第31話 盗賊討伐
「はーーーーぁ」
気が重い。
次の日、ボクは鋼の戦斧亭でリリアーヌとエステルさんと合流し、その日も冒険者ギルドへ向かっていた。
でも、脳裏をよぎるのはジゼルちゃんの事。
羈束の円環のせいで言いたいことが言えないのか、助けを求めるような視線が脳裏から離れない。ミランダ達と別れた後、ボク達は王都に戻ってギルドに報告を済ませたけど、その間も考えるのはジゼルちゃんの事ばかりだった。
「ほんとに腹立つの、あのモンフォールの娘! 貴族として、人の上に立つ者としてあれは無いじゃろ!」
横を歩くリリアーヌも拳を握りしめ憤慨しているけど、こんなやり取りはあれから何度目だろう?
確かにミランダが言うとおりジゼルちゃんは犯罪奴隷で、ミランダがなにか法に違反しているとかそういう事は無い。リリアーヌは王族だけど、王族だから貴族に対してなんでも言う事を聞かせられるのかというと、もちろんそんなことは無いみたい。
「……それはそうと、モンフォール伯爵だっけ? どんな貴族様なの?」
ついでだから、気になった事を聞いてみる。
「モンフォール伯爵家か? ええと……伯爵の顔は覚えておるが……どんな貴族じゃったかの?」
リリアーヌはびくっとして、視線をうろうろと彷徨わせると、エステルさんに尋ねた。
「はぁ、ですからきちんとお勉強なさった方がよいと……」
「うるさいのう、顔は覚えておる。それで良いじゃろ」
「モンフォール伯爵は、王都の近くに領地を持つ貴族です。領地はそれほど大きくはありませんしこれといった特産物もありませんので、伯爵として特筆すべき力を持っている訳ではありません。ですが、王都に近い事により関税などで結構な利益を上げているようです」
エステルさんの説明を聞いた後、リリアーヌが「という訳じゃ」と頷いた。
「たしかご子息が2人とご息女が1人いたはずですが、そのご息女が昨日のミランダ様なのでしょう。ご息女をたいへん可愛がられていると伺ったことがあります」
「モンフォール伯爵がどんな男だったかは分かるぞ。権力と金と女にうつつをぬかす、いけすかない男じゃ」
リリアーヌは顔をしかめて、吐き捨てるように言った。
……伯爵様に関しては、ボクはなんとも言えない。ちゃんとお仕事をしているならいいんじゃないかな、という気もしないでもない。
でもそっか、貴族様ならお金には困ってないよね。
ミランダがどうしてもジゼルちゃんを開放してくれないなら、お金を出して買い取ろうかな、とも考えた。もしあまり裕福でない貴族家なら行けるかも……と思ったけど、やっぱりそれは難しそうだ。ミランダはボクに身代わりになれ、と言っていたし、素直に言うことを聞いてくれるとも思えない。
「「はーーーーぁ……」」
リリアーヌと、並んでふたりため息を吐く。
そんな事を考えていると、冒険者ギルドが見えてくる。
扉を開けて中に入ると、カウンターのコレットさんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……なんだか暗いですね。どうかしましたか?」
首を傾げるコレットさん。
コレットさんにジゼルちゃんの事を相談しようか、とも思った。思ったけどあまり大事にはしたくないし、王女殿下にもどうしようもない事が解決できるとも思えなかったから、言わないでおくことにした。
だから、ふるふると首を振って答える。
「なんでもないよ。今日もなにか依頼を受けようと思って」
「そうですか……? ではまず昨日のオーク大量発生について報告させていただきますね」
そう言って、コレットさんは昨日のオーク大量発生について分かったことを報告し始めた。
そうだ、ジゼルちゃんの事で頭がいっぱいだったけど、昨日はオークが大量発生しているという事で調査に行ったんだった。コレットさんが話し始めたのは、いくつかのパーティーが調査に向かったけど、どのパーティーも次々現れるオークに苦戦を強いられたこと。上位種のオークが現れた可能性が高く、今後は調査・偵察に長けたパーティーに依頼して調査を続けること。そして、調査結果によっては改めて討伐の依頼を発行する事になるだろう、ということ。
「分かったよ。その時は協力するよ」
コレットさんに向かって頷いておく。
確かにジゼルちゃんの事は心配だけど、オークの大量発生も放置しておいていい事じゃない。それによって命を失う人だっているんだ。
「それでは、本日はどんな依頼を受けられますか?」
「オススメとか、緊急の依頼とかある?」
「そうですね……緊急とまではいきませんが、オークの発生する街道とは反対の南の街道の先で、盗賊が出るという話があります」
盗賊か……。
