付いて行くのは大変だと思う。もしかすると一番危険かもしれない。ボクも出来るだけフォローするから……」
「私がリリアーヌ様の身をお守りしたいのですが、正直後ろにまで気が回らないと思います。よろしくおねがいいたします」
ぺこりと頭を下げるエステルさんと、「安心せい、簡単にはやられぬのじゃ」と胸を張るリリアーヌ。
そんな様子にくすりと笑うと、ファフニールを構える。
「じゃあ、行くよっ!」
「分かりました!」
「よし、行くのじゃっ!」
お互いに頷きあい、一斉に走り出す。
「隔絶せよ地の鳴動!」
走りながら、右手のオーク達に向かって上位下段の精霊術アースクウェイクを唱えた。
すると右手のオーク達がいる場所だけが地面が激しく揺れる。オーク達が揺れに動揺して動きが止まったその瞬間、今度はびきびきと地面にいくつもの亀裂が入り、地面が隆起し段差が生まれる。
「ピギイイイイッ?!」
「ブギイイィィィッ!!」
何体ものオークが地面に生まれた亀裂に飲み込まれ、消えてゆく。
アースクウェイクで直接的に倒せる敵の数は、ファイアストームやゲイルヴォルテックスと比べるといくぶんか少ない。
でも今みたいな大勢の魔物が相手の場合、ファイアストームなどでそこにいた敵を焼き尽くしてもすぐまた新しい魔物で埋め尽くされてしまう。アースクウェイクの利点は、術で生み出した地面の亀裂や段差は術が効力を失っても残り続ける点だ。
現に今も右手から押し寄せようとするオーク達は、地面に生まれた深い亀裂や高い段差に躊躇して立ち止まってしまっている。
すぐに乗り越えてくるとは思うけど、勢いを削ぐことは出来はずだ。
これで左手のオークを重点的に倒していけばいい!
「精霊佩帯――烈風纏!」
風の術を身にまとい、速度を増加させる。
オークロードに向かって駆けていくエステルさんとリリアーヌを横目で見ながら、オークたちを斬り伏せてゆく。
「プギイッ!?」
「ブブウッー---?!」
斬る。
斬る。
斬る。
かなり減ったとはいえオークはまだまだ数が多い。
だけど思った通り、強力な術で壊乱させられたオークたちは最初作っていた陣形や部隊編成も乱れ、混乱し状況が良く分かっていないみたいだった。そんなオーク達を何も考えず、ひたすら斬って斬って斬りまくる。
次々と倒れてゆくオークたち……まだ混乱しているのか、逃げ出すオークも多いような。
ちらと視線を動かすと、エステルさんが剣技スキルでオークを蹴散らしていくのが見える。
剣士装備を身に着け本来の力を発揮したエステルさんは、オークなどいくら来ようとも相手にはならない。それでも多勢に無勢となりそうなら、リリアーヌが創炎たるリンドヴルムを振りかぶりファイアボールを連続して打ち込む。
さすが気心知れた主従、って感じの息の合ったコンビネーション。
これなら安心して任せることが出来る、ととりあえずリリアーヌの後ろから迫っていたオークたちに一発精霊術を打ち込んでから目の前に視線を戻す。
「……まだ結構多いなぁ」
だいぶ減ったような気はするけど、視界を埋め尽くすオークたちにそっとため息をつく。
「滅裂せよ嵐の乱舞!」
固まっていたオークたちを散らばらせるために、とりあえず精霊術を一発。
そしてファフニールを握り締め、そこへ身を躍らせる。
斬って斬って斬って――もう限界が近いかも、と思った時、エステルさんがオークロードの首を斬り飛ばした。
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