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第30話 オーク討伐2

 ボク達は次から次に現れるオークに疲れてきたので、いったん街道まで下がろうという事になった。

 でもだれか戦っているみたいだし、もしかしたら苦戦しているかもしれないから少し覗いてみてからにしよう、と歩を進めている。


 森の木をかき分けて進み、少しするとなんだか聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「たかがオーク、すべて潰してしまいなさい!」

「ヴアアアアアアアアアッ!!」


 この声は!?


 命令するような甲高い女の人の声と、それに答えるような濁り苦痛に満ちた、しかし女の子の発する声。

 その組み合わせに心当たりがあり森をかき分け急ぐと、そこにあったのは想像通りの光景だった。


 低い雄叫びを上げながらウォーハンマーを振り回し、脇目もふらず一心不乱にオークを殴りつけ続けるジゼルちゃん。そしてそんなジゼルちゃんを、少し離れた場所から眺めるミランダ。なにかの羽毛で装飾された扇子で顔を扇ぎながら、くつろいだ様子だった。


「ヴオアアアアアアアッ!」

「ブギー?!」

「ブギブギブギッ?!」


 バーサーカーの膂力でウォーハンマーを使って殴られれば、オークは一撃であっさりと肉塊に変わる。だからそれは戦闘と言うよりも、ただジゼルちゃんがオークを挽肉に変えてゆくただの作業だった。もちろんオークもただで殺される訳はない。反撃を試みるオークもいたけれど、バーサーカーの天職で我を忘れたジゼルちゃんは止まらない、多少の傷など意に介さない。身に着けた粗末な衣服や、その綺麗な紫の髪や白肌がどんどん血に染まるけど、それを拭うそぶりさえ見せない。


「ヴオオオオオオーーッ!」


 やがて最後まで頑張っていたオークが血の海に変わり、すべてのオークを殺しつくすとジゼルちゃんはひときわ大きな声で咆哮を上げた。

 

 そして、新たな獲物を探すかのようにきょろきょろと辺りを見回し――


「ひうっ?!」


 ジゼルちゃんの視線がこちらに固定される。

 その目は白目をむき完全に正気を失い、その口からはだらだらと涎がこぼれる。どうみてもまともな状態じゃなかった。


 その様子に思わず手に持つファフニールを構えるが――


「ジゼル、戦闘終了。おすわり」


 ミランダが扇子をぱちんと鳴らしながら言うと、ジゼルちゃんはぴたりと動作を止め、ぺたんと正座してしまう。そんな様子に心が痛くなる。完全にペットか狩猟犬のような扱いで、どう見ても人として扱われているとは思えなかった。


 ひどい。


 これは、あんまりだ。


「あら、シルリアーヌさんじゃありませんか。こんな所で会うなんてね」


 ミランダは、にんまりと、嫌な笑みを浮かべる。


 ボクが呆然としていると、横にいたリリアーヌがそんなミランダに不快感を露わにし、まなじりを吊り上げる。いつも突飛なことを言い出して周りを振り回すリリアーヌだけど、そんな厳しい顔を今まで見たことは無かった。


「お主、これはあまりに酷いのではないか?」

「リリアーヌ殿下も、ごきげんよう。自己紹介が遅れ、申し訳ありません。ミランダ・ド・モンフォールと申します。以後お見知りおき下さいませ」

「モンフォール伯爵の娘か……」


 ボクは今までミランダのフルネームを知らなかったけど、モンフォール家って家の人なんだ。


「そこの娘のあつかいは、あまりにも酷いのではないかと言っておるのじゃ!」

「そうは仰いますが、この娘は犯罪奴隷、罪人です。罪人には罪人にふさわしい扱いというものがございますし、それに私とてせっかく購入した奴隷を使い潰すつもりはございません。パンと水、それに寝床はきちんと与えておりますよ?」


 ミランダは、何を言っているのか分からないという風に首をかしげた。

 そして、ジゼルちゃんがなぜ犯罪奴隷となったのかをとうとうと語り始める。ジゼルちゃんの住んでいた村が盗賊に襲われた事。盗賊に両親を殺されたジゼルちゃんは怒りのあまりバーサーカーの天職を発動、盗賊を殲滅したものの我を失ったジゼルちゃんは村人をも殺害し、その罪で犯罪奴隷となったこと。


「そんな……」


 聞かされたジゼルちゃんの過去、そして今置かれている境遇を考えると、思わず泣きそうになってしまう。

 確かに罪を犯したのかもしれないけど、ジゼルちゃんが自分の意思でやった事ではないし、そんなジゼルちゃんへの仕打ちとしてはあんまりではないだろうか?