コレットさんのいう盗賊団は、南の街道の先にあるロルナックという都市の方で盗賊が出るという話だった。
それほど大規模な盗賊団ではないらしく大規模な商人には被害は出ていないけど、小規模な商人や旅人中心にけっこうな被害が出ているらしい。大きな被害は出ていないので騎士団は動かないし、報酬があまり高くない事と、現在はオーク討伐に出ている冒険者が多い事から受けてくれる人がいないらしい。
「討伐・捕獲が望ましいですが、追い払うだけでも構いません。依頼を出した商人たちによれば、安全に街道が通れるようにさえなれば良いそうです」
「うーん……」
考えてみる。
小規模な商人しか襲わないということは、確かにそんなに強い人達ではないんだろう。危険度は低いと思うし、やっぱり冒険者としては困っている人がいるなら助けてあげたい。
「どうかな? ボクとしては受けてみたいけど」
「良いのではないかの? 妾も特に異存は無いのじゃ」
「私としましても、特に異論はありません」
リリアーヌとコレットさんも、頷いてくれる。
「ということで、やるよ」
「ありがとうございます」
コレットさんに向けて言うと、彼女は軽く頭を下げる。
それから詳しく説明を聞き、ギルドを後にした。
◇◇◇◇◇
「とはいえ、結構遠いんじゃの」
リリアーヌがぼやく。
ボクたちは南の街道を進み、夜遅くなってきたので街道の隅で野営をしていた。明日の昼くらいには、盗賊が出で来るという場所まで行けると思う。
「まぁ、仕方ないよ。日帰りで帰れる範囲には、たいした依頼は無いしね」
たき火の上に設置したお鍋に食材を投入しながら答える。
神聖術で浄化したオーク肉に、来る途中に採取した香草、王都の市で買ったヤギの乳、それを入れてぐるぐるとかき回す。
「いい匂いがしてきたのじゃ!」
「申し訳ありません、本来ならメイドである私が調理しないといけないのですが……」
「いいよいいよ、ボクが好きでやってるんだから」
エステルさんはメイドである自分が調理をしないといけないと思ってるみたいだけど、ボクは料理するの好きだしやらせてもらってるんだ。そもそも、リリアーヌは王女殿下、エステルさんも貴族様だし、この中で一番身分が低いのはボクだ。だからボクがやるのが一番自然だと思うんだよね。
木のカップに出来たシチューをよそって、2人に渡す。
「昇進おめでとう」
そう言って渡し、全員でくすりと笑う。
そう、あれからコレットさんから冒険者ランクが昇進したと伝えられた。
ランドドラゴンの討伐が認められてリリアーヌはE級に、もともとE級だったエステルさんはD級に。そしてボクはランドドラゴン討伐とその後のがんばりが認められてD級冒険者となった。
D級冒険者、となればもう一人前の冒険者だと認められたことになる。これより上のC級以上に上がるのは簡単ではないので、結構人数の多いランクでもある。
「妾だけE級というのは少し悔しいがの……」
「まぁ、それは仕方ありませんよ。私は以前に少しだけ冒険者として活動したことがありますし、シルリアーヌ様はあれからも冒険者として活躍していました。時間が短いのですから、わずか2日の活動でE級に上がれたことを喜ぶべきですよ」
「そうだよ、そんなにすぐにE級に上がれる、というのは凄い事だよ」
「そ、そうかの……?」
リリアーヌは、少し照れ臭そうに頬をかく。
そう、ほんとうに凄い事だと思うんだ。なにせ、シリルとしてのボクは『勇者の聖剣』に入れてもらって頑張っていたけど、ずっと見習いであるF級のままだったんだから。それと比べると、2日でE級に上がったのはとんでもないことだし、ボクがD級に上がったってのも信じられない事だ。
「D級か……」
呟き、自分の手を見下ろす。
冒険者としてランクを上げることはボクの夢でもあったから、D級に上がれたというのはとても嬉しい。嬉しいんだけど、以前はあんなに頑張ってもF級のままだったのに、こんなにあっさりD級に上がれるなんて、なんだかなぁという気持ちも正直ある。天職、というのは本当に凄い力だ。でも同時に理不尽だと感じることもある。
「うまいのじゃ!」
リリアーヌがシチューを食べて、ぱあっと顔をほころばせて声を上げた。
今日作ったのは簡単なシチュー。夜の野宿は冷えるから、あったかい物を食べて欲しい。
「うん、あり合わせで作ったにしては上出来かな?」
「いえ、本当に美味しいですよ。さすがシルリアーヌ様ですね」
ボクとエステルさんも、シチューを少しづつ口へ運ぶ。明日には盗賊団との戦闘になると思う。がんばろう、と思いながら。
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