 つい、とジゼルちゃんに視線を移すと、彼女はまだ正座の態勢のまま唸り声を上げていた。まだバーサーカーの状態は解けていないみたいで、その光景はとても痛々しい。


「ですからこの娘は王国の正当な裁判で犯罪奴隷となり、私は奴隷商で正式に購入いたしました。きちんと食事も与えておりますし、王女殿下といえども、とやかく言われる筋合いはございません」


 ミランダは扇子をぱちりと鳴らすと、リリアーヌに向かってきっぱりと言い切った。

 リリアーヌが「ぐっ……」と苦い顔をして呻く。


「じゃ、じゃが、あの羈束(きそく)の円環、あれはやりすぎではないか? あれはあまりに非人道的だと騎士団などからも指摘が出ておるのじゃ」

「ですが、相手はバーサーカーの天職を持ち、自分の故郷を壊滅させるような凶悪な罪人です。私も自分の身を護る必要がございますので、やむなく、の処置ですわ」


 リリアーヌはなおも食い下がるけど、ミランダはつれない返答を返すだけ。


 そうだ、羈束の円環、あれもなんとかしてあげたい……。

 ジゼルちゃんの首に付けられた黒い首輪、羈束の円環、その効力がさっきの光景だ。

 恐ろしい、と心底思う。人の尊厳を奪い去る、悪魔のような魔導具。魔導具ってのは人の役に立つため、人を幸せにするためにあるのだと、オババは言っていた。


 こんなのは、あんまりだ。

 見ると、ジゼルちゃんはあちらこちらに大小さまざまな傷が出来、身に着けた貫頭衣は血や汚れにまみれ切り裂かれもう服とも呼べないような有様となっていた。


癒し給え神の慈愛(ヒーリング)! そして、祓い給え神の聖歌(ピュリフィケイション)!」


 ジゼルちゃんへと手をかざし、立て続けに唱えた。

 白い光がジゼルちゃんを包み込む。彼女の身体の大小さまざまな傷がふさがり、正気を失っていた瞳に理性の光が戻る。


「あ…………」


 その黒曜石のような瞳がボクの姿を捕らえた瞬間、もう限界だったんだろう、ジゼルちゃんはその場に崩れ落ちるように倒れ込むと気を失った。


「ジゼルちゃん!」


 思わず駆け寄り、ジゼルちゃんのその身体を抱き起す。

 ジゼルちゃんは気を失ったままで、くたりとその頭がかたむき紫の髪がはらりと流れる。抱き起して感じたのは、ジゼルちゃんのまるで棒の様に細い手足と、その肉付きの悪さ。ちゃんと食事をとっているのか不安になるような細さで、決して裕福とはいえない村の子供達でももう少しふっくらしていた様に感じる。


「……ひどい! これはあんまりだ!」


 思わずミランダに向かって叫ぶ。

 でも、ミランダは呆れたようにひょいと肩を竦めただけだった。


「またそれですの? 私、同じことを二度説明するの嫌いなのですけど?」

「…………!」

「貴様!」


 言葉を失うボクと、眉を吊り上げるリリアーヌ。

 でもミランダは、ふと良い事を思いついた、と言うような笑みを浮かべるとボクに向かって口を開く。


「そうですね、ならシルリアーヌさん、あなたが羈束の円環を付けて私の物になりなさい。そうすればジゼルの負担も減るでしょうし、頑張りによってはジゼルを開放してあげても良くってよ?」

「え…………?」


 そして、恐ろしい事を口にした。

 あの羈束の円環を、ボクが?


「貴様! どこまで人を愚弄すれば気が済むのじゃ!」

「シルリアーヌ様、なりません! 耳を貸す必要はありません!」


 リリアーヌと、黙って状況を見守っていたエステルさんが叫びをあげる。

 さすがにボクもジゼルちゃんを助けるために、自分が身代わりになるつもりはないよ。


 ない


 ないけど


 腕の中の限界を超えて酷使されて眠るジゼルちゃんを見ていると、胸が締め付けられる。

 ボクはどうするべきなんだろう?


「まぁ今すぐにとは申しません。お父様に羈束の円環をもう一つ買って頂きましたからね、いつでも歓迎しますよ? ほーっほほほほほほ!」


 勝ち誇ったように高笑いを上げるミランダ。


 そして疲れ果てているジゼルちゃんを叩き起こして去っていくミランダを、ボクは茫然と見送る。

 ミランダの後ろについて歩いて行くジゼルちゃんが、こちらに助けを求めるような視線を送っていた事には気付いていた。気付いていたけど、ボクはその視線を直視することが出来なかった。

お読みいただいて、ありがとうございます。 


 少しでも面白い、と思って頂けましたらブックマークや、下の☆を入れて頂ければ嬉しいです。


 つまんねぇな、と思われた方も、ご批判や1つでもいいので☆を入れて頂ければ、今後の参考にさせて頂きます。


 なんの反応も無いのが一番かなしいので……。


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